8-D パン屋ちゃんのお仕事
パン屋ちゃんは朝早く作っていたというパンを焼き直してから、魔王城の各場所へ運んでいた。
各魔王の執務室、魔王城の整備をしている職人、門番、掃除をしている使用人等々。
魔王城の端から端まで、パンを届けるパン屋ちゃん。
パンを渡す時も、一人一人労いの言葉を掛け、悩みを聞き、励ましたり、談笑をしていた。それも長ったらしくなく、テンポよく小刻みに、的確な回答を返していく。そして、味の感想や次に欲しいパンを聞き出し、メモを取る。
本来なら魔王という職に就いているので、絶対こんなことをしなくていいだろうが、それはそれ、これはこれなのだろう。本人がやりたいのだから、何も言うことはない。
そしてパンを補充して、最後の配達先へと向かった。
「お待たせしました〜、ホットドックのお届けです!」
「うぉぉぉぉぉ」
歓声を上げる汗臭い男女の一団。
それは鍛錬場で、岩を歯で動かしたり、何度も何度も右腕を案山子に打ち込んだりと、肉体を虐め抜き筋肉という武器を手に入れている者達だった。
そして、その中心で指導しているのは、見覚えのある筋肉の塊に角を生やした男。
「ベルーニャ、待っておったぞ! おや、其の方は、おおっ、神ではないか! 久しいな。新魔王を指名してすぐに消えおったから、神隠しにあったと思っておったぞ」
「神が神隠しに合う訳ないでしょ」
オルドバランは休憩の合図を出すと、パン屋ちゃんから大量のホットドッグを手渡され二、三言葉を交わすと、こちらに近づいて来た。
「神よ。今、ベルーニャの手伝いをしているのだとな。感謝するぞ!」
「いいわよ、成り行きだし。それにまだ何の成果も出てないしね」
「それでも悩んでいたベルーニャに力を貸してくれておるのだ。感謝はするものだろう」
思いがけない言葉だった。
いや、そういえばパン屋ちゃんも最初にこの男に相談したと言っていたし、意外と面倒見が良いのだろうか。
「ねぇ、ソレ美味しい?」
「なんだ腹が減っておるのか、食うか?」
「違う違う。そういうことじゃなくて、パンの売り方を考えてるんだけど、実際の感想はどうなのかなって」
パン屋ちゃんに焼いて貰っていくつかパンを食べたが、普通の感想しか出なかったが、もしかしたら、魔族の舌には美味しく感じるのかもしれないと思い、聞いてみることにした。
オルドバランは顎に手を当てながら。
「普通だな。美味しいとは思うが、病みつきになるほどの美味しさはない。飽きはせんがな」
と答えた。
「やっぱそうよねー」
同じ感想だ。
見た目も普通。味も普通。健康に良い訳でもダイエット食品でもない。こういったパンを売ることなんて出来るのだろうか。
それでも、オルドバランはムシャムシャと大量のホットドッグを口に頬張る。
「もしパン屋ちゃんが違う国に店を出すって言ったらどうする? 遠出して買いに行く?」
「そうだな。買うであろうな」
私に芽生えた素直な疑問を悩むことなく、オルドバランはそうすぐに返した。
「普通のホットドッグなのに?」
「うむ。味は普通でもベルーニャの店なら買いに行くだろう」
「店っていうくらいだから、たくさんパンを置くとしたら、パン屋ちゃんが全部作らないかもよ」
「そうなのか。ま、そのようなことは些細なことだ」
いいんかい。
「普通であっても提供してくれる者が見えるのなら、オレはそこで買う」
「ふーん。じゃあ私(神)が作ったら?」
「それは美味いのか?」
「そうねぇ。パン屋ちゃんと一緒くらい?」
「ならば要らん」
「まったく、私はこれでも一応魔王を倒した神なのよ! 敬意を持って買いなさいよ。天罰が降りるかもよ」
「はっはっは。そうであったな。オレも殺されぬよう精進せねばなるまいな」
いや、買えよ。そこまでの差が私とパン屋ちゃんにはあるってことか。
「同じパンでも売り手が違うだけで売り上げが変わる、か」
神ってだけで何の神かも分からず、祈ったり、お賽銭をくれるヒトもいるし、まぁありえることか。
ぼうっと、パン屋ちゃんが鍛錬をしていた魔族に話しかけている様子を見ていると、一つアイデアが浮かんだ。
ちょっとだけ見えてきたかも、パン屋ちゃんのパンを全国で売る方法。
◇
パンを配達し終え、部屋に帰ると、リンドーが座って本を読んでいた。
「早かったじゃない。店はもう見つかったの?」
「店自体は最初から目星は付けている。さっきまでは資金を調達しに行っていただけだ。開店準備に行く。二人とも、準備をしろ」
リンドーは事前に準備していたのか大きな馬車に私達を押し込んだ。
御者に行き先を伝え、カタカタ揺れること三時間。
辿り着いた店。
意外と言うべきか、私はこの店を知っていた。
「ここってたしか……賊が経営している武具屋」
今、私の着ている戦士の服装を買った場所。
まだウルメラに着く前に出会った二人組の賊が経営していた武具屋。
寄り道だろうか。
「邪魔をする」
「いらっしゃいませ……あっ、アンタは! 一体今日は何のようだ? そっちの姉ちゃんの防具の新調か?」
賊は辞めたようで、閑古鳥が鳴いてそうな店内で暇そうにしていた店主の男は、一瞬客の到来に喜んだ声を出したが、私とリンドーの姿を見て、テンションを落とした。
リンドーは、その言葉には何も返さず、店主の男の前に立つと、ドンと麻袋をカウンターに置いて、こう言った。
「この店を買おう」
「「はぁぁぁぁぁぁ?」」
私と店主の声はハーモニーとなり、店に轟くのであった。




