5-G トロマ・イポスブリオス『最強騎士物語』
リンドーの手がストーナに触れる。
「んっ……………………ん? 背中をそんなに摩って、あ、あばばばばばばばば!」
ストーナの絶叫。
私は知っている。コレが痛くないが、気持ちの良いものではないことを。
身を持って知っている。
「トロマ・イポスブリオス。現出せよ。『最強騎士物語』」
ストーナの背中から、まるで株でも引っこ抜くように、リンドーは腕を抜いた。
何度と見た衝撃波。
リンドーの手にあったのは、一冊の本。
辞典をも思わせる分厚いソレを、リンドーはパラパラと開く。
「『第四章、冥王』」
それは意図したものなのだろうか。それとも、本による導きか、リンドーが開いたページは光を放っていた。
すると、今度はストーナの体を包み込むように黒い糸が現れ、一瞬で、ストーナを覆った。
糸はグルグルとストーナに絡みつくと、丸い形を作り出す。
それはまるで、
「えっ、繭?」
ストーナの体を包み隠したのは黒い糸で出来た繭。
まさに蝶でも生まれるのかという、丸い繭だった。丸い繭は倒れることなく、悠然と糸を張り巡らせ立っていた。
何かへの変化、その一端なのだろうが、敵は待ってはくれない。
変身シーンだろうが、口上を垂れてようが、相手からは関係がない。
それに、さっきリンドーも不意打ちを喰らわしているので、何も言えない。
ブォォォォォォォォォォォ。
咆哮と、接近。
赤花瞳の大きなモンスターは根と蔦で出来た触手を鞭のようにしならせると、黒繭に向かって振り下ろした。
風を無理矢理抉じ開けるような轟音が鳴り響く。
「ストーナぁぁぁ!」
思わず叫ぶ。
いくら優秀な騎士団長といえど、あの攻撃を防御もせずに受け止めれば、体の節々が壊れる。
私が駆け寄ろうと動くがスッと、リンドーの手が体の前を塞いだ。
「問題ない。冥王は、天使が堕ちた後、確かに爆誕する」
何を言ってんだコイツ。
突然、厨二チックになった魔法使いにツッコミを入れようとしたが。
パキパキパキ、卵が割れるように黒繭は亀裂を走らせるのが見えた。
次の瞬間、中から光が漏れたかと思うと、黒繭に触れていたモンスターの触手を弾き飛ばし、バタリとテーブルを割り、椅子を潰し、ジハルの横に倒れ込んだ。
「モンスター(ギギウッド)! ギギウッド! 立て! 立つんだ!」
「あー、ったく、一体何がどうなってやがんだァ。体は気持ち悪いし、なんか背中が重いし、急に真っ暗になるし、それに……き、す、待っちまったじゃねぇか恥ずかしい……」
黒繭は糸を光に変え、人影と共に少し照れた荒々しい口調を響かせた。
「す、ストーナなの?」
口調に、顔、聞くまでもない。
いや、その人影は紛れもなく、ストーナだった。
だったのだが、私は思わず自分の目を疑った。
どういうわけか、繭から現れたストーナの姿が変わっていたのだ。
「ん? うおっ! なんじゃこりゃあああああ!」
まず目についたのは蝶々の羽。まるで妖精女王のような、その羽はストーナの背中に張り付き。
先程までの騎士服と打って変わり、踊り子のように肩、ヘソ、胸元、太ももと露出度が上がった、ドレスのような服。
そして手には薔薇の飾りが付いたレイピアが握られていた。
髪型も変わり、靴も変わり、ネイルの色も変わり、それこそストーナ本人であることを除けば全てが変わっているようだった。
「……コスプレ?」
「『最強騎士物語』、第四章『冥王、爆誕』に描かれている挿絵通りだ」
「いや、あれ、騎士でも冥王でもないと思うんだけど……なに、その本。あぁ、アレか」
それは、リンドーがストーナの背中から引き抜いた黒塗りの本のことだろう。
冷静に見ている私達と違い、ストーナの様子はというと。
「ひゃああああああああああああ! マジで、どうなってんだぁあ!」
ストーナは腕で胸元を隠し、もう片方の腕でお尻を押さえ、絶叫しいていた。
私服であろうパンクな服を着ている時も、少し肌を露出していたが、更に過激。
流石に、ビキニアーマーよりかはマシだが、アレを着ている彼女と、並んで買い物をしたいとは思わない。
三歩ぐらいは離れるかも。
「いやぁ、よかったー。私のはタダの決戦兵器で……」
別に良くはないけど、訳わかんないし。ただ、アレよりはマシ。
それにしても、リンドーの魔法はとんでもない魔法だ。
機械仕掛けの大砲、ヒト(ミーク)、と来て変身コス。まったくもって理解出来ない。
狙って出しているのだとすれば、癖すぎるラインナップである。
「なんなんだ。オマエ達は! 僕を無視して、はしゃぎやがって! モンスター(ギギウッド)! さっさとその羽虫を潰せ!」
大事な花を壊されたり、ファッションショーを見せられている、ジハルは癇癪を起こしていた。
赤花瞳のモンスターは巨体を揺らし、今度は何本もの触手を絡み合わせ、それをそのまま振り下ろす。
逃げられないほど広い範囲の押しつぶし。まるでビルが倒れてきたようにどうしようもない一撃は、ストーナを飲み込んだ。
しかし、その攻撃は掠りもせず、いつの間にか、ストーナは部屋の端に移動していた。
正に迅雷の如し。目にも見えぬ、速さ。
「うぉっ。なんだなんだ。行きすぎちまったぜ!」
「い、いつの間に」
「なんだか体が軽いみてぇだ。こんな奇天烈な服が何かしてるってのか」
何度も何度もストーナに振り下ろされる触手の叩きつけ。それに対しストーナはまるで踊るように優雅に躱していく。
「ちょ、ちょこまかと逃げやがって。やれ、さっさと叩き潰せ」
歯噛みするジハルは、赤花瞳のモンスターに叱咤を飛ばしている。
「冥王は蝶の羽を生やすと、疾風の如き速さで幾万もの矢の雨を掻い潜り……」
「それ、なんなの?」
「知らん。本に書いてあることをそのまま読んでいる」
リンドーが知らないんだったら、誰も知らないんだろうな。
「でも躱しているだけじゃ」
赤花瞳のモンスターが触手を這わせ四方八方から攻撃を試みるが当たらない。
対するストーナはレイピアを差し込むが、刺し傷は赤花瞳のモンスターを止めるほどではない小ダメージ。
場は膠着していた。
「……」
「くそっ、それなら、これで終わらせてやる」
先に動いたのはジハル。
ジハルは服の内側から何かを取り出すと、それを赤花瞳のモンスターに貼り付けた。
すると、赤花瞳のモンスターは、その瞳を凝らし、目の前に大きなエネルギーの塊を作り出した。
咄嗟に予測したのは魔力の放出による攻撃。
それが、向けられているストーナもまた予測したのか、ジグザグに動き、照準を絞らせないようにしていた。
「なんか大技、放とうとしてない? ……ってリンドーどこ行っ!」
さっきまで隣で話していた男は、いつの間にか、その赤花瞳のモンスターの隣で、モンスターから這い出ていた蔦を触っていた
「おい」
「オマエ、オマエ、オマエ! ギギウッドから離れろ!」
ジハルの命令で、赤花瞳のモンスターの目はゆったりと動き、その放とうとした何かの照準をリンドーに変えたように見えた。
「リンドー!」
私は声を上げる。
足を動かし、魔法使いの男の元へと走る。
押し飛ばして、攻撃を避けさせようと思った。
だが、間に合わない。
赤花瞳のモンスターが生み出した魔力の塊が形を変え、縦長の槍のように尖り回転を始める。
リンドーの体が貫かれるのは容易に想像出来た。
しかし、当の本人は依然として平然としていた。
「冥王は決して機を逃すことはない。使い方が分からずとも、想いは自ずと技を生み出す」
ジハルの、モンスターの視線が、ストーナから外れる。
しかし、その場でただ一人。リンドーだけが、ストーナを見つめていた。
ストーナの足元の床がバキッと声を上げる。
地面を蹴り、赤花瞳のモンスターの元へと一直線に駆けた。
「蜂のように鋭い一撃、それは寸分の狂いもなく敵の急所へと放たれる」
リンドーが指を差すのは、赤花瞳のモンスターの首元(茎)。
ストーナは近くにあった椅子を踏み跳躍すると、上空に浮かんだ。
ストーナの瞳はただ一点、リンドーが示した箇所。
レイピアを握る手に力が入り、まるで空中を蹴るように、その場所へと急降下した。
「『冥王瞬星』」
ストーナの体は、レイピアは、煌めきを放ちながら、
一直線に、
モンスターの太い茎を貫いた。
大きな赤い花を支えていた茎に生じる、大きな穴。
モンスター赤の瞳は、皺皺になり最終的に枯れた実のようになると、粉々になった。
リンドーが最初に赤い花の茎をへし折ったように、そのモンスターの茎は折れ、間違いなく、植物型モンスターの命を絶っていた。
「ギギウッドぉぉぉぉ」
男の悲痛な叫びが木霊する。
ストーナは剣を鞘に納め、ジハルの腕を掴む。
「……ジハル。不法侵入及び近隣迷惑、モンスター育成、街へのモンスター放出、公務執行妨害、他諸々で連行する」
ジハルは抵抗をしなかった。
意識が虚ろになっているのか、呆然と枯れはじめたモンスターの残骸を見ながら、外へと連れ出された。
「団長! うおっ、なんすかその格好」
外に出て、最初に声を掛けてきたのは、バンダナを頭に巻いた騎士。
「ん? ひゃあああああああ! 見るんじゃねぇ!」
「ぐへっ」
その言葉で、自分がかなり恥ずかしい格好をしていることを思い出したストーナの拳は、バンダナ騎士の鳩尾を撃った。




