16-S クビ
ストーナの一閃は白銀の鎧を裂き、ボロンと落ちるように生首が入っている兜が舞台の上に転がった。
「き、決まっったぁぁ! ていうか、やりすぎぃぃぃ」
一瞬ストーナが勝負を決めた事に喜んだが、同時に対戦相手を殺害したという事実についつい言葉が漏れてしまった。
私の声は首が転がって静まり返った闘技場中に響く。
そして、金切り声混じる悲鳴を上げる者。見慣れぬ首と胴体が離れるというショッキングな光景に吐き気を催す者。殺人現場から逃げようとする者と、観客達は阿鼻叫喚を巻き起こした。
だが、それも長くは続かなかった。
「お、おい、アレ見てみろよ」
大声を上げた観客が指さしたのは舞台に転がっていた兜。
恐怖に染まった声の震えを感じ取った観客達の感情はすぐに闘技場全体に広まり、観客達は息を飲み静かに舞台を見つめ始めた。
すると、ビクリ、ビクリと兜は動き始めた。
風はなく、近くにいるストーナが何かをした訳でもなく、決して動きようがない状況だと言うのに。
兜はコロコロと舞台の上を転がると、独りでにロットンの体をよじ登り、元ある場所に戻った。
一度離れた首と胴体が引っ付くと、ロットンは何事も無かったように落とした剣を拾い上げた。
「どういうこと? 何? アレ、ヒトじゃない?」
観客達と同じように有り得ない光景を見た私は声を震わせる。
自分と似た構造であるヒトは一度首が胴体から離れたら死ぬのが普通なのに。
「アレは『怪血王の遺児』。無論『黄金の誓い』の一員、ロットンではない」
「『怪血王の遺児』って、ロミオがビビり散らかしてた。あの……」
「あぁ、そうだ。状況から察するに、遥か昔、世界中で暴れ回りヒトを食い荒らしたモンスターが封印を破り復活したという事だろう」
いつものように平然と冷静にリンドーは呟いた。
そして、それはつまり、実況席に座っている私達の言葉は闘技場に響くと言う事で、得体の知れないモンスターがいる事実が観客達に伝わった。
観客の三割が言葉を飲み込み、出口へと走った。残りは理解せずもただならぬ事態を察し、出口に直行。ものの数分もしない内に観客席は空っぽになった。
「いざとなったら食って力にしようと思っていたが……そこの奴らで我慢するか」
剣の先を私達がいる実況席に向けられながらロットン、いや『怪血王の遺児』はポキリポキリと体の関節を鳴らす。
「そんなことさせるかよ。アガトリア!!」
ストーナは『怪血王の遺児』の視線を遮るように立つと、空に向かって叫んだ。
空を旋回していた赤のドラゴンはその声に応えるように咆哮を上げると、胸、口と膨らませ、火を吹いた。
『怪血王の遺児』を飲み込むドラゴンの炎。
その熱さは離れている実況席まで届き、まるでマグマの横を歩いているような錯覚に陥る。
正に灼熱の業火。首を落としても倒れないモンスターに対するストーナの回答。
しかし、白銀の鎧は炎の中で輝いていた。
「ふん!」
『怪血王の遺児』の声と共に振るわれる剣は風を巻き起こしドラゴンの火炎放射を切り払う。
熱で溶けた舞台とは対照的に、炎の中から再度姿を見せた『怪血王の遺児』の鎧は微かに焦げ目を付けているばかりで難なく立っていた。
ストーナ自身も『怪血王の遺児』が炎を払った瞬間の隙に槍を投げ、『怪血王の遺児』の左胸に突き刺したが、『怪血王の遺児』は意に介する事なく体から槍を引き抜き、ストーナに投げ返した。
「まァ、そうなるわなァ」
普通のヒトならば心臓がある左胸への一撃も効かない可能性があると踏んでいたのか、ストーナは投げられた槍をキャッチし、再度構える。
「良い一撃だ。だが、その程度」
「何があったかは知らねェが。剣を納めて元いた場所に帰るってなら、手打ちにしてやってもいんだぜェ」
「それはない。取り込んでしまった血に刻まれた命令を果たさなければ、マトモに食事をする事もままならない。オレとしてハ、さっさとヒトを喰いたいんだがナ」
「変なモン食っちまったってことかァ。そのナリで意外と鈍臭いんだなァ」
「ふっ、同感だ。ただ貴様を殺せば、それも解決するがナ」
「やってみろよ」
互いに必殺の意思を込めた剣と槍が交錯する。
一対一の戦いは赤のドラゴンも含め、二体一と変貌し、ドラゴンの巨体を活かした攻撃とストーナの素早く鋭い攻撃のマリアージュが『怪血王の遺児』を襲う。
何度も何度も『怪血王の遺児』の体を貫き、闘技場と共にダメージを与え続けているが、『怪血王の遺児』はすぐに肉体と白銀の鎧を再生し、鎧をも裂く素早い剛剣をストーナへと放つ。
実況席に座っていた私は、それをただジッと見つめる。
「ストーナ凄い。圧倒してる……けど。コレ、もう、闘技試合どころじゃないんじゃ」
ベーベーガーヤの観光名所である筈の闘技場が半壊し、観客は私達のみ。ストーナが戦っている相手は、とんでもないモンスターなのだ。
今まで頑張ってきた闘技試合がめちゃくちゃになってしまった。
文句を言ってやりたいが、勿論、下手にこちらに攻撃が飛んできても困るので言わない。
「因みにストーナが負けちゃったらどうなるの?」
「人を喰って力を増すという習性がある事から察するに、『怪血王の遺児』は目的に関わらず食事をするだろう。どの程度で満腹になるかは分からないが、この街の住人が喰われ無人の街となるのは時間の問題だ」
「それ、普通にヤバくない? どうすんの?」
ドラゴンの炎もあって額に暑さからの汗と冷や汗の両方を浮かべながら、隣で読書に耽るリンドーに声を掛ける。
助けを呼びに行くだとか、リンドーが何か手を打つとか、何にせよ何かしらの行動が必要。
ストーナには申し訳ないが逃げる事も視野に入れないといけない。
というか、私に出来る事なんてないのだ。無駄な犠牲を出さない為にも避難した方がいい。
色々な思考が巡る私に、リンドーはこう返してきた。
「だが、試合の決着がまだついていない」
場違いな言葉。
台風が発生して危ないって言ってるのに、傘で飛ぶ事が出来るのかなって言い実行するぐらい馬鹿げた発言。
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「いいのか? 敗北を認め、『黄金の誓い』のメンバーとして最優秀ギルドアワーを目指し、色々なダンジョンで冒険をする生活になっても」
「……それは嫌だけど。でもだからって試合の決着なんて付けようないでしょ」
闘技大会というものが根底から破壊されたのだ、今、行われているのが、事実上の決勝だとか言ってられない。
そう、卑屈に思っていた私の考えは次の言葉で覆された。
「そんなことはない。そこで腰を抜かして逃げ遅れた人物が裁定を下せば終わる」
リンドーは指を差す。
実況席から這うように逃げる一人の男を。
「オッキー?」
名前を呟くと共に思い出す。
彼に付いている肩書を。
私はこの試合の勝者を決める権利を持つ男の元に駆け出した。
「オッキー!!」
「ミ、ミス・クラリム。何をしているのでーすか、早く、逃げ……」
「その前に、この試合の勝者を宣言しなさい。まだ決着は付いてないけど、貴方審判なんだからテキトーに理由を付けて勝者を決める事は出来るでしょう?」
「今はそんな事を言ってる場合でーは」
「いいから復唱して。勝者はストーナ。さんはい」
「……嫌でーす」
オッキーは顔を逸らしながらそう言った。
「は? いやいやいや、なんで? こんな風に試合が壊れちゃったのはどう考えても、あの『怪血王の遺児』って奴のせいでしょ! そんなのを選出した責任を取らせなさいよ」
「だとしても、嫌でーす……黄金の誓いが負けてしまってはワターシが敗北の責任を取らされてクビになってしまいまーす」
「おい審判。判定に私情挟んでんじゃないわよ」
「脅しには屈しませーん! この試合は無効! 後日再試合を行い、勝者を決めまーす!」
想定外の反抗。
言い切ったオッキーは出口へと再度、必死に這い始めた。
こんな緊急事態なのだ。再試合を行うという話は真っ当だとは思う。
けど、目の前に転がっている勝ちを捨てる気はない。
「いいわ。貴方がその気なら私にも考えがあるわ」
「ミス・クラリム? ワターシの襟首を掴んでどこに連れて行くのですか……ま、待ってください。そっちは戦場のど真ん中。止まってくださーい! そんな事をすればアナータも只じゃ済まないでーす」
「残念ながら私、神で不死身だから死なないの。痛いのはすっごく嫌だけどね」
ジタバタと嫌がるオッキーを無理矢理引き摺り、ストーナと『怪血王の遺児』とドラゴンが暴れる舞台に近づく。
「さぁ、選びなさい。私と一緒にこの暴力の嵐に飛び込んで痛い目を見るか、仕事をクビになるか。私的には命あっての物種だとは思うけどね。慈悲の女神として、三秒だけ待ってあげるわ」
ガタガタと顔を青ざめるオッキー。
どっちをとっても地獄だとか思ってるのだろうか。
知ったこっちゃない。こっちだってこれからの神生が掛かってるのだ。
「さん……にぃ……いーーーーーーーーーーーーーち………………」
慈悲を与えるカウントダウン。
私も痛いのは嫌なので、一を伸ばすが、オッキーは何も答えない。
諦めて、ゼロという宣言と共に意を決して一歩踏み出す為に足を上げた、その時。
「ベーベーガーヤ闘技試合規定第三条十四項。観客を危険に晒す行為により、『黄金の誓い』ロットンは失格。よって勝者はストーナ=エル=ヴァルデエランデとしまーす」
目に大粒の涙を浮かべながら、オッキーは大声で宣言した。
ちょっと可哀想に思ったので、仕事を紹介してあげようと心に誓った。




