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変な魔法使い、異世界に行く  作者: 八艘宗八
第1章 街での『平穏で優雅な』生活編
36/116

6.5話 ミミックミークと銀の猫

番外編のようなものです。

 神クラリムが騎士団屯所で惰眠を貪り、魔法使いリンドーが各所で交渉や様々な事件を調べている、そんな借金騒動期間のある日。


 家にて、

 仕事に出かける騎士団長ストーナをミミック少女ミークは見送っていた。


「それじゃあ、行ってくるが一人で大丈夫かァ?」

「うん」

「戸締りは必要ねぇ……か、こんなボロボロだしな。リンドーが食事用の金貨を渡せって言ってたが……本当にこんなのでいいのか?」


 ストーナは懐から金貨が詰まった袋を手渡す。

 ミークは目を輝かしてそれを受け取ると、三枚ほど掴んで近くに置いてあったミミック(本体)に投げた。


 ミミックは口を開き、舌で掴むとそのまま飲み込む。


「おいしい」

「アタシも変な格好させられたが……あのミミックが、この女の子になってるったァ、リンドーの魔法は不思議だなァ……」


 肌色の多い蝶々をイメージした服を思い出し、勝手に顔が赤くなるストーナ。


「じゃあなァ。何かありゃ、詰所まで来いよ。道分かんなくなったら、そこから辺の奴に聞きゃあ教えてくれっからよ」

「うん」


 バタンと扉が閉まり、ストーナは家を出て行った。


 ボロボロの家に、ミークは一人となった。

 廃れた家にミミック。冒険者や勇者が漁りに来て、ミミックに食われるようなシチュエーションだが、街の治安を守る騎士団がいるのでそんなことは起こり得ない。普通に泥棒。


「リンドー、クラリム。、ストーナ。いない。ひま」


 誰もいなくなって数分。

 最初の数日は寝ていたのだが、ミークは寝ることに飽きていた。



 ミークは外に出て、香ばしいお金の匂いがする方角に足を進めた。


 途中、屋台で鳥の串を買い、ふと立ち寄ったのは冒険者ギルド。

 ミークは串を片手に、喧騒渦巻く建物の中に入り、行き止まりにあった受付に声を掛けた。


「どうしたの?」

「ここは、なに?」

「何って、冒険者ギルドよ」


「ぼうけんしゃ……お金、もらえる奴?」

「えぇ。あそこに貼ってある依頼を受けて、達成したら、報酬が出るわ」


「おかね、たくさん、なる」

「冒険者登録がしたいってこと? それじゃあ、ここに、お名前と出来ること書いて」


 ぶるんぶるんと首を振るミーク。

 ミークは文字を知らなかった。


「あぁ、なるほど。じゃあ私が代筆してあげるから、お名前教えて」

「ミーク、エル、ヴァルデエランデ?」

「ミーク=エル=ヴァルデエランデっと……ん? ヴァルデエランデって……」


 つい数日前に、冒険者ギルドに冷やかしに来たヤバい奴のことを、同僚から聞いていた、受付のお姉さんは、確か、そんな名前だったと思いながらも無害そうだなと感じ、そのまま受付業務を進めた。


「だいじょうぶ?」

「あぁ、ごめんごめん。んじゃ、戦闘における役職も登録するんだけど、何か出来ることはある?」

一部回復ヒール痛緩和プロテクトだけ。他は、しんどい」

「へぇ、ちっちゃいのに優秀なのね。職業は聖職者クレリックと」


 受付のお姉さんは、ミークから最低限のプロフィールを聞き、それを紙に纏めた。


「んー、聖職者クレリックで、手っ取り早く稼ぐなら、支援職を募集しているパーティに入るのが普通なんだけど、今は募集が無いのよねー。このまま募集かかるまで、待たせるのも悪いし……あっ、そうだ。治療院からの依頼が来てたんだった。それでもいい? ちゃんとお給金は出るから」

「うん」



 ミークは、その冒険者ギルドの職員に連れられ、とある治療院を訪れた。

 治療院。簡単に言えば病院。怪我を負った冒険者や兵士、日常生活で怪我をした住民が訪れる。普通の家のような場所だった。


 ミークを迎え入れたのは少し大柄な女性だった。


「冒険者ギルドから治癒師を借りるなんて、院長先生も無茶を言う、なんて思ってたけど、本当に来るなんてね。で、何が使えるの?」

一部回復ヒールと、痛緩和プロテクト

「なら、充分よ。それじゃあ、ベッドの上で苦しんでいるヒトが居たら一部回復ヒールをかけてちょうだい」


 ミークに説明した女性は、ミークを一つの部屋に導いた。

 そこは病院の一室のようにベッドが並べられ、そこに患者が横たわっていた。


「でも、あそこの奥のお爺さんには何もしなくていいわ」

「なんで?」


 奥に見えたのは、細い目で窓の外を飛ぶ三羽の鳥を眺める老人だった。


「もう、治らないからよ」


 大柄の女性は、そう静かに呟いた。



 ミークは言われるがままに、治癒を行い業務を終了させた。


「本当に? 寝なくて大丈夫なの?」

「寝るの、あきた」

「そう。無理しなくていいからね。なにかあったら院長先生は泊まり込んでるし、叩き起こしていいから」


 夜。

 帰っても、誰かいるか分からなかったので、ミークは治療院に残ることにした。

 患者が寝泊まりする部屋。

 昼間は苦悶の声や雑談など喧騒が立ち込めていたが、夜は打って変わって、静かだった。


「うっ、ううっ」

一部回復ヒール


 微かに聞こえる苦悶の声。ミークは仕事をしようと、その声を上げた人物に近づき、治癒を施した。

 ただ、その声を上げた人物は、奥のベッドで寝る老人だった。


「お嬢ちゃん。ワシには何もせんでいいと言われておらんかったのか」

「うん。言われた」

「なら、やめておけ。魔力の無駄じゃ」


「ひまつぶし、だから」


 老人のひしゃがれた声を遮るように回復を続ける。

 淡い回復の光が老人の痛みを和らげる。しかし、根付いた痛みは取れない。


「死ぬの?」

「あぁ、治らんみたいでな。もってあと数日といったところじゃろうて」

「そう」


「お嬢ちゃんは初めて見るが、なんだ金がいるのか?」

「うん」

「そお……か」


 会話は続かず、痛みが治まった老人は、再度眠りにつく。

 しかし、その眠りも長くは続かず、目が覚めると咳き込み血を吐く。

 間髪入れずに、ミークは回復を行った。

 老人は淡々と回復を続けるミークに何を言っても無駄かと思ったのか、治療を受け入れた。


「死ぬのは怖い?」

「先に旅立った嫁に会えるからの。怖くはないかの」

「死んでも、何もないよ」


「……そう、じゃな」


 ミークは深く考えていない。ただ事実を並べているだけだった。

 老人の為に対する励ましや気遣いは無かった。


「お嬢ちゃんは死ぬのが怖いのか?」

「ぜんぜん。生きてるから、死ぬ。死ぬから、生きる。だから、こわくない」

「道理じゃな。死は誰にでも訪れるもの。死ぬからヒトはヒトであれる。死なないのは神ぐらいじゃろうて」


「でも、死ぬのは、さびしい」


「誰か死んだのか? 家族とか」

「しらない。家族はできた、らしい」


 ミークが思い浮かべたのは、リンドー達の顔。

 ミミックと生を受けたミークにはそれ以前の家族はいなかった。


「そうか、良い出会いがあったんじゃな」

「うん」

「……ワシは、妻が亡くなってからは独りじゃった。家を出た息子は顔を見せず、便りの一つも寄越さなかった。風の噂で、孫が出来たらしいが、顔すら知らん」

「さびしい?」

「もう何十年も前の話じゃて、今更、どうも思わんよ」


 そう言う老人の表情はどこか物寂しげ。

 ミークにはその老人に掛ける言葉は持ち合わせていなかった。


「お嬢ちゃん、アクセサリーは好きか?」

「分からない。でも、お金は好き」

「変わっとるの。今時の若いもんは、物より金、なのかの。まぁいい、ほれ、コレを貰ってくれんか。気に入らんかったら売ってくれても良い。小遣い程度にはなるじゃろうて」


 老人が窓辺に置いてあった箱に手を伸ばし、開けると、ミークに手渡す。

 それは銀のネックレスだった。

 丁度胸の中心に来る部位には猫が歩いているような意匠が施されていた。


「いいの?」

「死にかけのジジイに親切にしてくれたからの。その礼じゃ。孫に会えたら渡すつもりじゃったが、会えんのにどうせ残しておいても、仕方あるまいて」


 それは老人が死ぬまでに叶えたい夢、だったのかもしれない。

 ミークは背中に背負っていた宝箱を下ろす。


「その箱にしまうのか? 気に入らんかったか? いや、待て待て待て! 待つんじゃ!」


 ミミックは大きな口を開け、ミークがその口に無情にもネックレスを投げ入れようとしていたので、老人は慌てて止めた。

 急に現れたミミックに衝撃を覚えた老人だったが、ミークが一切慌てていなかったので、落ち着いて、事情をミークに尋ねた。


 ミークは自分がミミックであることを語り、ネックレスは自分へのおやつだと思っていたことを話した。


「銀も食べれる」

「せめて、ここにいる間くらいはお嬢ちゃんの首に掛けておいてくれ。代わりのもんやるから」


 老人は枕の下に隠していた金貨の入った袋から一枚金貨を取り出すと、ミークに手の上に置いた。ミークはそれをそのままミミックの口に入れた。


「ほっほっほ。こりゃあ、たまげた。ミミックがヒトの形になっているとはの。世の中には知らんことが沢山あるんじゃな」

「怖い?」

「いいや。もうすぐ死ぬからか、あまり怖くはないの。でも、あんまり姿を見せぬ方がいいんじゃないのか?」

「リンドーは、好きにして、良いって」

「誰じゃ、ソイツは」

「リンドーはリンドー。家族?」


「……そうか。家族か、いいのう。家族は」


 老人はポロポロと涙を流し始めた。


「どうしたの?」

「やっぱり死ぬのは怖い、みたいじゃ」


 その日初めて弱音を漏らした。


「ワシはこのまま死ぬ。見送ってくれるのは、治療院の方達だけ。このまま死ねば、誰もワシを覚えててくれるヒトはいなくなる。そうなったら、ワシは完全に死ぬ、それが怖い」


 老人は大粒の涙を布団に溢す。

 キッカケは些細な物。実際に死を与えてくる存在ミミックを見て死を実感した。眠るように死ぬのと、動物として食われて死ぬのでは感じ方が違うのだろう。

 ミークはキュッとシワクチャで細い老人の手を握る。


「わたし、わすれない、よ」

「クラリム、に、おじいちゃんの、はなし、する。クラリム、死なない」

「リンドーにも、ストーナにも、はなす」


 ミークはただ幼子のように、嫌だといった老人の言葉を言っただけ。そこに慰めるなどと言った考えはなかった。

 幸運にも、老人が最も言われたい言葉だった。


「これで、だいじょうぶ、あんしん」

「……そのようじゃの。これで安心して逝けるわい」


 老人は涙を腕で拭い、短い白髪の少女に向き合う。


「お嬢ちゃん、名は?」

「ミーク」


 白髪の少女は最近貰った、その名前を伝えた。


「ミミックのミーク。覚えやすくて、いいのう。妻に良い土産話が出来るわい」


 老人はニカっと顔を歪める。


「ふわぁ、少し眠くなってきた。悪いが、ワシは寝る」


 老人は疲れたのか、ミークから顔を逸らすように、布団を被った。


「うん。わたしも、かえる」


 ミークの言葉に反応するように、老人は少し腕を上げ、バタリ下ろした。


「またね」


 ミークもまた暇を潰せて満足したのか、老人にそう伝え、治療院を後にした。



 翌日、冒険者ギルド寄ったミークは再び治療院の手伝いを頼まれ、治療院に向かった。

 治療院は昼間だと言うのに、昨日より静かだった。


「お爺ちゃんね。亡くなったの」

「そう」


 ミークはただそう一言伝え、治療院での手伝いを進めた。


 ミークがヒトだったら、老人の名前を治療院の女性に尋ねたのかもしれない。

 涙を流したのかもしれない。

 ただ、ミークはヒトのように感情を露わにせずとも、少し話した名も知らぬ老人のことは忘れることはない。


 老人に寂しくさせないために。

 ミークの胸元には銀の猫が輝いていた。

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