6-D 神を救う『者』の正体
修道服の女の冷たい笑みと、その言葉に背筋が凍る。
間違いない。ここはヤバい。メルヘンチックな森に銃を乱射するパンツを被った男が現れるように、硬派なファンタジーにロボットが突然現れ無双するようにヤバい。
つ、釣られた! この私が、100万程度の金で強制労働施設に招かれてしまうなんて!
教会の皮を被ったならず者組織といったところだろうか。モンスターを解体して梱包しているということはどこかに売り捌いてるのだろうが、そんなことはどうでもいい。
……なんとか脱出しないと。
「何も心配いりませんよ。私達が肉や魚を食べる時、同じように調理してくださっている方々がいらっしゃるのです。私達はそれと同じことをしているだけなのです」
私が足を出口に向けようとすると、リッサは包丁を持った手で優しく私の頭を撫でた。
怖い。神だけど。怖い。
ヒトが持つ悪意の塊に思わず、生唾を飲み込んだ。
私は何も考えず、言われるがまま手を動かそうとしたのだが、カゴの中身に手が触れる直前、手が止まった。
ふと、思い出したのは濃紺ローブの男の姿。
「リンドーがいたら、どうするのかな」
「なんですって?」
「きっと、掻き回す。んで私が文句を言う。でも止まんなくて、滅茶苦茶に」
それが徐々に慣れつつある黄金パターンで、私が密かに楽しんでいるもの。
それを邪魔されるのは、嫌だ。
「私は慈悲の女神クラリム。私が与える慈悲はアンタ達にはくれてやらない」
「さっきから何を言って……貴方は神なんかじゃないわよ、正気になって」
アイツの真似をする訳ではない。
「だーかーら。私は神でアンタは普通のヒトな訳。とっとと、二千万寄越しないと天罰が降るわよ。オ、バ、サ、ン」
ただ、私は私で神を全うする為に挑発をするのだ。
「ああそう、それは残念ね。狂っちゃった子には罰を与えないといけないわね」
リッサはそう言い、懐から大量のナイフを取り出した。
私は久しぶりに剣を構える。
腕は震え、剣先は定まらない。
だが、私は剣を下ろさない。相手の力量を測れるほど、私は戦闘経験は無いが、私は、神で不死身で、死なないのだ。気楽に行こう。
まぁ、それはそれとして。
やはり、痛いのは嫌だ。嫌なので。
「リンドー、助けてぇぇ!」
私は叫んだ。
まるで剣を振る際の掛け声のように、その名を連呼する。
「リンドーー! リンドーー! リンドーー!」
勝てるか勝てないかは分からない。
だから、とりあえず先に助けは呼んでおく。
ダサくたって構わない。私は冷静に自分が楽を出来る選択肢を、選び続けるだけだ。
「うるさいわよ!」
私は投げられたナイフを盾で防ぐ。
「あっぶなっ。なんで初手で顔に投げるのよ」
どこに投げるか分からなかったから、とりあえず一番痛そうな顔面守って正解だった。
「自分が虐げられる側だと理解させる為よ」
「なんだぁ、リッサ? どうした? 五月蝿えぞ、外のガキが泣いちまったじゃねぇか」
扉を開いて、現れたのは鞭を持った修道服の男。
「ベイガ……このヤバい子が突然発狂し始めたから、お仕置きをちょっとね。冒険舐めてるような格好だったから、戦えないって油断してたけど……面倒ね。ベイガ、代わりにテキトーに懲らしめて頂戴。私は子ども達を静かにさせるから」
「あいよ。お嬢ちゃん、少し静かにしようか」
先程の大神父と呼ばれていた男は、そのままリッサと入れ変わった。
叫んでいて正解だった。偶然とはいえ、子ども達の不安を煽ったことで、二体一が一対一で済んでいる。
巨漢の神父が持っているのは鞭が目に入る。
「初めての対人戦が、いきなり鞭って、癖すぎるでしょ。どう立ち回ったらいいのよ」
まぁ、剣だろうが槍だろうが、スライム以外戦ったことがないので同じ感想を抱いただろうが。
「おい、どうした」
「ボンドウ、手助けに来たぜぇ」
まさかのまさか。追加戦士が向こう側に合流した。
しかも二人。二人とも手には鞭。
ガッと襲ってこないと思ったら、仲間を待っていたのか。
「あー。リンドーさん、貴方の神がピンチですよ〜。早く助けに来た方がいいですよ」
こっちは叫びまくってるのに、誰も助けに来ないのに……おいどうにかしてくれ、私(神)の運。
鞭、掛けることの三か。これは無理だな。
なんで皆んな揃って鞭持ってんの。鞭がそんなに需要ある事、あるんだ。
「聞きなさい、私の名はクラリム。神です。神に鞭を打とうなど、正気の沙汰ではありません。鞭を置いて、話し合いまッ」
「うっせぞ!」
「コラァ! 今、私、話してるでしょうが! 話に割って入るな!」
三人はキツイ。
よし。秘策を出すか。
「あの、今から本気出して、パパッと仕事するんで出ていってもらって、いいですか? 作業の邪魔なんですけど」
「あぁ、そうなのか。それは邪魔したな」
「まったく、お騒がせな娘だぜ」
「しっかり働けよ。俺たちは暇じゃねぇんだ」
「待て。神とはいえ、こうなった以上、ケジメは必要だろう」
騙くらかせるかと思って白旗を振ったが、ダメそう。
万事休す。もう逃げれそうなネタが無い。
「ケジメかぁ、どうする?」
「ケツ出させて、鞭打ちでいいんじゃねぇか? 他のガキもそうしてるし」
「俺たちに歯向かったんだ。他の奴への見せしめに、一人くらい殺しちまってもいいんじゃねぇか?」
「いや、コイツは不死身だ。殺すことは出来ない。それは諦めろ」
ん? なにか違和感が。
なんかさっきから、最後に喋っている声に聞き覚えがあるような。
「マジかよ。不死身なのかよ。それじゃあ殺せねぇな。やっぱ鞭打ちか?」
「やめておけ。拗ねて作業をしなくなれば、無駄に食い扶持を養うだけになる」
「面倒だな。リッサの奴め、なんて面倒なものを拾って来やがったんだ」
「大方、借金の返済を諦めボウッとしている姿が、カモに見えたのだろう。釣られる側にも問題がある。彼女を責めることは難しい」
「不死身の女。何者なんだコイツは」
「それは本人も言っているだろう。慈悲と破壊と喧しいを統べる神だ」
1、2、3……4?
なんか、一人多いし、なんかその一人ウルサイんだけど。
注意深く見ると、三人の鞭持ち男の後ろに濃紺のローブ姿の男が。
黒髪に燻んだ橙の瞳。どんな状況であろうが不遜な態度は隠さない正直者。
私は、その男の名を知っている
「で、リンドー。この後は? 決戦兵器使う?」
「必要ない」
鞭持ち修道服男達はバッと振り返ると、今まで会話に混じっていたのが仲間では無いことを理解する。
「今日の俺はただの案内人だ」
「はーい、そこまでっす。お三方もモンスター加工および、強制使役、誘拐他の容疑で逮捕っす」
リンドーのそのまた背後から現れたのはバンダナを頭に巻いた騎士、及びゾロゾロと現れる騎士姿の団員達。
団員達はこの大部屋で怯えていた少年少女を保護し、修道服の女や鞭打ち三人組を取り押え始めた。
すなわちこれは。
「黒い組織の摘発…………助かったぁ」




