16-T 『怪血王の遺児』と神
勝者は決まった。
泣きながら腰を抜かしながら呆然とするオッキーを引き連れ、振り返る。
「よしっ……って喜んでいる場合じゃないわね。逃げるか何かしないと、そうだ! リンドー、いつものぶっ放したら」
「——トロマ・イポスブリオス。現出せよ、決戦兵器”ヴィナッシュ”。決戦兵器起動……発射」
いつの間にかリンドーが近づいてきており、私が頼む前に背中から魔法を引き抜ぬいた。
その機械仕掛けの大砲を今も尚、戦い続けているストーナと『怪血王の遺児』に向けると、そのまま引き金を引いた。
砲身の先に純白の光が集まると、すぐにソレは放たれた。
光を飲み込み、音を掻き消し、時間を置き去りにする一撃。
迫り来る一瞬の刹那、ソレを一度見た者は命の危機から離脱を選択し、初めての邂逅である者は理解できず固まった。
この判断が明暗を分け、世界の魔王さえ倒した光は『怪血王の遺児』を飲み込むと空の彼方にある雲を貫いた。
毎度の事ながら、この物騒極まりない兵器が自分の体の中から出てきていると思うとゾッとしない。
「テメェ、リンドー! あっぶねぇぇぇじゃねぇか! 撃つなら撃つって言えよ」
「不意打ちで無ければ奴に命中する事は無かった。それに、ストーナなら躱せると思った。流石は」
「……ま、まァ。アタシに掛かりャ、余裕よォ」
「おーい、丸め込まれるなー。まぁまぁ無茶言ってんぞ」
少し顔を赤らめながら照れるストーナを横目で見ながら、消し炭と化した『怪血王の遺児』を眺める。
首を落とされても、身体中を串刺しにされても倒れなかったモンスター。
だが、体の大部分が消滅したならば話は別。
一撃必殺という呆気ない幕切れだが、誰かが傷付いて長引くよりはいい。
「これも私の日頃の行いが良いから、簡単に片付くってわけよ」
そんな軽口が出るくらい心の中はスカッと晴れ渡っていた。
「クカ、クカカカカ。クカ、クカカカカカカカ!!」
地獄の底から溢れ出る黒いヘドロのような声を聞くまでは。
「この私に肉薄する武を持ち。難敵を仲間が討ち取ったとしても、僻む事なく喜びを露わにする。認めよう。騎士として、ヴァルデエランデの娘として」
黒ずんだ塵が掃除機に吸い込まれるように集まりだすと、見慣れた白銀の鎧を形成した。
傷一つない鎧。木っ端微塵になり存在しないはずだというのに、
「ダガ、ここからはオレの時間ダ。腹が減っタ。ここにいるオマエらも、近くから匂うヒトを、全て喰らってやル」
『怪血王の遺児』は縛られていた枷から解き放たれたように声を上げる。
鎧の隙間からはドロドロの液体が溢れ、中身が異形のモンスターである事を再度思い知らされる。
それだけではない。
リンドーの機械仕掛けの大砲に感じるピリッとする恐れと似通った威圧感が、目の前の全身鎧から感じられた。
「リンドー! もう一発!」
「知っているだろう。連射は不可能だ」
あぁ、そうだ。このトンデモ兵器にはクールタイムがあるのだ。
確か、三十分だとか一時間だとか。
「ストーナ、時間稼げそう?」
「さっきのリンドーの魔法でアガトリアも体を維持出来なくなっちまった。あの野郎が、さっき以上に力を振るうってなら太刀打ちは出来ねェ」
同じように目の前の全身鎧から、とてつもない力を感じ取ったストーナは額に汗を書きながら剣の切先を相手に向けていた。
アガトリア。あの赤いドラゴンの名前なのだろうが、確かにいない。
「もしかしなくても、ヤバい?」
目の前で全身鎧を分解し、ヘドロのような液状の肉体を膨らませている『怪血王の遺児』を見つつ頭をフル回転させる。
ストーナは疲弊し、リンドーの魔法という最強のカードを切った。
完全に手詰まり、あと思い付くのは逃走と、もう一つ。
「ミーク先生探しに行く? ストーナの代わりにケンザブローに出てもらうつもりで呼びに行って貰ってて、まだ帰ってきてないってことは迷ってるのかもしれないし、少し探せば」
「神聖魔法か。奴がモンスターである以上、多少ダメージは入るだろうが。探しに行く時間はない。一瞬でも奴から目を離せば喰われるだろう」
「それじゃあ……もう、黙って皆んな、アレに食べられるってこと?」
神で不死身であるから食べられた所で死ぬ事は出来ず。
あのモンスターの胃液の中で永劫の時を過ごす可能性に頭を悩ましかけた、その時、砂漠に降る恵みの雨のように輝く言葉が耳に入った。
「いや、ある」
リンドーの横顔は、いつものように堂々としていた。
冷静で思い描いた未来だけを見つめる澄んだ瞳。
流石はリンドー。
ここぞという時に奇想天外奇天烈で意味不明な必殺な策を齎してくれる。
この男の所為で散々な目にあっていることが多いが、こうして最後の最後に助けてくれる。
怒りと感謝が釣り合う絶妙なバランスを与えてくる男の言葉を待った。
「クラリム。頑張れ」
…………………………………………………………クラリムガンバレ?
世界がフリーズした。
『怪血王の遺児』の変身への注意だとか、迷子のミークへの心配だとか、いざとなったらストーナに頑張ってもらおうとか、そういう頭の隅で思考していた事が全て強制停止させられる。
「はい?」
理解が追いつかない。
唇が揺れ、声が凍る。
いつもながら何を言っているか分からない策だが、過去最高に何を言っているんだ。
「クラリムなら奴を倒せる。だから、頑張れ。ということだ」
「私、どこにでもいるような普通の神様なんですけど……ちょっと前まで、回復系の神聖魔法使って、後ろの方で、わーきゃー言っているような神で……そりゃあ、この世界に来てから剣振るようになったけど……私なんかが、こんなのに勝てっこないじゃない!」
騎士団長っていう戦闘を生業としているストーナですら苦戦する相手で、リンドーの一撃必殺の魔法で倒せない相手で、目の前で家よりも大きな体に膨れ上がっている怪物なんかを倒せる訳がない。
無理無理無理。
天地がひっくり返っても無理、やるだけ無駄。
鞭のようにしなっているあの液状の腕にぶつかって空の彼方に飛ばされるのがオチ。
「確かにこれが空を駆ける竜や、迷宮に住む牛頭ならば苦労を要するだろう。だが、今回は相手がいい」
リンドーは真っ直ぐ私を見つめ、性格に似合わない橙の瞳が狼狽する私を映し出す。
「『怪血王の遺児』には他にも名称がある。『怪物貴族』の一人、スライム公爵」
私の視線がリンドーから、『怪血王の遺児』に向けられる。
ドロっとした液状の体を持ち、出鱈目に攻撃しても倒せない性質で、ヒトに化ける。
知っている。確かに知っている。
気がおかしくなるような特訓の果てに、こんな相手を最近相手にした。
「そう、見た目や能力が違えども、奴は形定まらぬ物だ」
カチリ、と頭の中で音が鳴った。
スライム、リベンジ、スライム、スライム、スライム、スライム、スライム、スライム。
さっきまで頭を染め上げていた恐怖心が破壊衝動と揺るがない自信に変わる。
「……良きリベンジを」
目の前にいる『怪血王の遺児』の一挙手一投足を目に焼き付ける。
このスライムを倒す為のピースを獲得する為に、このスライムの全てを理解する。
そして理解する。このスライムが、ここまで歩んだ軌跡を。
◇
見覚えのある老婆と、ストーナを老けさせたような女性が同じテーブルを囲んでいた。
『一つ、頼みを聞いて欲しい。私の娘、ストーナは他の兄妹と違い才が無い事を理由に限界を決めつけている。これは危うい。王の盾を冠するヴァルデエランデの名を持ち生まれてしまった以上、危険ごとは付き物。強くならないのであれば、騎士を辞めた方がいい』
ストーナに似た女性は手に持っていたティーカップを机の上に置く。
『ストーナが騎士たり得るかを見極めてくれ』
『対価は?』
『ベラエランデ騎士の生き残りの情報』
老婆の目が爛々と光る。
獲物を見つけた狼のように嬉々として顔が歪む。
『このわたしが騎士の願いを聞くなんて、あんたぐらいだろうよ』
切り替わる場面。
涼やかな風に吹かれた夜の草原。
歩いている白銀の全身鎧を纏った男とそれを木陰から見る老婆。
『まさか本当にいるとは。名も顔も変えず、こんな街で平然と暮らしていただなんて。国内は全て狩り尽くしたと思っていけど……やれやれ私も老いたものだね』
全ての感情を殺し、ただそのターゲットを狩る為だけに全神経を注ぎ込んだ老婆は、ゆったりと全身鎧の男に近づき、上段に剣を構え、振り下ろした。
飛び散る血、驚きつつも不意打ちに反撃しようとする全身鎧の男。
確実に仕留める為、老婆は二の太刀を全身鎧の男に浴びせようとした。
その時、草むらから液状の物体が飛び出した。
『オマエ、カラダ、ツヨソウ』
封印から逃れ草原を彷徨っていた弱々しい『怪血王の遺児』は、全身鎧の男を取り込み、老婆に鋭い棘を繰り出した。
老婆は不可解な事態に即座に反応したものの、連続して放たれる棘に少し血を出した。
全身鎧の男を横取りされた事に多少苛立ちつつも、ターゲットが死んでいる事を把握し、そのまま立ち去った。
◇
そんな事の始まりを見届け、意識を元に戻す。
いつの間にか私の体は『怪血王の遺児』の目の前にいた。
見上げるくらい大きな体。
スライムである以上、こんなに大きな体からスライムの心臓とも言える核を探し出すのは困難。
リンドーの機械仕掛けの大砲による光線を喰らっても、復活できたとなれば、核の大きさは小さいはず。
だが、完全に『怪血王の遺児』を理解した私の目は核を映し出していた。
米粒よりも小さなソレに向かって腕を伸ばす。
決着は一瞬。
「ア? ァ?」
手の中にある小さな粒。
それを抜き取られた事にも、私が近づいていた事にも気付かず、『怪血王の遺児』は私の手の中にある心臓を見つめている。
『貫斬手・天紙』
相手と同調した動きにより接近を悟られず、呼吸を合わせる事で体に触れた事を感じさせず、スライムの体を貫通し、核だけを引き抜く技。
かつてのスライム生活で編み出した秘技は、世界を相手取るような怪物に通用した。
「カエ、セェェェェェェェェ!!」
他人に文字通り命を握られている事を理解した『怪血王の遺児』は絶望と共に魂から叫びを上げる。
無数に飛び出した液状の腕が私へと向けられ、私を殺そうとする棘が無数に放たれる。
それを一瞥し、言葉を紡ぐ。
「……辻斬りにて御免候」
手の中で核を粉微塵にすると、『怪血王の遺児』の絶叫が半壊した闘技場に駆け巡った。
絶叫と共に、『怪血王の遺児』は崩壊し、静けさだけが残ったのだった。




