7-B 首無男爵
「それでは改めまして、皆皆様、ご機嫌麗しゅう。吾輩こそ、かの『怪血王』に仕えし『怪物貴族』『首無し男爵』ベドウィック=オム=ウェネスタでございます。赤と白に身を包む高貴なるご婦人、冷静沈着で可憐な白き花の君。終生まで是非、お見知り置き」
そうまるでどこぞの貴族のように快活に饒舌に言葉を並べたのは、『首』。
言葉が出てくる箇所は首の口で可笑しく無いのだが、首しかない。
首しかない男が、言葉を並べていた。
固有名詞が多い。頭に入って来ない。
「鮮やかな赤は苛烈を物語り、桃の色は内包した母性の象徴、そして白は高潔を表す。あぁ、なんと素晴らしき眺めか、貴方程のご婦人を前に踊りを申し込めないなど、痛恨の極み」
ミークが『首』に付いた血と涎を拭き取って、とりあえず『首』に話をさせてみることにしたのだが。
止まらない。
ミーク(ミミック)が齧ったので、ほんのちょっぴり申し訳がなくて言葉を挟みづらい。
「あぁ、神をも恐れない装束こそ正に叛骨の証。怪物を狩る為にだけに伝えられる神秘などゴミ溜めにでも葬るさるべきでありますれば。その衣を纏っておられる貴方様は、幼き少女とはいえ、将来が有望でありましょうぞ」
「長い!」
やっぱり止めた。
これはきっと止めるまで止まらない。話をするのが好きなタイプのヒトだ。
「おっと、それは失礼」
腕もないのに、髭を触る仕草をするチョビ髭。
「それで、一応聞くけど、生きているのよね?」
「えぇ、こうして自我を持って活動しているというのを『生きている』と表されるのであれば、吾輩は、この通り、生きております」
「それは良かった。何があったかは知らないけど、生きているのなら、良かった。じゃ」
私は、面倒になる前に、テーブルクロスの残骸と思われる足元に落ちていた布を拾い、それをチョビ髭首に包み、出来るだけ頭に触れないように布の先端を持って、外へと向かい始める。
「おや、赤から白のご婦人。吾輩をどこへ連れて行かれるのですか?」
「誰にも見つからなさそうな所に、捨てる」
「そんな! こうして出会えた奇跡に感謝を述べていた所でしたのに」
「それは残念ね。お礼だけは受け取っておくわ。私、神だし」
布の中からモゴモゴ言っているが、さっさと黙って欲しい。
近所の住民に見られたら溜まったものじゃない。
「おお、おお、おお! よもや、高貴で麗しいご婦人だと思っておりましたが。よもや神とは、敬虔なるいと慈悲深き女神よ。どうか、どうか、この首だけになってしまった哀れな男にお慈悲を下さいませ」
慈悲。
私が、玄関の扉に手を触れようとしたその瞬間、チョビ髭首は私の手を止める単語を放った。
「……」
慈悲の女神として、求められた慈悲を無碍にすることは、出来ない。
私は踵を返し、先ほどと同じようにテーブルの上で、チョビ髭首を解放すると、足を組んで座った。
「仕方がないわね。そう私こそ、慈悲の女神クラリム。首だけとはいえ、迷える魂に安らぎを与えてあげましょう」
「おおっ、クラリム様! お慈悲に感謝いたします。時に、一つ疑問なのですが、白き花の君よ。貴方様は、吾輩と同じなのでは?」
「うん。わたしは、ミミックのミーク」
「やはり、そうでありましたか。いやはや、このような人族の街で、知性あるモンスターに出会えるとは。奇遇な事もあるのですな」
まぁ、特段驚くようなことでもないけど、自白したな、モンスターって。
デュラハンって言ってるし、どっかで聞いたような単語を言ってたし今更だけど。
「喋れるモンスターって、ミークみたいな例外だけかと思ってたけど、意外といるのね」
スライム狩りまくってたけど、一匹ぐらいいたのだろうか。
ノルマを潰すように無心に潰してたから全く覚えてない。
「もちろんおりますとも。この世に存在するモンスターとは、かつて魔族を統治された『怪血王』の血を引きし者達の総称。その中でも我々のように濃い血を持つ者は、こうして知性を得る事が出来るのです。『怪血王』も、かなり前にお亡くなりになっていらっしゃいますので、生き残りはそう多くはありませんが……吾輩も知性あるミミックに会ったのは初めてでございます」
「ふーん、ミークが喋れたり魔法使えたりするのは、その濃い血が理由って訳。リンドーの魔法の効果かと思ってたけど、ミーク、希少種だったのね。やるじゃん」
ミークはピースを作り、私に見せてくる。
自覚はないのだろう。ただ、私の褒め言葉に反応しているだけな気がする。
「ま、喋ろうが喋らまいが関係ないっか。モンスターの姿で襲ってきたら敵だし」
「おおっ、流石は神。線引きがハッキリしていらっしゃる。ご安心を。吾輩は敵にならない、良いモンスターでございますので」
首だけで襲って来られたら、それはそれで怖い。
「それで、何か困ってるの?」
「おお、そうでした、そうでした。慈悲を求めますのも、吾輩の胴体を取り返していただきたいのです」
「あー、やっぱ体あるんだ……なに、落としたの?」
「いえ、吾輩が捨てられたのです」
どっちが本体かは知らないが、頭を胴体が捨てるんだ。頭の方が大事そうなのに。
チョビ髭首は思い返すように語り始めた。
「ある霧が濃い日のことです。頭は胴体に抱えられて、とある森を歩いていたのですが、突如目の前を黄色い光が襲いかかったのです。頭は胴体の陰だったので直接受けた訳ではないのですが、光を受けた胴体は何やら狼狽始め、頭を傍に抱え走り出したのです」
吾輩吾輩鬱陶しい。
ニュアンスで分からなくも無いが、音声だけだと訳わからなくなりそう。
「頭の静止を聞かず、胴体は三日三晩走り続け、この街に辿り着くや否や、頭を投げ捨てたのです」
「宙を飛ぶ中、頭は胴体を目で追っていたのですが、胴体は一目散に何処かへと去って行ってしまったのです。運良く茂みに着地することは出来たのですが、ここ十数日誰にも見つけられることなく、茂みの中で隠れておりました」
「そこを今朝、ミーク殿、いやミミック殿が嗅ぎ分け、見つけ出すと、そのまま口の中に入り、何度も咀嚼され続けたという訳なのです」
やっばい。
やっぱり『吾輩』の所為で頭に入って来ない。
大体要約すると、黄色い光を浴びたら胴体が狂って頭を捨てた。という所だろうか。
てか、ミミック、朝から首をずっと噛んでたって、筋が多い肉かっ。
「本来であれば、胴体は頭を捨てるはずが無いのです。こうなったのも、その怪しげな光の所為。どうか、光の謎を解き明かし、胴体を正気に戻し吾輩の元に取り返していただきたい」
チョビ髭首の、切実な願い。
そりゃあ、胴体が無いのは不便だし。私たちが断ったら、首しかない彼は諦めるしかない。
きっと、彼にとっての正念場という奴なのだろう
「そうね……」
えー、どうしようかな。なんか、面倒くさそう。
リンドーいないし決戦兵器でどうにかする事も、ストーナも仕事だし騎士団を使うことも出来ないしなぁ。
「もちろん謝礼は致します。こう見えても吾輩は元貴族ですからな。人族の通貨には疎いですが、財宝の山の一つや二つ保有しておりますので充分な見返りはお渡しできるかと」
「……ごほん。困っている全ての者に愛の慈悲を与えるのは神として、当然の行為。無論、見返りは必要ありませんが、神への捧げ物とあれば受け取るのも吝かではありません」
「おおっ、それでは!」
「その願い、この慈悲の女神クラリムがお受けいたしましょう」
財宝の山、そんなのがあればリンドーへの借金なんてすぐ完済出来るし、大金が余るかもしれない。そうとなれば、もう仕事とは隔絶した、完璧なダラダラバカンスが満喫出来るかも。
ただ、一人で行くには心細い。
不死身とはいえ、実力が皆無なのと、まだホラー案件である可能性が高い。
ホラーに立ち向かうなら、一人よりも二人。数の温かみを準備するべきだ。
あと、首を持って歩きたくない。
「ミーク先生にもお手伝いいただけたらなぁ、と」
「いいよ、クラリム、しんぱいだし」
いざとなったら、ハイプリースト並みの神聖魔法を使えるミークは快諾してくれた。
それはそうと、なんで私、心配されてるんだろうか。神なのに。
あと、今更だけど、『首』しかないのに、首無し男爵って、
逆じゃね。




