16-N 鎧の中、不穏な影、しかし対戦相手不在
一方、その頃。闘技場『黄金の誓い』控室。
クラリム達のようなゲストのチームに与えられた部屋よりも一層華やかで豪華な部屋。十人以上は寛げそうな部屋なのだが、今いるのはたった二人。
「まさか貴方と二人きりになるとは思いもしませんでしたよ。アリステラさんはロミオさんとどこかへ行っちゃいましたし、シャーロットさんも箱を背負った女の子を追いかけるとかで戻ってきませんし……」
中性的な面立ちの少女フルムヘンはそう言いつつも、万が一にも戻ってきてくれる場合に備え、差し入れで置かれていたお菓子類を個々が持って帰りやすいように小分けにし、それぞれの袋に詰め込む。
「これでは次の試合に勝ったとしても追加でメンバーを集めないといけないかもしれませんね」
フルムヘンの愚痴のように溢される言葉は独り言ではなく、控え室にいるもう一人の仲間である全身鎧の人物に向けられていた。
『元ベラエランデ騎士団』ロットン。第四試合の出場者に
試合前どころか一日中鎧を纏っているその人物は何も言わずに静かに壁際に立っている。
最後の試合に出場予定である全身鎧の人物、『元ベラエランデ騎士団』ロットンは
「何も言ってはくれないんですね」
フルムヘンは寂しげに悲しげに、ここ数日様子がおかしいと感じている仲間に向け剥き身の言葉を投げかけた。
しかし、それでもロットンはフルムヘンに見向きもせず静かに佇む。
「ボクとロットンの関係なんて、ただ同じパーティで活動する一仲間。取り立てて仲が良い訳でもありません。ですが、一緒に冒険に出ていた日常でボクはロットンの事を知っているつもりです」
「ロットンは女癖が悪く、金遣いも酷く、他方から借金とぼったくりで生計を立てるような、ヒトとしてどうしようもない男なんです」
街でアンケートを取れば、百人中九十九人が色んな意味で関わりたく無いと答える、そんな人物だとフルムヘンは語り、悪口とも捉えられる事実を前に全身鎧の人物は何も言い返さない。
「でも彼は仕事はキチンとやります。仲間がピンチになれば盾となり、身を挺して庇ってくれる。仲間が喧嘩し沈んだ空気になった時も、率先して笑い話をするような男なんです」
差し入れの小分けを終えたフルムヘンはゆったりとロットンの側へと歩くと。
「キミは誰だ。ボクの仲間を、ロットンをどこへやった!」
腰に下げていた剣を抜き、その剣先をロットンの首元へと向けた。
数日前から感じていた違和感。体全体が鎧で隠れている事もあって、気付いても中々聞く事が出来なかった、その疑問を投げかけた。
「しらばっくれても無駄ですよ。今日の様な賭場が乱立するような『祭り』で、金を握らず控室で黙って立っているなんて、そんな事、あのロットンに出来るはずないんですから」
生きたヒトなのだ、何かで口数が減る事あるだろう。口調が変化する事もあるだろう。
だが欲を完璧に欲を抑えつけられるヒトなど存在しない。
フルムヘンはそう確信し、答えによっては剣で喉を貫こうという気持ちなのだが、全身鎧の人物は何も言わず固まるばかり。
僅かな互いに訪れる逡巡、答えを出したのは。
「クカ、クカカカカ」
鎧の中から響くおどろおどろしい笑い。
今まで聞こえていたロットンと同じ声で、だが明らかにヒトではない奇妙な笑いが控室の隅々に行き渡る。
「ソウダナ。一つ言える事としては、この鎧の持ち主はもうこの世にはいなイ」
鎧の中に潜むナニカが答えた。
刹那、フルムヘンは剣を躊躇いもなく押し込み喉を貫いた。
ヒトとして軽蔑される者だったとしても、『黄金の誓い』の一員である以上、フルムヘンはロットンを家族として扱い、家族である以上、フルムヘンとして責任は果たさないといけない。
仇が目の前で、手には剣があった為、反射的に動いた結果。
「オイオイ、よしてくれヨ。コイツはオレと会った時、瀕死だったんダ。鋭い目つきの婆さんに襲われて、オレが現れても現れなくても、この鎧の持ち主は死んでいタ。恨むならその婆さんにしときナ」
「な゛、生きている?」
喉を貫かれつつも、軽やかに言葉を放つ全身鎧の人物。
フルムヘンは動揺しながらも全身鎧の言葉を聞き流し、二の手とばかりに拳を振り上げたが、その腕は難なく掴まれた。
「オレとしてもどうせ手に入れるなら、その強い婆さんの体が良かったんだが、数滴の血しか落としちゃくれなかっタ。血から精神だけでも再現しようと思ったけど、それも失敗。今じゃ、婆さんの劣化コピーで使いパシリって訳。全く末恐ろしい婆さんだゼ」
鎧から血が溢れる訳でもなく、ただ虫に刺されたと言わんばかりに気にせず言葉を並べる。
「その体を返してください! ロットンさんが殺されてもおかしくない噂は何度も耳にした事もあるし、女絡みなら尚更仕方がないとは思います。ですが、だからと言って見過ごす訳にはいきません」
「ソレは無理な話サ。さっき言ったロ。婆さんのパシリになってるって。血に込められた約束を果たすまで、この肉体から離れる事が出来ないのサ」
「約束? それはいったい?」
「古き友ヴァルデエランデ、彼女の娘から騎士という生き方を奪い取る」
フルムヘンはこの国の王を守りし盾の一枚の名前がヴァルデエランデという事を知っていた。
それに加え、もう一つ心当たりが。
「ヴァルデエランデ? 確か、その人物は次の対戦相手。いや、その前に、貴方がギルドの訓練場で戦った相手の名前だったはず……」
「アノ時は途中で邪魔が入りそうだったから途中で辞めタ。だけど、この『祭り』ならきっと、もう二度と立ちあがろうと思えないくらいまで叩き潰せル」
フルムヘンと顔を付き合わせる鉄の兜。
人の温もりなどない鉄の肌。その冷たさは手から腕へと伝わり、同時にフルムヘンに兜に浮かびようの無い笑みを見せた。
「貴方は……いったい何なのですか」
掴まれた腕が震え、フルムヘンという仮面が剥がれ落ち、本名を捨てた少女の顔は恐怖で染まる。
ストーナの心配をした訳でも、仲間の仇に腕を掴まれている危機に屈した訳でも無い。
ただ、目の前の存在が得体の知れないナニカである事に恐怖した。
「ナンダ、もう気づいていると思っていたが、それじゃあ、改めテ」
「怪物貴族スライム公爵、名前は無いが、多くのヒトはオレの事を、『怪血王の遺児』と呼ブ」
『黄金の誓い』がダンジョンの奥底で発見した禁忌。
それを持ち帰るかどうかで一悶着し、結果的に仲間の一人であったロミオが離脱し、クラリムをスカウトする事になった出来事。
封印がされていた怪物が目の前で仲間の姿をしていることに、フルムヘンは気づき、何か取り返しの付かない事を自分たちがやってしまったのではないかという思いに駆られるが、その気持ちを共有出来る仲間はもういない。
昏く笑い続ける鎧の中に潜む不穏な影、しかし彼は対戦相手が不在な事をまだ知らなかった。




