8-E パン屋本店、開店
「いらっしゃいませ〜。フラレトのお婆ちゃん、腰の具合は大丈夫? 今日はメロンパンだよね。数は三つで良かった? お孫さんの好きなフランクフルトもあるよ!」
「あっ、ゲンサン! チーズパン焼き上がったばっかりだよ!」
「クロワッサン完売! 明日にはちゃんと補充しておくからまた来てね!」
朝から満員御礼。
パンを買おうと行列が出来るほどの活気がその店にはあった。
元気な声が沢山溢れる店内。
元々武具屋だったそこは、外からもパンを選ぶことが出来るオシャレなパン屋へと変貌を遂げ、一人の魔王少女とお会計や袋詰めをする元野盗二人が切り盛りしていた。
私とリンドーは、控え室からパンを片手にその様子を見守っていた。
「どう? ここまで繁盛すると思わなかったでしょ」
「あぁ」
「どうやったか、聞きたい? 聞きたいわよねぇ〜。どうしてもって言うなら、この慈悲の女神であるクラリム様が、迷える魔法使いに慈悲を与えてあげるわ」
「……」
「そこまで言うなら、仕方ないわね〜。結局のところ、パン屋ちゃんのパンを売るのに必要なことは無かったの。ただ素材その物の味を活かしたというところかしら」
そうキッカケは筋肉魔王オルドバランとの会話だった。
パン屋ちゃん自身に魅力があると感じた私は、開店の場所が決まってから、パン屋ちゃんをその町に住まわせ、普段通りの生活とチラシ配りをさせた。ただ開店を知らせるチラシを配るのではなく、好きに動いて良いという指示付きで。
それで何が起こったかというと、パン屋ちゃんは困っているヒトを助け、街で遊んでいる少年少女と缶蹴りをし、井戸端会議に顔を突っ込んだ。
まるで昔からいる町の住人として勝手に動き回った彼女は、町の住人から認知され、有名になり、その人柄の良い彼女の店ということで客を誘き寄せたせたのだ。
「要するに、パン屋ちゃんと関わった人類は、彼女の人柄に魅了され、どんなパンでも買わざるを得ないってことよ」
行列が行列を呼び、長蛇と化す。
新しい店という好奇心を刺激する開店ブーストが掛かっているのだろうが、このパン屋がこの町の住人の生活の一部として浸透すれば、しばらくしたとしても、ある一定の集客が見込めるだろう。
「つまり」
私の話を一通り聞いていたリンドーは、手に持ったパンを皿に置いてこう呟いた。
「クラリムは、何もしてないということだな」
「ぐっ、言い方ぁ……そりゃあ確かに何もしてないっちゃ何もしてないんだけど、それは意味のある、何もしてないで、何もしてない訳じゃぁ?」
「自分で言って分からなくなってるのか」
呆れ顔。
うるさい、私よりも良い策でもあるっていうのだろうか。
聞いてやろう。
「因みになんですが、魔法使いであらせられるリンドーさんなら、どういった集客をなさっていたんでしょうか?」
「食べたら幸運になる、寿命が三年伸びる、魔除け体質になる、などといった噂をばら撒く」
「ナニソレ、思い切り詐欺なんですけど……それでいいと思っているアンタが怖いわ」
「詐欺ではない。気の持ちようで嘘にも真にもなるということだ」
平然と言っているから、私が何もせず放置してたら、きっとその怪しいパン屋を全国にバラ撒くことになっていたのだろう。
上手く行って良かった。
「ただ……そうだな。ベルーニャそのものの味を生かす、か。俺には、そのようなことは思い付かなかっただろう。クラリムに任せて良かったと思う」
「へへん。そうでしょー、そうでしょー」
「俺の代わりに、クラリムに出店場所を決めさせていたら、屋根が落ちた豚小屋になっていただろうから。役割分担をしておいて正解だった」
「おい、上げて落とすな。上げ続けろや」
ほんと素直じゃねぇ、この魔法使い。
「でも、まさか本当に店ごと買っちゃうなんて」
「新築よりも、改装の方が費用も安く済む。それに、武具屋は店主が野盗に落ちるほど経営が悪化していた。この機会に経営方針を変えるのも一つの手だと考えたまでだ」
「……店を丸々買った費用は? まさか自腹じゃないでしょ」
「武具屋が抱えていた大量の在庫を、食糧費の為、軍事費をコストカットしていた新魔王軍に安くで売り払って作っておいたものだ」
需要と供給がマッチしているのはマッチしているのだろうが。
「すごいわ。このヒト、机上の空論で商売してる。知らない間に店の物売られて、その金で店を買われて、気付いたら従業員に……」
武具屋からパン屋になった上に、オーナーまで変わってるからトンデモない経営方針である。
ま、元店主も楽しそうにやってるからいっか。
そんな風に、雑談しながら店を眺めていると。
「おいおいおいおーい」
店の中から大きな声が聞こえてきた。
ガラの悪そうな男が、パン屋ちゃんに対して叫んでいた。
ありがちな少女に絡む半グレの構図なのだが。よくよく考えると、魔王に喧嘩売っている一市民である。
よくそんな啖呵を切れるなと、心の奥底で思いつつ、止めるかー、と腰を上げたのだが、
「待て」
「どうして? パン屋ちゃん困ってるじゃない。助けてあげないと」
「クラリムがこのまま従業員になるのなら止めはしないが、今日でウルメラに帰るのだろう? あの程度の難事、独りで切り抜けられずに、店なんかやってられない」
「……それは、そうだけど」
そうこうしている内に、ガラの悪い男はパン屋ちゃんの胸倉を掴みかかった。
今にも殴り掛かりそうな雰囲気だ。
「お嬢ちゃぁぁん、こんなレベルのパンでオレの口を満足させられるかってんだよ! マズイから金を返せつって何が悪いんだ、あぁん?」
「食べかけのパンは返品出来ません」
少し怖がる素振りを見せつつも、パン屋ちゃんはガラの悪い男を見つめ返す。
「なんだぁ? オレに何か文句でもあるってのかぁ、あぁぁん!?」
「パンが不味いのは、私の責任です。ごめんなさい! でも次回は目が飛び出すほど美味しいかもしれません。だから今日の所は、未来への先行投資だと思ってお金を置いていって下さい! 貴方が置いていった、そのお金が新しいパンの夜明けを導くんです!」
なんだろう。もう少し普通な事は言えないのだろうか。
ガラの悪い男も、先行投資? みたいな顔してるし。
周りの客も、これなんの話だっけ? ってなっちゃってる。
「お、おう」
押し切っちゃったよ。
ヤンキーがトップクラスの厨二病相手にカツアゲして、何言ってんだコイツ、そんな奴に関わってないで行こーぜ、みたいになってる。
「リンドーも大概だけど、この子も胆力あるわよね」
「泣く子も黙る魔王軍相手にパンの配達をやっていたんだ。この程度では動じんだろう。それに、話を根元から変えるのは怒っている連中には効果的だ。簡単に伝えたつもりだったが実践出来ているなら何の問題もないだろう」
「……アンタのせいかい」
こんなちょびっとした揉め事はあったものの、結局何もなく終わり、私達はウルメラへの帰路に着くのであった。
◇
「やっぱり、自分じゃどうしようもなくなったら、神様にお願いするってのは正解なんだ。今度同じようなことになったら、真っ先にクラリム様に手紙だそっと」
夜も暮れ、二人の従業員を先に眠らせ、店主であり魔王でもあるベルーニャは一人残って後片付けをしていた。
カランカランと、店に響いたのは来客を知らせる呼び鈴。
「ごめんなさい。もう今日のパンは売り切れでまた明日来てください!」
入口へと駆けながら、ベルーニャはそう声を掛ける。
しかし、入り口に立っていた薄い紫色の髪の少女はこう答えた。
「初めまして、ワタシの名前はシェパナ=ヲーラ=ロマイア」
「この世界を統べる魔王軍の四天王、その一人よ」
売り切れてパンの残り香も薄くなった夜。
私と同じように角を生やし、どこか見覚えがあるような、そんな少女だった。
これが魔王ベルーニャと四天王シェパナとの最初の出会い。
「このワタシを、ここで雇いなさい!」
魔王ベルーニャ=ウッドバーグのパン屋では、まだまだ波乱が訪れそうです。




