1-C 神生最後の異世界派遣案内
「ふぅ。とりあえず成功っと」
少し息を吐き、天界の部屋から移動したことを確認する。
空には青空、地には見渡す限りの荒野。
滑空する翼の生えた蛇、岩に隠れたトカゲとモグラを足して二で割った生物が駆ける。
そして何より、意識が割かれるのが、
「……魔王城」
天まで届くのではないかというトンガリ屋根が多数乱立し、荒野の大穴に聳える城へと渡る為の橋は大軍を移動させる為か巨大である、王の根城。
今まで99回、異世界を旅してきた。
スタート地点が森、荒野、砂浜や宿の中。奇抜な所なら風呂の中やモンスターの巣窟というのもあった。天界から異世界に渡る使用制限二回の、神の異世界案内書で行き先を指定し転移出来るのだが、そこまで万能ではない。失敗する時は失敗するし、上手くいく時は上手くいく。
今回は成功とは言っても、魔王城が目と鼻の先くらいにあるのは、いくらなんでも初めて、ある意味では失敗である。
「ターゲットはどこだ?」
そんな私の心配不安を余所に見ている魔法使いの男は、地面に手を当て、砂の波紋を眺めていた。
どこを見てるんだ。
あからさまにターゲット(魔王)がいそうな城があるのに、見向きもしない。
「……あの城の上部にある謁見の間です」
「それは確実な情報なのか?」
「ええ。事前に調べた調査資料でもそうなってますし、ここに降り立ち確信しました。あの城の頂上に、桁違いの魔力を持つ存在がいます」
体にある魔法等の技能を使う為のエネルギー、魔力。
魔力は体内以外にも存在し、天空、大地、深海問わず、漂っている。
魔力の量で強さが決まるという訳ではないが、今回打倒すべき敵である魔王は、何もかもが規格外だという。魔力量や扱える魔法習熟率といった技能や、筋力や直感といった身体的な能力まで、全てがピカイチ。それこそ、魔を払う聖剣でもないとダメージが入らないという噂があるくらいだ。
だからこそ、こんな所にいるのではなく、さっさと離脱して魔王討伐の準備をしたいのだが、
「あの、さっきから何をしているんですか?」
「環境の把握だ。優れた魔法使いは、いつ何時でも魔法が使えるように、念入りに環境の確認を行うものだ」
そう言う魔法使いの男は、足元の土を手で掬って、匂いを嗅いだり、舐めたりと、学者か名探偵か犬みたいなことをしていた。
まぁ、好きにしてくれたらいいけど、魔王城から離れた所でやって欲しい、というのが本音である。
「ソウナンデスネ。スゴイデスネ」
どんな本音が有ろうとも、ヨイショは忘れない。
「舐めるか?」
「舐めません!」
なんだコイツ。
どこの世界に異世界に着いて早々、足元の土を食う女神がいると思うのか。
まだ、前向きに仕事に取り組んでくれているだけマシだけど、やりづらい。こう、私の思い描く異世界攻略に乗らなさそうなのが面倒である。
魔法使いの男は、魔王の居場所を聞いた割に、動く気配が一切無い。まだ会って数分ではあるが、私がピーピー言っても動かない気もするので、この魔法使いの男のことは置いておいて、今後の方針について整理することにした。
まず最初にしなければならないこと、それは仲間集め。
ここは魔王城近郊。
つまり魔王が支配する国の中心に位置している。魔族の街はいくつかあるだろうが、魔王を打倒するという目的である以上、魔族の仲間を作るというのは難しいだろう。
確か、ここから一週間程歩けば魔王の国を脱し、人族の街に辿り着けるはずだ。そこにある人族の国王やら、冒険者ギルドに頼み、勇者や戦士を仲間にする。
私が回復職として四人組で行動し、地道な修行やら強力な武器を探しに各地を冒険すれば、十年くらいで魔王を打倒出来るはず。
ま、簡単な流れはこんな感じ。
今まで百回近く世界を救ってきたんだ。自分の中で作ったテンプレ通りに動けば問題ない。
何はともあれ、こんな魔王城の近くで土を舐めている場合じゃない。万が一にも魔王軍に見つかれば、近接戦闘能力の無い私達は負けてしまうかもしれないのだ。
この魔法使いの男の言葉に従ったが、もうここまでだ。
これからはこのベテランガイドの神の通りに動いて貰うことにしよう。
私がそう決意をし、魔王城をボウっと見ていた魔法使いの男に声を掛けようとしたのだが、逆に彼が私に言葉を投げた。
「悪いが背中を貸してくれないか」
「あぁ、はい。背中ですね。どうぞ…………ん? 背中?」
私は、何も考えず、背を魔法使いの男に向けた。
立ち上がる為に肩を貸すわけでも、土の付いた手を拭く為にハンカチを要望する訳でもなく、背中。
頭に大きく浮かび上がった謎に答えるように、魔法使いの男は私の背中に手を押し当てる。
「ひゃっ」
背中の一部、露出した肌に土で冷えただろう男の手が当たり、声を出しつつ、左から振り返る。
魔法使いの男は、左手に持っていた見窄らしい杖を取り出すと言葉を綴り始めた。
「終わった星の下、嗤う破壊者はもういない。救いは一度」
「……魔法?」
「絶望は光の中。二度訪れることは無い」
——詠唱。
魔法を行使する上で必要な呪文を唱えること。
「や、やめて下さい! こんな近距離で魔法なんか使って魔王に気づかれでもしたら」
私の静止に耳を傾けることなく、魔法使いの男は淡々と詠唱を続けていく。
体を揺らし、取り敢えず止めようとするが、手が吸盤のように吸い付いて離れない。
「光の裁きは、彼の楽園を去り、新たな大地に足を踏み入れ続ける。救いか死か、どちらを選ぼうとも、世界の理は大きく変わるだろう」
「やめなさいって言ってるでしょ」
言葉を荒げ、魔法使いの腹に一撃、肘鉄砲を放とうとしたが、魔法使いの男の左手によって阻止される。
「——トロマ・イポスブリオス。現出せよ、決戦兵器”ヴィナッシュ”」
詠唱の完成。
それは魔法を発動する準備が出来たことを表す。
頭の頂点から、足の爪先まで、体内に流れる魔力が背中へと流れ始める。
私の体か、魔法使いの男の手か、あるいは両方が金属をも溶かす金属のように繋がったその感覚の後。
魔法使いの男は私から、『ナニカ』を引き抜いた。
「う、がばばばあばばばばばば!」
思わず、漏れ出る絶叫。
魚の背中から背骨を引き抜くようにツルンと腕が私から離れていく。
痛みは一切ない。
あるのは、気持ち悪さ。全身麻酔の後、意識がありながらも、腹を裂かれ自分の体の中の臓器をドラムのステッキで叩かれている、そんな気分。
「はぁはぁはぁ、いきなり何すんのよ!」
背中に手を当て、穴が無いことを確認してから、振り向き様に魔法使いに向かい右拳を叩きつける。
が、私の怒りの拳は魔法使いの男には届かなかった。
私と彼の間にあったのは、白を基調とした赤い線が幾つか入った金属の塊。
「あっっああああああぁ、痛ぃい……なに、そのメカメカしい物体は?」
機械仕掛けの大砲とでも表すべきだろうか。
ソレは、人よりも大きな物体だった。
傷一つ無い、純白の砲身を彩る歯車や排熱口といった様々な機械のパーツが付いており、SFに出てくるような近未来の武器を思わせる。
「決戦兵器ヴィナッシュだ」
「決戦兵器?」
「神ともあろう者が、コレを知らないのか?」
キョトンとしたように魔法使いの男はそう問いかけてくる。
常識を疑うような言葉。
もちろん、知らない。
「それを、どうする……」
「離れておけ、巻き込まれるぞ」
そう言うと魔法使いの男は、左手に持っていた見窄らしい杖を腰に差し戻すと、両手で重たそうに、その機械仕掛けの大砲を腰の横に構え、砲門を魔王城の一角に向けた。
ソレが兵器だと言い、それを城に向けるということは。
「ちょっと待っ……ッ!!」
勝手に進められる展開を引き留め整理させようとしたのだが、魔法使いの男の指が引き金に掛かった瞬間、私の背筋に悪寒が走った。
——マズイ、コレはヤバい。
瞳が揺れ、髪が逆立ち、胸が動悸を始める。
私の神様人生引っくるめた全てが悲鳴を上げていた。
生物としての直感。不老不死であろうと、神であろうと、私が生きているからこそ得られる危機への回避信号。
脇目も振らず、駆け出す。
目に付いたのは、私を隠す程度の岩場。
ダイブするように、その岩陰に飛び込んだ瞬間、魔法使いの男の呟きが響いた。
「決戦兵器起動……発射」
私の避難を把握してかしまいか、魔法使いの男はソレを放った。
一閃。
光を飲み込み、音を掻き消し、時間を置き去りにする一撃。
一面黒の絵にドボっと付けた白の絵の具で雑に線を描いたような一筋の光が打ち放たれた。ブレることなく、その閃光は魔王城の一角を正確に貫く。
一瞬、魔王か何かが行ったであろう防御系の魔法が見えた気がしたが、抵抗する間もなく木っ端微塵であった。
私にはその閃光はまるで、世界を壊すかのような一撃に思えた。
「よし。確認を」
魔法使いの男は、反動で抉れた大地から機械仕掛けの大砲を引き摺りながら姿を私の前に現れそう問い掛けて来る。
「え、えぇ……膨大な魔力をもった存在の消滅を確認。これで任務は達成となります」
異世界救済斡旋事業所に所属する神として与えられる能力、救世完了のファンファンーレが頭の中に鳴り響く。
つまり、魔王は、あの荷電粒子砲で消滅したことを意味する。
そう、これで、この世界は救われたのだ。
時間にして五分程度。めでたし、めでたし、
「……いやいやいや、待って待って待って、なに今の」
「魔法だ」
静寂が私と彼を包み込む。
魔法。それは理外のもの。
だから、この魔法使いを自称する男が機械仕掛けの大砲から放った荷電粒子砲もまた魔法なのだろう。
「そ、そ」
平然とした様子で魔法使いの男は言い、足元に重々しい機械仕掛けの大砲を置く。
プチン。
その時、私の中の心の中の縄が切れた。
「そんなわけあるかーい! どこにそんなメカメカしい魔法があるんじゃーい。それも私から出したでしょーが、このスレンダーな私のどこにそんなもん入ってたの! んで、それで魔王を一撃で屠る?」
「何か問題でも?」
「無いわよ! 強いて言うなら、そんなこと出来るなら、さっさと言っておいて欲しかったってことくらいかしら。あと土食ってんじゃないわよ。ミミズかアンタは!」
決壊する、感情の堤防。
先ほどまで、心の中の休日をだらけて過ごす私と慈悲の女神として仕事人である私が、綱引きをしていたのだが、縄は千切れたのだ、理性如きで治らない。
魔法使いの男は不思議そうに私を見ている。
「どうした急に」
「どうしたも、こうしたも、アンタがこう滅茶苦茶なことやってるから、こうなってるんでしょうが!」
「テンションが高くなったな。良い事でもあったのか」
「コレが素なの。突っ込むな!」
ヒステリックと思われても仕方ないほど、感情が荒ぶる。
日頃から常々上司である所長に、『あなたはよく喋って煩いから仕事中は丁寧な言葉でやりなさい』って言われたので、頑張って押さえ込んでいたのだが、このトンデモ出来事で我慢が出来なくなってしまったのだ。
ふぅぅ、と息を整える。
「あっでも、そっか、アンタが今、魔王を倒したってことは、この世界に平和が取り戻されたってことで終わりなんだよね。もうちょっと、言いたいことあるけど、もういいわ。私、今回の仕事が終わったら昇進するの。要はアンタみたいな面倒臭い奴と、こういう場所で過ごさなくてすむの。はい、お疲れ様でしたー」
懐から、天界へ帰る為の本を取り出し、ペラペラと開き、目的のページを開ける。
「待て」
鋭く刺さる横槍。
魔法使いの男は、私の荒ぶりに動じず、冷えた瞳を私に向けている。
「……なに?」
「帰るのか?」
「えぇ、そうよ」
「それは不可能だ」
体に増える言葉の槍。
「なんで!」
「感じなかったのか? この世界は魔力が薄い。恐らく魔王が、世界の構成要素である基本元素火水風土、その内の風元素を利用し、空気に漂う魔力の一部を魔法阻害の毒素に変えた。それを吸い込むことで、魔力低下、魔法阻害、魔力に頼っていた身体能力の断絶等の症状を引き起こさせている。土の柔らかさから察するに……」
「長い。簡潔に」
「体を早々に、この世界に適応させなければ、魔法が使えなくなる」
沸騰した水のように熱を持っていた頭に拳大の氷を投げつけられたように錯覚が訪れた。
「冗談、よね? だって、さっきアンタ魔法? を使ってたじゃない」
「俺は着いてすぐに、この世界の魔力と毒素を含んだ土を口にした。世界に適応させるには、その世界の四大元素を取り込めばいい」
「なんで、そんな大事なこと言ってくれなかったの?」
「聞いたが?」
自身が舐めた土を私に突き出して来る変人の姿を思い出す。
あっ。
「分かるか! もっとちゃんと説明してよ! ……なら、私も今から土を食べたら使えるようになる?」
首を振る。
「もう、お前の体はこの世界に異物として認識された。異物に態々魔力を回すほど、この世界は余裕が無い」
「ホントに、じゃあ、私、天界に帰れないってこと?」
昇進、暴飲暴食、娯楽三昧、世話係の天使……百回世界を救ってきた、ご褒美の山が音を立てて崩落する。
とんでもないポカをやらかした訳でも、努力をサボって報いを受けた訳でも、敵が理不尽な程、強大だった訳でも無い。
ただ、最後に引いた世界と召喚した人物が変わっていた。
ただの不幸。
頭の中に風が吹き込み、勝手に膝が地面に接着する。
「おい」
私を見下げる冷ややかな橙の瞳。
「……まだあるの?」
「いや、先程から、転移の魔法が使えないことばかり考えているようだが、他の魔法は気にしなくていいのか?」
「天界に帰る以外に大事なことなんて……」
違和感。
視力が少し下がり、両腕がいつもより少し重たい気がした。
それは微かな異変。だが確かに感じ取っていた。
私は、恐る恐る体に魔力を流し込む。
「聖浄! 神経回毒! 全快洪水……嘘でしょ、私(神)の神聖魔法が使えない!」
例えるなら、文字は覚えているのに、書けない感じ。記憶の何処かにはあるのに、書いてみると、間違っているような不思議な感覚。
つまり、神としてブイブイ言わせていた回復系の魔法は軒並み使えないということで、この世界からの脱出も出来ない。
私は、下半身に力を入れ、スッと立ち上がると、柔らかい笑みを浮かべ、魔法使いの男に向き合う。
「さーてと……魔王を倒せし、偉大なる魔法使いよ。たった今、新たな試練が訪れました。魔王の卑劣な罠により天界への帰還が出来なくなったのです。このままでは、天界は多大な損失を負うことになります。この危機を脱する為には、貴方の力が必要なのです。さぁ、協力し、共に天界へと帰りましょう」
「断る」
間髪入れず。
「俺は、この世界に、まだ見ぬ魔法を探しに来た。それが第一優先だ。ターゲットを撃破したのも、探し尽くす前に世界が滅んでは困るからだ。お前を天界に帰す手助けもするつもりはないし、お前が天界に帰るというなら全力で食い止める」
強い言葉。私の苦悩なんて、一切気にも止めないと言わんばかりに、魔法使いの男は思いを綴る。
そんな思惑なんて、知らないし、関係ない。
私は帰りたいのだ。それを邪魔をする理由はなんだ。
「どうしてそこまで」
その疑問への答えは単純なものだった。
「寂しいからな、独りぼっちになるのは」
「…………………………………………は?」
どうやら、私、クラリムは変な魔法使いを異世界に連れてきてしまったようです。




