1-A 神が住まう天界の話
第1話 何度も見たプロローグから始まり、終わる日
「せんぱい、せんぱい、せんぱいってば、おきてくださいよ〜」
声が聞こえる気がするし、体が揺らされている気がする。
可愛らしい声だ。でもこの声を目覚まし音にして、職場で鳴ったら同僚各位からバッと見られるような声。
「クラリムせんぱい!」
この声は聞いたことがある気がする。
誰だろう。数少ない記憶している名前のリストには入っている気がする。
それに、クラリムという名前は知っている。
馴染み深い名前、まるで生まれた時から一緒に連れ添った幼馴染のように馴染み深い単語。
——あぁ、私か。
「……んぁあ、後輩ちゃん?」
目を開けるとぷくぅと頬を膨らませた金髪の少女。
「ペルリテです! もう、せんぱい、部屋が近いからって、わたしを目覚ましに使わないでくださいよ」
「えー、でも寝坊したら所長に怒られるし……」
「じゃあ、せめて部屋を片付けてください!」
ベッドとテーブルがこぢんまり置かれている狭い部屋の中、金髪の少女ペルリテの指は部屋の床を指していた。
本棚に片付けるが面倒で机の側に積み上げていたが、いつの間にか倒れている漫画。中身と入っているソフトが違う、ゲームパッケージ及びゲーム機。落ちて拾おうと思って一年が経過した各文房具。ベッドから落ちた枕の数々。
足の踏み場も無いような散乱具合とはこういうことを言うのだろう。
道を作って進んできたという訳では無さそうなので、ペルリテは踏めば痛みを味わえるトラップだらけの部屋を、飛び石を移動するように跳ねながら布団に包まる部屋の主(私)へと辿り着いたということになる。
「そだねー」
申し訳ない気持ちが半分、面倒臭いが半分。
掃除は気持ちが乗った時か現実逃避するタイミングしか出来ない。やれと言われても中々実行に移すのは難しい。
「もうこんなに、散らかして……あっ、もしかしてまた休みの日に、ニホンの漫画を読んだり、ゲームをしてたんですか? もう、神は不老不死だからって、ちゃんと休まないとダメですよ。体はともかく、心がダメになることだって……」
「ペルリテちゃんも読む? これ前に召喚した転生者が勧めてくれて取り寄せした奴。頭空っぽになれて、面白いよ」
「いいです〜。始業時間迫ってますから、早く準備してください! わたし、外で待ってますから」
そう言って、そそくさ出ていく、ペルリテだったが、落ちていたブロック状の玩具を踏んだようで、ほんのり涙を浮かべた。
私は布団を体から引き剥がし、花柄のパジャマ姿を露わにする。
幼児が好きそうなピンク色のパジャマ。流石にこのままでは仕事に出れない。
メリもハリも付かないウダウダの寝起きの体が、クローゼットから一着の服を取り出し、テキパキと身支度を整え、足元に気をつけながら、薄暗い部屋を出た。
外に出ると目に入ってきたのは、空のように青い空間。
白い雲のような足場がフワフワと螺旋階段を作るように浮いている。
生と死を切り離した世界、通称、天界。ここが私達(神)が住まう世界。
「お待たせ」
「相変わらず、赤と白を独占したような見た目ですね」
扉の隣にある浮いた足場立っていたペルリテは私の上から下まで全身に視線を傾け、そう呟いていた。
赤みが強い苺ミルクの髪色、その長い髪を包む膝裏まである白いベール、鮮やかなピンクの瞳、顔のパーツパーツを際立たせる傷一つ無い綺麗な白肌、そして赤と白の絵の具だけで描いたような派手なドレス。
まぁ、確かに。好きな色で固めていたら、こうなった。
バリュエーションはいくつかあるが、大体同じ色なので変わり映えがしないとは思う。
気に入っているのだ、仕方ない。
「いいでしょ?」
「はぁ、まぁ、行きますよ」
手応えが薄い。私に比べたらビシッとした服を着ているので、シンプルに派手な服が嫌なのかもしれない。
一歩一歩、歩き出したペルリテの横につく。
「ペルリテちゃんはどう? 仕事慣れた? もう五回くらい世界救ったんだっけ?」
「はい、一応。でも、まだまだです。前回は転移者を導いていたんですが、魔法が使えるって分かった途端、モンスターに戦いを挑んで死んじゃいました」
「あらら、それはまた」
「ホント、今までだって、力を見せびらかす為に無駄に寄り道したり、ダメだって言っても冒険するし、勝手に死にかけるし。わたしも神の端くれですけど、蘇生に近い回復は何度も使えるものじゃ無いって分かって欲しいです。というか仲間なんだから、意見や忠告を聞くのは普通じゃ無いですか!」
湯水のように溢れる愚痴を溢すペルリテの頬は、また膨らんでいる。
「仲間、ねぇー。ペルリテちゃん、あんまり感情移入したらダメだよ」
「えっ?」
「神(私達)は不死身で、私達が異世界に送り込む人は、どんな力を持っていても人の枠組みからは外れることはない。似たような見た目をしていても全くの別物なんだよ。分かり合いたくても分かり合えない、それが神と人の関係」
私はペルリテの肩を叩きながら、言葉を続ける。
「だから、仕事に感情を入れたら負けだと思いなさい。心の中では、相手を殺したって構わない。だけど、口に出したら負け。それが一流の異世界案内役の心得ってね」
仕事なのだ。一々感傷を入れていたら、身も心も持たない。
そこはホント、神も人も同じ。
「はぁ、たくさん予算使ってせっかく強い能力を渡したのに……まぁ、仕方ないか。そうだ、せんぱいは、今回の業務で現場での仕事は最後でしたっけ?」
「そそ、次が世界救済通算百回目だからねー。評価点溜まって昇進! そしたら、現場で必死に汗掻いて世界を救うのも無くなって! 新しい人間関係で苦労したり、異世界の独特の文化に苦労することも無し! もうオサラバ。天界オフィスで優雅にコーヒー飲みながら資料作ったり、楽々なオフィスワークって訳」
「いいなぁ。裏方。せんぱいって、私生活だらしないのに、仕事だけは出来るからなぁ」
「今度、良い勇者候補の見分け方教えてあげる」
そうこうしている内に、辿り着いたのは古めかしい神殿のような白い建物が見えてきた。
ここが私達(神)の職場の一つ。
異世界救済斡旋事業所。
簡単に言えば、危機に瀕した世界にピックアップした人材を送り込んで世界に平和を取り戻そうとする天界の機関。
神が管理する世界は数えきれない程あるので、仕事が無くなるということはない。
そして私やペルリテはここで働く一職員。異世界に送る人材を選んで一緒に付いて行き、一つの世界を救う、案内人である。
ペルリテと分かれた私は、自身の作業部屋へと入っていった。
「さてと、いっちょ世界救ってやりますか」




