16-Q 対戦相手のいない第四試合
クラリムと審判のオッキーと全身鎧の人物は闘技場の舞台の上で一人の騎士を待っていた。
「……来ないか」
第四試合開始予定時刻から小一時間。
観衆達の歓声が怒号を経由し、愚痴に変わった頃。闘技場の舞台で佇む全身鎧の人物がポツリと呟いた。
「そうでーすね。流石にもう……」
「っちょーっと待ってね。今、連絡してるから。大丈夫大丈夫、さっき言ってた渋滞ももう通り抜けて今正に向かってて……」
「ミス・クラリム。言い訳はもう聞き飽きまーした。どんなに待ってもミス・ストーナが現れないのは明白なのでーす」
腹痛、上司の呼び出し、迷子、目の前で大きな荷物を背負ったお婆ちゃんが倒れた、強盗に遭遇した、馬車の渋滞。
あらゆる言い訳を駆使し時間稼ぎをしていたが、流石に限界。
私の言葉を耳に入れたく無いと言わんばかりにオッキーが言葉を吐き捨てる。
こっちだってもうストーナが来ないのは分かっている。だからさっき治療室で寝ているケンザブローを連れてくるようミークに頼んだ。
ケンザブローで勝てるかさておき、あと少し時間が欲しい。
私の静止を振り切り、オッキーが実況席に戻り試合の決着を付ける為、舞台から足を下ろした、その時。
「どうやら臆したようだな。所詮はヴァルデエランデの出来損ない、あの程度の戦いで既に心が折れていたと言うことか」
全身鎧の人物の独り言が溢れた。
そう、きっと誰にも聞かせるつもりの無い独り言だったのだろう。だが、私の耳は鮮明にその言葉を拾い上げた。
「臆する? 誰が? ……ストーナが貴方に? ビビってるって? 何テキトーな事言ってんのよ。ストーナが貴方なんかにビビる訳ないでしょ」
「ほう、言い切れるのか。手も足も出ず敗北したというのに、あの娘が一欠片も臆して無いと」
「そんなの知らないわよ」
「……前言と食い違っているようだが?」
「あのね。自分じゃ無いヒトの気持ちなんて一から十まで分かる訳ないでしょ。私はそういう人の気持ちを読み取るのは専門外。ただ、私はストーナはビビって逃げたんじゃないって信じてるだけ」
この全身鎧の人物との戦闘後、ストーナの様子がおかしかったのは知っている。
だけど、ストーナは立ち上がって動いていた。何か考え事をしていたとしても、餓死寸前のロミオを助けようとした。自分の悩みを放り投げて、ヒトを助けられるような人物が、ちょっとボコられたからって完全に心が折れるなんて思わない。
誰も信じないとしても、私はそう思う。
それに神である私が信じられずに誰が信じてあげられるというのだ。
「何も知らないというのは実に愚かな事だ。断言しよう、ストーナ=ヴァルデエランデはどんなに待とうが現れる事は無い。例えこちらに向かおうとしても、恐怖で足が竦み動けなくなっているだろうからな」
全身鎧の人物は私の言い分を呆れたように言葉を返すと、力強い口調で言い切った。
「貴方なんか、ストーナのこと何も知らないでしょ。何で決めつけてるのよ」
「いいや、分かるとも。わたしはあの子がこんな小さい頃に一度稽古を付けてやったんだ。その時に『王の盾』の一族として生きていく才能が無いのを知っている。勝てない相手を避けようとする心の弱さを知っている」
「貴方……いったい」
何度もコロコロと変わる口調が顔が見えない事もあってより一層に不気味さを与え、口調に合わせた声の抑揚や仕草は、全身鎧で隠れた中身が変わっているようにも思えてくる。
まるでストーナの知り合いと言わんばかりの言葉を不思議に思った時、全身鎧の人物がカクカクと動き始め、固まった。
「モウイイ、飽きた。血に刻まれた約定を果たせぬとなれば、従前の力を発揮出来ぬのだが、仕方がないカ。ココニイル奴らを全部食っちまえば、ちょっとは力を戻せル」
兜の隙間から何か蠢いている物が見えると、魔王城で彷徨いていた魔族と同等かそれ以上の威圧感が私を襲ってきた。
「ん? ヨク見たら、オマエ、美味そうだな。懐かしいような、もう二度と手に入らないような、食ったら今まで以上の力が手に入るような……よし、最初はオマエでいイ」
「……えっ?」
カタカタと鎧が音を鳴らし、私へと走り出した。
咄嗟に逃げ始めるが、すぐに全身鎧の人物の腕が私を捕える。
反応が遅れた。
一瞬前まで普通に会話していたから、突然の変貌ぶりに対処出来なかった。
「ちょ、待っ……リンドー……」
逃げようとする私を肩を掴み離さない全身鎧の人物。
最も近くにいるなんとか出来そうなヒトへと声を掛け、視線を移すが、
「って、なんでピンチな私を放置して、どこ見てん……の、よ」
私がかなり大声で呼んだにも関わらず、実況席で寛いでいた濃紺ローブの男は、これっぽっちも私を見ていなかった。
見ていたのは上、空。
掴まれていた肩に痛みを感じながら、私も空を見上げた。
晴れ渡る青い空、燦々と輝く太陽。
馴染み深い景色の一点に、見慣れぬものがあった。
その箇所は太陽。イメージチェンジしたのかと思えるくらい大きな黒点があるなと思っていると、その黒点はどんどんと大きくなっていた。
そして気づく。
太陽を背にし、何かが降ってくると。
赤い体。爬虫類を思わせる黄色い瞳。鋼でも噛みちぎれそうな鋭い牙。クネっと曲がった角。体を支える翼。
「ドラ、ゴン?」
観客の何人かの声が聞こえ、私も同じ解答に辿り着く。
巨大なドラゴンはこちらに向かって一直線に落下し続け激突するかと思われたが、闘技場のすぐ近くで止まった。
何をするでも無く、浮遊していたドラゴンはあるものを闘技場の舞台へと落とした。
ソレは真っ黒で体のスタイルが分かりそうなくらい細身の鎧を纏い、手には細長い槍を持っていた。
「最強騎士物語。第二章、竜王顕現ってなァ」
その言葉が耳に入ると同時、落下してきたヒトは私を掴んでいた全身鎧へと掴み掛かるとぶん投げる。
そして、私へと手を伸ばす。
「よォ、クラリム。大丈夫だったか?」
馴染み深い声と共に荒々しい金の髪が棚引き、私は確信した。
「ストーナ!!」
待ちに待った人物が遂に現れたのだった。




