3-A 旅の始まり
第3話 宝箱の天麩羅か御浸しなら、天麩羅
決めるだけ決めて、新魔王就任のゴタゴタから逃げた魔法使いリンドーと慈悲の女神こと私、クラリムは、魔王城から出て、すぐ近くの雑木林の中を歩いていた。
突然、魔王城から消えたのだ。神を心配するだとか、魔王を倒された復讐だとかで、追いかけてくるかとも思ったが、何も無かった。
興味がないのか、五人の魔王の対処で忙しいのか、その道行きは平穏であった。
魔王城を脱出したとはいえ、この世界から脱出が出来ていない。
よく分からないけど、魔王に対する面接官をやっていたのは、まぁいい。
次に考えるのは、この世界からの脱出。
その為には。
「じっとしてても暇だから、天界に帰る方法を思いつくまでは道案内してあげるわ」
信頼を勝ち取り、私に協力をさせる。
頼りたい訳じゃない。何一つ無い、私には、この男を頼らざるを得ない。
寂しいから、私を天界に返さないとか言っていたが、こっちでテキトーに知り合いの一人や二人出来たら、諦めるに違いないのだ。
「これからどうする?」
「腰を据えて生活出来る拠点を探す」
この魔法使いの男が、この世界に残る理由は、まだ見ぬ魔法を探すというアバウトな理由。時間がかかりそうな話だから、きっと、拠点作りをするのは普通なのだろう。
下手したら、あのまま魔王城に居座るのかとも思ったが、そこはまだ理性があったということか。
「うーん、それなら」
私は頭に叩き込んだ、一枚の地図を思い浮かべる。世界地図とまではいかないが、魔王を倒す上で必要な場所をリストアップし、暗記しておいたのだ。これもそれも、さっさと終わらせて極楽生活に移行する為……これで異世界案内の仕事が終わるはずだったのに。
気を取り直して、魔法使いの男に向き合う。
「今いるのは、この世界で一番強大な魔族の国、そのど真ん中。安全な場所っていう意味なら、ここから七日ぐらいで行けるウルメラって街がいいんじゃない? 元々ここに転移して旅を開始する予定だったし」
「七日か、ほどほどの距離だな。安全だという根拠は?」
「ルクメリア永世王国ってトコの街なんだけど、ちゃんと王都から派遣された騎士団が街を守ってるって話だし、モンスターが巣食うダンジョンを攻略したりする冒険者ギルドもあるから、外敵への戦力がしっかりしてて、いざという時に戦力を補充して防衛できるから、かな」
「考えておこう」
即決しないんかい。
「あと、アレのことなんだけどさ」
「アレよアレ。あの」
「トロマ・イポスブリオスのことか。それがどうした」
「アレを魔法かどうかは一旦置いておいて、使うのやめない? 危ないし」
機械仕掛けの大砲。
魔法だと言い張ってはいるが、どこをどう考えても魔法だとは思えないアレ。
魔王をワンパンするとか、チートかよって思うアレ。
私の忠言に魔法使いの男は、あからさまに眉を顰めた。
「魔法使いたるもの大成する為に、己が魔法の研鑽を行う物だ。前の世界では禁じられていたから、ここでは何度も使い、理解を深めなければならない」
禁呪なのかよぉぉ。
「いや、あんな人間を分子レベルで分解しそうなレーザーをガンガン使って良い訳ないでしょ。前の世界でも今回の世界でも、魔法使いとして大成しちゃダメな部類よ、アレは」
これは建前、本音としては、あの兵器を私の中から取り出すという行為だ。
自分の中から、異物が取り出されているということが、単純に気持ち悪いし、不意を突かれて内臓を直接触れられるような感覚を味わいたくない。
「というわけで禁止! あの魔法はここぞって時以外、使っちゃダメ! これは神様命令よ。分かった?」
「……分かった」
不服を絵に描いたような表情。
喜怒哀楽が抜け落ちてる癖に、嫌な事だけは表情豊かだな、コイツ。
「んで、さっきかた気になってたけど、それ何?」
私は最後にという気持ちで、あることを指摘した。
魔王城を出てからずっと気になってはいたが、ここにあるのが当たり前と言わんばかりに、ある為、言い辛かった物体。
リンドーが抱えていた、一つの箱。
大きさは両手で抱えられる程、全体がフローリング床のような明るい木で出来ており、要所要所は鉄で補強されている。そして中心には鍵穴がある。
それは俗に言う宝箱というものだった。
「宝物庫に入った時、要らない物だと言っていたから貰って来た」
「普通、要らない物だとしても普通勝手に持って来ちゃダメだからね」
「旅費の軍資金になると思っていたが、なら返しに行くか? 手持ちの金は無いから、これから野宿と空腹が付いて回ることになるが」
「今回は仕方ないわね。新魔王の面接仕事の報酬と思いましょ」
手のひらを返すのは得意だ。
「……開けてみるか?」
「えっ、いいの?」
「あぁ」
「うわー、なんだろう? 魔族には要らない物でも他の種族には大事なものだったりするもんね」
リンドーは抱えていた宝箱を地面に置いた。
要らない物という前提ではあるが、仮に魔王城に隠された秘宝だとしても返すつもりはない。
金銀財宝、強力な魔法が込められたマジックステッキといった中身に価値があるパターンか、無限に物が入る魔法の箱って線も。
歩くのも面倒だし、転移魔法が込められた宝石とかだったらいいな、と期待に胸を膨らませ、勢いよく、宝箱を開いた。
「何かしら〜」
「ガブッ」
「……」
「……」
急に目の前が真っ暗になり、首元に何やら鋭いものが減り込む。
痛い。
顔面に触れる、ベタっとした粘液とザラザラとした物体。
痛い。生暖かい。
「ぎゃああああああああああああ!」
何かが頭を覆っていた。いや、具体的には何かが、私の頭に食いついた。
頭にくっ付いた何かを外そうと両手で掴み、思い切って引き抜き、ぶん投げた。
私が投げたソレは、ドンドンと地面を跳ねると、露出していた牙と舌を仕舞った。
「コレ、ミミックじゃん!」
「なるほど。俺がコレに触れようとした瞬間、シエラが無理矢理止めたのは、こういう理由か。宝物庫を荒らす盗人対策もしっかりしてあったということか」
「なんで、先に、それを、言わない!」
神の危機に、腕組みをしてただ眺めていた男を睨み声を荒げた。
ミミック。宝箱に扮したモンスター。
よく聞くのは、宝箱だと思った冒険者を脅かすビックリ箱的な存在。モンスターが跋扈するダンジョンに付き物な奴。
「あー、死ぬかと思った。神だから死なないけど」
「ミミックって売れるのか?」
「知らないわよ!」
「そうか、神にはミミックの価値はインプットされてないのか」
やれやれと手を広げる魔法使いの男は、どこからか取り出した紐でミミックを縛った。
コイツ、一回、ぶん殴ろうかな?
私が不死身だからって、罠を確かめる人柱とかにしている気がする。
「とりあえず、一番近い街まで案内しろ。売れるか確認する」
「近いって、ここ魔王領だから、ある街も魔族の街なんですけど」
「何か問題でもあるのか?」
「前魔王が死んだとはいえ、元々、人族と魔族は争い合っている状態だから。急に人族が魔族の街に現れたら警戒されるんじゃないかしら」
私の言葉の途中にフサっとフードを被る魔法使いの男。
顔を隠せばなんとかなると言わんばかりだ。
「……私は?」
「……」
返答なし。
自分でどうにかしろと言いたげのようだ。
「その服、貸しなさいよ」
「断る」
ぐぐぐ、と拳を握り濃紺のローブを引っ張るが、この男は揺らがない。
私のベールでワンチャンなんとかなるかと思ったが、流石に無理がある。
「不安なら良い考えがある」
「えっ、ホント? どんなの?」
魔法使いの男は私に救いの手を差し伸べ、私は何も考えずにその手を取るのだった。




