9-A ヴァルデエランデさん家の世帯主の事情
オラオラ系騎士団長ストーナ回
そんなに長くならないと思います。
ガコーン。
一日の半分を知らせる金が耳に入る。
机の上には、山のように積まれた資料や承認のハンコを待つ申請書の数々。
流れ作業のように上から下へ目を通し、一つ一つ処理をしていく。
これがアタシ、ウルメラを守る為に王都から派遣された騎士団『白き星を望む鳥』の長、ストーナ=エル=ヴァルデエランデの仕事の大半である。
騎士団といっても、王から任じられた領地を持つ騎士は少ない。
多くが、この街出身の元冒険者や流れの傭兵といった連中であり、アタシが騎士であり長であるが故に、同じように騎士と名乗っているだけ。
かく言うアタシも兄に領地の管理を任せているので、なんちゃって騎士。まぁそもそも、街の治安維持だけでも忙しいのに、領地の管理など出来るはずもない。
資料の山から、目を逸らし、眉間に手を当てながら天を仰ぐ。
朝からずっと机の前に座り、このような仕事をずっと行っているので肩や腰が少し重い。外で大剣で素振りをしている時とは違った疲労が、体の随所から顔を覗かせる。
ふと脳裏に、ある日の出来事が浮かんできた。
思い出されるのは、月の光がスポットライトのようにアタシを照らしていた、あの夜の一幕。
赤い花を主体とした大きなモンスターと戦っているのは、蝶の羽を生やし少し際どくとも綺麗な黒のドレスを身に纏った自身の姿。
もちろん、映像があるという訳ではないので、あくまで脳内補完した一枚絵だが、その場景はまるで、御伽噺に出てくる妖精の舞踏ようだと思った。
「平和っすねぇ」
「そォだな」
ズズズズ。と茶を啜る音と共に過去から現在へと引き戻される。
その音を立てていたのは、バンダナを頭に巻いた騎士服の男。
ラクロット=ブラン=ウェルド。『白き星を望む鳥』の一員であり、先代騎士団長の時から、『白き星を望む鳥』に所属している古参である。
因みにコイツも王から任命されている、真の騎士だが領地は売っぱらったとかで無いらしい。
ラクロットは騎士団長の執務室、その中央にあるソファでティーポットと茶菓子を机の上にセットし、正に寛いでいた。
「ラクロット、気が散るから別のところで、休憩してくんねェか? 知ってんだろ、ここはアタシの部屋なんだよォ」
「お昼休憩の時間だから、いいじゃないっすか」
「アタシは休憩してねぇだろ」
終業時間を超えて仕事を残したく無い。
それに家に弁当を置いて来てしまった。
同居人達が忘れられた弁当に気が付けば、ミークの胃袋に収めてくれるだろうが、気づかなかったら、腐ってしまう。
そう思うと少し申し訳なくなり、代わりにと食事を取る気にはなれない。
些細な気持ちの問題。
それに一食抜いた所で死ぬ訳でもないので、ある一定は諦めている。
「実は団長に伝えなきゃいけないことがあって来たんすよ」
「じゃあさっさと報告して出ていけェ」
「いやー、あったんすけど、あまりにも美味しそうな茶菓子があったもんすから忘れちゃいました」
「おい」
籠に入った包みを取り出し、開くとラクロットの口へと運ばれていく。
近くにある菓子屋からの差し入れ。
まだ食べていないので詳細は分からないが、見るからに饅頭か何かのようだ。どこかの名産で菓子屋の新作だと言っていた気がする。
「そういえば聞きました? あのカボチャ頭が捕まってから、ちゃんと一連の事件収まったらしいっすよ。いやぁ、企みが事前に収まって良かったっすね。もしあのまま放置されてれば、違法モンスター育成事件や誘拐事件が魔王復活事件に発展するところだったんすから」
魔王復活。
そんな馬鹿げた事を考える者が周辺に潜んでいたと思うと少し寒気がする。
当代の魔王ですら、五人に増えたという噂が入って来ているのだ。それに加えて、一時世界を席捲した歴代魔王が復活したとあらば、この街は簡単に滅ぶ。
「リンドーさんには感謝感謝っす。団長、良いお婿さんゲットしたっすね」
「ぶへぇぇぇぇえぇぇっ」
婿。という単語が耳に入った途端、顔が火照り、口に含んだばかりの、お茶が吹き出た。
「ばっ、バカ言ってんじゃねぇ! アイツはそんなんじゃねェよ!」
「へ? 違うんすか?」
「ちげェよ。アイツは借金を分け合ってくれた礼に家に置いてるだけだっつーの」
その借金を負わせたのもリンドーだが。
「ソレは知ってるっすけど、嫌だったら普通追い出すっすよね。何の文句も言わず、まだ一緒に住んでるもんだからテッキリ結婚したもんかと思ってたっす」
「……嫌だったら追い出すか」
気を取り直して、書類に走らせていた手が止まった。
脳裏によぎるのは変わった三人組の姿。
「そりゃあ、最初は一人どころか、三人も家に居候させるのは嫌だったが、気づいちまったんだ」
アタシは、椅子から立ち上がり、窓に手を掛ける。
「家事ってのは分担したら、楽ってことになァ」
「カジって、あの家事っすか」
「あぁ、掃除、洗濯、風呂沸かし、料理に皿洗い。これは仕事を終わって帰って来て、一人でやる量もんじゃねェ」
一つですら疲れた体には苦しみを与える行いだというのに、それが最低でも五つ。もっと細かくいえば増えるだろうが、何にせよ重労働。
残業や夜番になってしまえば、もう何一つとしてやる気が出ないもの。
「最初は三人とも何も出来ないってホザイて、全部アタシにやらしていたが、家賃か家事かを迫ったら、家事をやることになってよォ。ちょっとずつ教えていって、今では毎日キチンと当番を決めて、四人で家事をやるんだぜ、凄いだろォ」
「……当たり前のように三人養ってる団長が凄いっす。しかも養ってるのに、家事もやらされてるし」
「アイツら三人とも働いてねぇのがネックだが、三人もいりゃァ、少なくとも一人は家にいるからよォ。帰る時に家に灯りが付いてるだけで安心すんだァ。もう一人の生活なんて戻れねぇよ」
「あー、団長のダメ人間好き好きレーダーがビンビンに反応してるっすね…………普通に結婚すれば、簡単に叶いそうなんすけどね」
軽口を叩く、ラクロット。
それが出来ていれば、ほぼ他人の三人と縁組になっていないことを理解した方がいい。
簡単に言うな、簡単に。
「あっ、そうそう、思い出した。団長、ご家族、屯所に来てますよ」
「家族だァ? あんの堅物母上がウルメラまで来る訳ねぇだろ。王国の盾って言われてる程の女だぜ、王都から出るとなりゃ、先に連絡が来らァ」
「いやいや、違うっす。そっちじゃないっす」
「そっちじゃなけれりゃ、兄貴か? ……姉貴?」
年齢順に思い浮かぶ家族の姿をそのまま口に出すが、ラクロットは首を横に振る。
殆どが離れた王都の実家にいる為、そう簡単に来れないので、何をしに来たのかと思ったのだが。
間も無くして、先程までの雑談から、ラクロットが何を言いたいのか、気付いた。
「リンドーさんとクラリムさんとミークちゃんが」
ラクロットから答えを聞く前に書類も放り出し、飛び出した。




