7-C モンハウの必勝法
街から外れた森の中。
仄かに肌寒い空の下、私達は森の中にある、とある洋館の前に立っていた。
割れた窓ガラス、剥がれた外壁、足元を這うネズミモドキ。
月明かりに照らされた、そこはまるで経営破綻した遊園地に立つお化け屋敷のようであった。
時刻は丁度真夜中を指し示したのか、中から柱時計の音が聞こえてきた。
「ふーん、ホラーじゃん」
そう、私は同行者に呟く。
後ろの二人(首と箱)は、何も返さない。
「えっ、バチクソ、ホラーじゃん。私、ホラー無理って言ったよね」
もう一度、独り言ではないですよ、と大きな声で言い放った。
「おや、そうだったのですね。神とも有ろうお方に不得手なものがあろうとは」
「そっか、チョビ髭頭、あん時、血まみれだったもんね……」
唯一反応を示したのはチョビ髭を生やした頭だけの男だった。
私はその時の回想を独り頭の中で巻き戻し、チョビ髭を片手で掴み持ち上げる。
「聞いてんじゃん」
「……と、仰られましても、吾輩の肉体感知がここを指しているのは間違いありません。それに、ここにこの付近だと言った時、やれ、交通費を節約したいだの、やれ歩くのが嫌だと、身分証を持ってくるのを忘れたと言い、到着時間を大幅に遅らせたのは他ならぬクラリム様でございます。本来であれば、夕暮れ期には辿り着いていたはずですぞ」
「ウッ……」
話を逸らしながら、痛い所を突いてくる。
コイツはあの街に、きっと不法侵入で入ったから知らないのだ。この街で身分証が無いとどうなるのかを。
「ともかく、ここまで来て帰るというのは……」
「でもー、怖いし。もう絶対なんか出るじゃん。入る前から、お化け屋敷やってますって看板出てるような外観じゃない!」
「それでは、吾輩とミーク様で行きますので、クラリム様はここで、お待ちを」
「そんなことしてみなさい。末代まで呪うわよ! 具体的には天界に帰ったら、呪い課に掛け合って、そのチョビ髭が抜け落ちる呪いを掛けて貰うから」
必死である。
不覚にも、お金が貰えるからと付いてきてしまったが、現物を見たら怖くなってしまった。
そんな一歩も動けなくなった私を導いたのは、白い少女だった。
私の服の端を掴んだミークは、自信満々と言わんばかりに体の前で親指を立てる。
「だいじょうぶ、怖くならない、方法、しってる」
「ミーク先生ぇぇぇ!」
あんまり我儘言ったら、置いてかれるかなと思っていたので、その言葉に藁をも掴む気持ちで縋った。
◇
暗闇。
光を失った世界の中、私は右手をミークに引かれながら、一歩一歩進む。
ミークの秘策は当たり、洋館の中に入ったというのに不思議と怖くはなかった。
目を瞑っている? 思考の海に潜っている?
いいや。そうではない。
もっと簡単なことにして、馴染みがあることでミークは私の恐怖心を掻き消したのだ。
「どこに、あるの?」
「残念ながら、細かいところまでは。この建物の中にいるのは間違いないのですが……それにしても、何故、吾輩の胴体はこんな所に、やって来たのでしょうか」
「暗いところが、すき?」
「ふむ。頭は明るい方が好きですが……なるほど胴体は、実は暗がりが好みだったと、それで、頭を捨てた。盲点ですな、考えたこともありません」
「ともだち、がいる?」
「頭に隠れて、胴体は友人を作っていた。なんと! 隠れて会う為に、頭を捨てた。密会となると、その友人とは、もしや、胴体と恋仲なのでは……い、いつの間に」
「フゴフゴフゴフゴ(黄色い光関係無いじゃん。てかさ)」
「おや、どうされましたかな? クラリム様、もしやソレがハズレ掛かったのですかな? それは大変ですな。ミーク殿」
「うん」
そんなこと言っていない。
そんなこと言ってないのに、チョビ髭頭の勘違いを間に受けたミークによって、私の首に鋭い歯が突き刺さった。体の中から赤い液体がポトリポトリと抜け落ちる感覚を抱き、また顔面は生暖かい液体を纏った肉に密着し、何度も何度も顔や頬を濡らされる。
「フゴフゴフゴフゴ(痛い痛い痛い)!!」
私はミミックを頭の上に被っていて歩いていたのだった。
「天丼だよ! そりゃ、こんなの被ってたら怖く無いけど、痛いわ! 痛くてベトベトして気持ち悪いわ!」
私は思わず、頭からミミックを外し、床の上に丁寧に置いた。
「んで、ミミックがミークって知ってるから、投げづらいわ! 散々だよ! ミミックは頭に被る物、じゃない!」
「リンドーが、言ってた。クラリム、ワガママ、食べていい」
「アイツ、何を吹き込んどんのじゃ!」
ミークは床に置かれたミミックをいつもの定位置と言わんばかりに背中に背負うと、目の前にあった扉を開けた。
ギギギ。
「えっ、そんな躊躇なく開けちゃう? まだ心の準備とかしてないんだけど」
暗闇の中。
最初に聞こえてきたのはカチャカチャと金属と何かを当てている音。
目を凝らす。
先程まで、ミミックの口の中という暗闇にいたからか、ボンヤリと人影が見えた。その人影は、手に持った二本の何かを口の中に入れていた。
アレ? ヒト住んでたんだ。
外観が幽霊屋敷だったから、てっきり廃墟かと思ってた。
「あのー、すみません。ここに住んでいらっしゃる方ですか? 突然すみません。実は、この首が取れた動き回る胴体を探しているんですが、知りません?」
私は恐る恐る部屋に入りながら、その人影に尋ねた。
人影は私達に気付いたのか、カチャカチャと動かす手を止め。
「ゴッラァァァ! 食事中だぞ。話しかけるな!」
と叫んだ。
「すみまっせんでした!」
想定とは違う男の声にビビった私は、反射的に部屋の外に出て扉を思いっきり閉めた。
こわっ、違う意味で怖い。
実はオバケでした的な覚悟をしていたのに、シンプルに怒号が怖かった。
「ぇぇぇぇ」
「食事中に会話をしない方もいらっしゃいますからな。怒られても仕方がないかと」
「どうする? 私、一回怒られた後にもう一回声掛ける勇気ないんだけど」
「それでは次に行くといたしましょうか」
「あのヒトの家なのに、勝手に動き回って大丈夫かな? そこにいるのに家主に無断であちこち回るのはちょっと」
結構中に入ってまで思うのもアレだが、許可は取った方が倫理的にいいのではないだろうか。
「それは問題ないかと。彼もまた仮宿で訪れているようですし」
「あっ、そうなんだ。知り合い?」
「いえいえ。単に同類だったので、彼の持ち家でないことを理解しただけでございます」
ほう、同類。同類? チョビ髭頭の。
「おや、気付いていらっしゃいませんでしたか? 彼、大体は人族の見た目でしたが、足は消えておりましたよ」
「そんな! 嘘言いても〜。髭引っこ抜くぞって」
「疑うならば、確認されてはいかがですかな?」
「いや、いい。見て後悔したくないし」
なんでワザワザ、ビックリドッキリしないといけないんだ。
次行くぞ、次。
とりあえず怖いし……さっさと胴体見つけて出よ。
◇
ミミックに齧られていたので忘れていたが、ホラー要素に備えランタンを買っていたのを思い出し、それを片手に洋館の部屋を調べていた。
出来るだけ明るく、出口に近い部屋から順に。
「いないわね〜」
そんな風にチロっと扉を開け、すぐ閉めて次に行く、私に一言。
「……怪しい場所避けていると、長引くだけですぞ」
「だって、怖いじゃない」
「もっかい、頭、たべる?」
「それはない」
と彼らがそんな風に私を囃し立てるのも、私は二つの場所を避けていることが原因だった。
一つは二階へと上がる階段。もう一つは、ミークとチョビ髭頭が見つめている先にある、とある部屋。
ただ、この部屋は怪しさマックス。
神の直感、ではなく、扉の隙間から外へと赤い光が溢れ出ていた。
「はぁ、腹括るかぁ」
私はその部屋に手を掛け、思い切り引いた。
まず目に入ってきたのは、小さくて数の多い赤い光の点滅。
「火? いや、違う?」
墓場とかに出るとされる怨霊の類かと思ったが、その輝きは火とも違う、綺麗な赤。
私は手に持っていたランタンを部屋に向ける。
そこにいたのは赤い宝石を額に貼り付けたリスのような生き物だった。
「カーバン、カーバンクルぅ?」
「えっ。可愛い……」
自己主張の激しそうな鳴き声を発していたソレは、私の足元まで駆け寄ってきたので、私は、屈んで手を伸ばすと懐っこく手のひらに乗った。
「うわぁ〜、こんなとこにこんな可愛いいのがいるなんて、ほら、見てミーク。可愛いよね? 持ってみる?」
「うん」
小さい少女の手のひらに乗る小動物。
絵になる組み合わせだ。カメラでも持っていたら、一枚撮りたくなる。
「ほう、カーバンクル。此奴も同類ですな」
「ふーん、モンスターなんだー。でも、こんなに可愛かったら、なんでも良いかも。連れて帰ろうかしら」
「それはやめておいた方がよいかと。カーバンクルは宝石を好んで食べるモンスターです。ですから人里に居着けば、個人で保有する宝石に始まり店を構えるジュエリーショップの倉庫も荒らしますので、相当な損害を請求されることになるかと」
「それは、確かにちょっと困るわね」
「……しかし、普段は宝石採掘の山などにいるはず、また何故このような所に」
見た目に反して全く可愛くない。
部屋の中に入り、机の下や棚の中を見たがカーバンクルが数匹いる程度でチョビ髭頭の胴体は見つからなかった。
「うげっ、なんか踏んだ。最悪」
足元までちゃんと見ていなかったので、ベッチャッと何かを踏んでしまった。
靴が汚れるとテンションが下がる。
一刻も早く帰りたいが、何一つ解決していないので、仕方なしにカーバンクルの部屋を出た。
「となると、二階かぁ。ホントにここにいるんでしょうね」
「えぇ、それは間違いないかと」
「もうなんか怖いってより、変、って感じがして、余裕出てきた気はするわ。さっさと行きましょ」
「そうですな。吾輩もそう思いま……」
「クラリム、こわくなくなって、よかった」
私は、二階へと続く階段を一歩上ったところで、ふとした違和感に襲われた。
ほんの僅かな違和感、目線よりも下にいるミークの声が耳の横から聞こえてきた気がした。
その程度なら、何も思わず足を進めていたのだが。
べろっ。
私の耳が何かに触れたのを感じ取った。
「…………ふぅぅぅぅぅぅ」
まだ振り向かない。
心の準備をしっかり済ませてから、振り向くことにしよう。
まだワンチャン、ミーク若しくはミミックが舐めただけかもしれない。
バンバンと顔を叩き、振り返った。
そこにいたのはミークとチョビ髭頭、そして。
「…………」
透き通るような青の馬がいた。
それはまるで、童話に出てくる不思議な光景だった。馬は馬だが、間違いなく普通の馬では無く、水と思わしき液体が馬を形造っていたのだ。
で、何故、ミークの声が耳元から聞こえたのかと言うと、水馬がミークを咥えて立っていた。四本足ではなく、二本足で。
「ぎゃああああああああああああああああ」
突然現れた奇妙な生物、ミークが半ば喰われかかっている状況、そしてチョビ髭が驚いて固まっていること、三つのビックリ要素が私の体を高速で動かした。
ミークを水馬から無理やり奪い取り、階段を駆け上がった。
「ハッ、ハッハッ、ハッハッ、ハッハッ、ハッ」
全体力を総動員し、ヒト、首、箱を持ち走る。
「来てる、来てる、来てる、来てる!」
後ろを振り返らなくても分かる。水馬が追いかけてくる。間違いなく、二本足で追いかけてくる。
怖いよりもキモい。
階段を駆け上がると、廊下が二手に分かれていた。
迷う暇もなく、私は右を選択し、走ると突き当たりは角になっており、滑るように角を曲がる。
しかし。
「なんで、もう一体いんんんの!」
廊下の突き当たり、透き通るような水の馬が横たわっていた。
二頭目は私に気づくと、目を擦りながら立ちあがろうと右手を床に着けた。
戻ろうと来た方角を見るが、それはもう綺麗なフォームで馬が走ってきていた。
あの馬、陸上選手なのかな?
「無理無理無理」
戻る選択肢が潰える。
「左手奥に部屋がありますぞ、そこへ」
抱えていたミークが抱えていたチョビ髭頭の声。
その言葉の通り、扉を視認した私は、意を決して、突き当たりの水馬が立ち上がる直前まで近づき、扉に押し入った。
入ってすぐ、扉を閉める。
バンバンと何度も扉を押す水馬。
「ヒッヒィィィィン!!」
両手と体を使い、扉が開かないように抑えていると、少しして、水馬は諦めたのか、扉を押す力が無くなった。
「はっ、はっ、ふぅぅぅ。助かった。ミーク、だいじょ……」
振り返って入った部屋を見る。
ミークも、チョビ髭頭も、一点を見つめ、固まっていた。
「ロイヤルストレートフラッシュ」
濃紺のローブの男は、パサっとテーブルにカードを投げた。
横柄とも取れそうな不遜な態度。凄く、それはもの凄く見覚えのある人物。
それに相対しているのは、見たことは無いが聞き覚えのあるシルエット。
「部屋に入る時はノックをしてから入ることだ」
黒髪橙瞳のリンドーと首が無い貴族服の胴体が、トランプをしている光景が目に入ってきた。
「なにやってんのよ」




