4-D 異世界救済斡旋事業所の女神
目が覚めると、何故か体が横たわっていた。
体をヒンヤリ冷やす冷たい床。辺りを見渡すが、先ほどの教会には見えない。どこかの納屋といったところか。農具などが立てかけられている。
それに体を動かそうにも腕も足も体もどこも動かない。縄で全身を縛られているようだ。
何度も体に力を入れるが、縄はびくともしない。
少しすると、いくつかの足音が聞こえ、ギギギと納屋の入り口が開いた。
そこにいたのは、先ほどの魔族の老人を含めた何人もの魔族。
「これはどういうことかしら? 私を神であると分かった上でやっているのかしら?」
感情を切り捨て、冷たく問いかける。
「魔王様が……魔王様が!」
「なに? 魔王? 関係なくない?」
ぷるぷると拳を揺らす魔族たち。
「魔王様が死ぬわけがあるまい。あの方は、歴代の魔王様の中でも強いお方なのだ。そう簡単に負けるはずがない!」
「疑うなら聞いて来なさいよ。魔王城に行けば新魔王もいるんだし信じるしかないわ」
「この村は魔王様の寵愛を受けた村なのだ。世界征服の暁には、魔王様が直々にこの一帯を治めてくださると、約束してくださったのだ! これからこの村は発展していく! 飢えがない新しい世界が訪れるのだ!」
老人だけではない。
魔族の男が女が子どもが、皆んな一様に感情を真っ赤に染めていた。
はぁ、と小さく息を漏らす。
当てが外れた。
「魔王様が、天界の敵になるはずなどあるまい。貴様が言っていることは全部、嘘だ。でまかせだ!」
「そもそも、なんだその格好は。神であるものが、そんな安っぽい戦士の格好をするはずがない。この神を騙る不届者めが!」
「魔王様に捧げよう!」
落ち着きを失ったように好き勝手に声をあげる魔族達。
恐らく、この村には教会は残っていたが信仰は廃れていたのだろう。
そんな彼らが信じるのは己たちの頂点たる魔王。
そして私は、その魔王を否定した。その時点で、私が神であろうが普通のヒトだろうが、こうなっていたのだろう。
それがすぐに分かったから、私は彼らが去るまで、口を開くことが出来なかった。
「貴様のような嘘吐きは納屋で自身の罪を悔いているがいい」
ピシャリと納屋の戸が閉められ魔族たちは去っていった。ガタンと大きな音がしたから、納屋の入り口を何か大きなもので封鎖したのだろう。
私を縛るだけで攻撃してこないのは、もし本当に神だったらという不安があるのだ。
しかし、それも明日になればどうなるか分からない。
怒りは人を狂わせるもの。早ければ明日。遅ければ、本当に前魔王が死んだという報せを受け取った時。
剣で体を斬り、槍で心臓を穿ち、斧で首を刎ねた時、きっと彼らは私が神であることを知ることになるだろう。
「……痛いのは嫌だな」
神の一生においては、一瞬。星が瞬くぐらいの時間なのだ。それだけ我慢すれば、神と認められ、神官にコンタクトをしてくれるかもしれない。
まぁ運が良ければだが。
締め切られた納屋は暗く、外の光を唯一導く窓からは薄い月明かりが差し込む程度だった。
「なにやってんだろ私」
本当にこれが最後だったのだ。この異世界転移でこの世界を救えたら、もう二度と異世界に立ち入ることがなく、天界で昇進し、極楽のような日々を過ごすことが出来たのに。
「アイツが変だったから、こんな目に」
チラつくのは魔法使いの男の姿。
私を神だと認識している癖に、一切崇めようとしないどころか、基本的に私の意見は無視して、好き勝手に行動をする。
「今まで何度も異世界の冒険に付き添ったけど、こんなことは無かった」
今まで世界を救ってきた数は99回。
もちろん、転移者や転生者が死んだり繊維喪失したりと、失敗したこともあるので、異世界案内自体は150回近く行ってきた。
平均として、2回に1回世界救えたらいい方なので、確率的には優秀な部類。
その何回もの異世界案内の中でも今回が飛び抜けて酷い。
失敗はまだ良い、失敗を反省し、次に活かせるから。
だけど今回は。
「アイツが私を神様扱いしないから。私がこんな目に遭うんだ」
最初の異世界転移とも違う。二回目も、三回目とも違う。
『神様は危ないのでここで待っててください』
『おおっ、神よ。私を導きたまえ』
『神だろうが、さっさと回復しやがれ』
神だから出来て当たり前、神だから助ける、神だから人とは違う、神だから死なない、神だから媚び諂う。
そう皆一様に『神だから』と唱えるのだ。
「皆んな私を神様扱いしてた。神様なんだから当たり前なんだけど」
それが当たり前で、普通なこと。
私達は神で、転移者も転生者も現地人とは違う。
そして、それに対して私は、対お客様仕様のような丁寧な対応を取る。
彼らが敵を倒して喜ぶ時も、隣人の死を悼む時も、愛を謳う時も、どんな時でも一様に線を引く。
いや、『神だから』という理由で、線を引かれていたことに気付いた。
何十回も異世界へ赴く人をサポートしたからこそ分かったことで、異世界救済斡旋事業所の後輩ちゃんにも、割り切ることが、上手く秘訣だと伝えた。
人と神の差は、不死身だけではない。
超常の者、人の形をした理外の存在。人と共に歩むことの出来ない神。人のような心を持っていても人とは認められない孤独。
私が昇進したいのは、綺麗で広い個室、優雅な食事、娯楽に富み、召使のような天使。これら極楽を得たいだけじゃない。
これ以上、ヒトと関わりたくない。
自分が傷付かない為に。
「今回、怒ってばっかりね。私。なんでだろ」
ふと涙が流れた気がした。
偽物の神としいて納屋に放り込まれたから?
天界に帰る見込みがなくなったから?
近い将来、酷い目に遭うと思ったから?
それとも、気付いたから? 私が何に怒ったのか。
「そっか、今まで私、寂しかったんだ。だから、リンドーが……」
ガシャガシャン。
納屋の外から何やら物音が聞こえると、次は何度も何度も体をぶつける音が響く。
声を漏らさず、ただ黙々と物音だけが聞こえてくる。
そして、何度かの衝突音が聞こえた後、ギギギと納屋の扉が開いた。
「神を名乗る不届者を閉じ込めるには防犯意識の薄い所だな」
ソイツは現れた。
土が付いた黒髪に燻んだ橙の瞳。
濃紺のローブを汚し、額には大粒の汗を掻いて、息を荒げつつも、高慢さは無くさない不遜な男。
「アンタ……何? どうしてここに来たの?」
「町に戻り、オックスから聞いた」
誰だよ、と思ったが私の居場所を知っているのは賊の武具屋しかいない。
それを聞いてわざわざ。
「……どうせピンチになっているだろうから、それを利用して、私を助ける代わりに、戦士をやれとか言いに来たんでしょ」
私は不死身なんだから、なんか凄い武器を取り出せる道具程度の価値。
でも、それは神だから出来ること。
顔を逸らす私を、魔法使いの男は見つめて離さない。
「そうだな。そう言おうと思っていた」
過去形?
「お前をこの世界に引き留めた理由だが、寂しいと言ったことは覚えてるか?」
強制転移の時、私を押し倒して、転移から逃げた、あの時、魔法使いの男は確かにそう言っていた。
高慢な男の口から出るとは思えない言葉。
「アレは本心だ。俺はこの世界で魔法使いとして大成する為に来たが、この世界からお前がいなくなったら、俺は正真正銘一人になる。そのことが寂しいと思ってしまった」
「……ミークがいるじゃない。魔王城に行けば、魔王達がいる。それにアンタ、ヒトと関わるの上手そうだから、これからも沢山知り合いが出来て、寂しくならないでしょ」
ヒトであるから、ヒトと同じ位置で関われるだろう、と心の中で嫉妬する。
「ただ、どんなに仲良くなっても、ソイツらは俺の故郷の事を知らない。この世界に無いから案内することも出来ないし、語ったとしても心のどこかで疑う。信じ切ることは無い」
孤独。
異世界だろうが、ゲームの中だろうが、未来だろうが、過去だろうが、ぶち当たる現実。
そして、それは天界から異世界に来た私も同じ。
彼は私を通じて、故郷を見ていた。
「私は……そんなに、あの世界のことを知らない」
「それでも良い。あの世界を知るお前だけは俺の故郷を疑わない」
「私は天界で働く神だったから、偶々知ってただけ」
「神じゃなくても、俺はお前を引き留めていた。神だからじゃない、お前だから俺は手放したく無かった」
あぁ、同じだ。
私も魔法使いの男も、孤独を抱えてる。
「でも、これは確かに俺の我儘だった。お前のことを考えない身勝手な行動だった」
いつも通り淡々と話しているのに、いつもと違って一文字一文字に重みが籠っている気がする。
「すまない」
深々とリンドーは頭を下げていた。
見える。ここが境目。
私には、この男の考えていることの殆どが分からない。
けど、
「アンタ、変よ。変な魔法使いよ。自分勝手で私の話を聞かないし、こっちの気持ちも考えず先先行動するし、私を神様扱いしない不届者よ。ホント信じられない」
きっとリンドーは決して私をきっと独りにしない。
言葉には出さないけど同じ感情を持っていると思うから。
だからは私は、
「でも、それが、ちょっと楽しかったの! ホント無茶苦茶だけど、アンタと出会った数日は今まで作業のようにやってた異世界案内よりも充実していた! 」
心を吐き出した。
さっき私は多分、私が誰でも代用の効く立ち位置になることに怒ったんだと思う。
特別な力も無い戦士。
不死身はあくまでも調味料のようなもの。調味料はメインディッシュにはなり得ない。
戦闘経験が有れば誰でもなれる、そんなポジションが嫌になった。
せめて神聖魔法が使えれば、まだ耐えられたかもしれない。
でもこれは矛盾。
私は神として力に頼るのに、私は神として線引きされることを恐れる。
「私がいないと寂しいの?」
「あぁ」
「私がいないと困るの?」
「あぁ」
「私は神よ。敬いなさい!」
「それは出来ない。俺は神という理由では敬うことは出来ない」
ブレない。
「あー、もうホントバカ。でも……ちょっと、嬉しいじゃない」
私が彼を唯一好きになれる点があるとしたら。
彼と接する時、私は神でなく、クラリムになれる。
「リンドー、一個だけ。『お前』って言うのやめて。なんかムカつくから」
「そうなのか」
「えぇ、そうよ」
「善処しよう」
ホント、ブレないな。
鬱陶しく、ウザく、面倒な男。
嘘でも分かったって言えばいいのに。真面目なのか素直なのか。
「なら良し。今回の件は許して上げる。私は慈悲の女神だから、寛大なのよ。それと」
人差し指を魔法使いの男に向ける。
「大神が回収するまで、アンタに付き合って上げるわ。いち神が帰ってこないなんて気づくのは何年何十年掛かるかもしれないけど、どうせ神で不死身だし。今更天界に帰る方法を考えるのも面倒だし。教会でチヤホヤされるのも退屈そうだしね。しょうがなしよ」
涙はいつの間にか乾いていた。
彼が普段通り威張れるように、私も本心を隠す。
「そうか」
「感謝しなさいよ。これも全部、私が慈悲の神」
「——ありがとう」
思わず魔法使いの男を見つめる。何一つ顔は変わっていない。言葉とは裏腹に無機質な表情。
「本当にお礼言うなんて、怖いんですけど。気持ち悪」
「普通に礼くらい言うが……変な神だな」
「変な魔法使いには言われたく無いわよ」
リンドーは私が捨てた剣を持ってきていたのか腰から外し、それで私を縛っていた縄を切った。
完全に自由を取り戻したが、私は立ち上がらなかった。
「ん!」
「なんだ?」
「手!」
「あぁ」
差し出されたリンドーの手を握り返し、立ち上がった。
「ちょっと待て」
リンドーの手が顔に触れる。
「泥が着いていた」
「…………ありがと」
優しすぎて気持ち悪い。
こんなにガラリと変わるなら、ずっと塩らしくしておこうかなと思わなくなくもない。
「ところで、言い忘れていたんだが」
魔法使いの男は外に出て、私が来るのを待ちながらそう呟いた。
「この村、大量のスライムに襲われているようだがどうする?」
外を見ると、何故か、大量のスライムが彷徨いていた。
道を埋め尽くす、スライムの群れ。色は青一色で無く、なんか強そうな赤や黒など知らないスライムまでも結集し、魔族を襲っている。
反撃しようにも村人が手に持っているのは農具。
「夜も遅いからな、ミークは町で寝ている。俺がトロマ・イポスブリオスを使えば、スライムは殲滅出来るが村を犠牲にすることになるだろう」
スライムによる四面楚歌。
村人の応戦も、青は倒せても赤や黒には及ばない。明らかな格上。
「納屋に軟禁された腹いせに見捨てるか? それとも、剣を持って戦うか? さぁ、どうする?」
「本当に、本当に、アンタって奴は」
私は、リンドーが持っていた剣をひったくる。
ここで助けなかったら、私の『慈悲の女神』の名が廃る。
「やってやろうじゃない。丁度ムシャクシャしてたところよ。スライム狩りじゃああああああ!」
私の怒号は村中に響いた。




