16-K 『聖女一等星』アリステラ
「トマトの力を借りたといえ、ここまでのようだな」
ロミオが息と共に血を吐き出し、膝を突いたのを見てリンドーは立ち上がった。
「リンドー。どこへ行くの」
「次の試合の時間の交渉だ。ストーナが戻ってくる時間を稼がなければならないだろう?」
「でもまだ、この試合が負けたと決まった訳じゃ……」
「あぁそうだ。まだ終わっていない。だが、俺にはこの試合の行方を左右できる鍵を持っていない以上、どうすることも出来ない」
「クラリムも好きにすればいい。このまま黙ってロミオの負けを見届けるか、僅かな望みに賭けるかをな」
舞台を背に歩いていたリンドーは振り向くと一言残し、闘技場から消えていった。
感情が感じられないような冷徹さと、合理的な見解。
それはこの試合を投げ出すような言葉で。
だが、僅かに私を試す様な言葉が込められている気がした。
「リンドー……ごめん、オッキー私も行くわ。まだ私にも出来る事があるかもしれない。だから!」
戦闘を拒否する男を舞台に上げ、狂戦士となっても戦わせ続ける。
まさに神のような横暴っぷりだけど、私は神なのだ。それに勝利というスパイスを付けるくらいしてもいいだろう。
「ミス・クラリム! ……はぁ、二人とーも、実況解説のアルバイトだと分かっているのでしょーか」
◇
アリーナを離れた私は関係者通路を歩いていた。
「リンドーの口ぶり的に、何か策は思いついてそうなのよねぇ……あぁ、もう策だけ置いてから行けってのに」
意味深な含ませ気味の話し方をした男を少し恨みながら思考を整理する。
聖女アリステラを仮の神として見立てたオリジナルの神聖魔法。教徒が多くなれば多くなるほど、その能力の性能が上がっていくものらしい。
ヒト、モンスター問わずにダメージを与えられる攻撃的なものから、封印にも似た拘束的なもの、そして自己回復。
「なんでもアリすぎるでしょ」
神の私から見ても、少しズルい力。
そんな万能なものを神でないヒトが記憶力と努力だけで使えるとは到底思えない。
「てか、やってることアイドルよね。普通に」
どういう宗教を興しているかは知らないが、教徒も教徒というよりファン。
トマトジュースを配っていた時の距離感を考えるに、ライブは無いとしても握手会くらいやってそう。
「神聖魔法が信仰心を利用しているものなんだったら、なんか不祥事やって信仰心なくしてくんないかなぁ……ん?」
ボケッと考えて出た言葉。
神なのに神頼みを祈るような言葉なのだが、私は自分の言葉に引っ掛かった。
「アイドルの不祥事?」
敗北までの時間が迫っている以上、短時間かつ効果的にアリステラの教徒全てに信仰心を無くさせなければならないのだが。
「あっ……あるかも。アイドルの信仰を落とせる特ネタが」
リンドーが知らなくて、私だけが知っている事実。
起死回生の手を持って私は走り出した。
□
リンドーとクラリムがアリーナを出ていった数分後、舞台上。
アリステラは静かに神聖魔法を唱えた。
「神聖魔法ハイ・バインド」
どこからか現れた光の縄は、ロミオを拘束する。
「ガァ、ガァァアアアア!!」
「無駄よ。アナタがどんなに足掻いても千切れないくらい頑丈にしたから」
ロミオは光の縄から逃れようと踠いているが、縄は絡まり、遂にはロミオを地面に這いつくばせた。
「何かおかしくなっているようだけど、時間を掛ければ勝手に治ると思ってたけど無理みたいね」
最初は面食らったが、負ける道理がないくらい実力差があったので、やろうと思えばすぐにでも決着を付ける事は可能だった。
だが、ワタシはロミオに自身の口から降参すると言って欲しかった。
唸りながら声を上げるロミオを見下ろすと、過去の出来事が思い起こされる。
「あの時と同じ。最初に出会った頃、餓死寸前のアナタは倒れていて、街を歩く人々は誰もアナタを助けようとしなかった」
高貴な名家のお嬢様だったワタシは、善意からか、恵まれた環境で生きた事からの義務感からか、それとも一目惚れか、なんだったか覚えていないが、長髪の孤児に接触した。
何度も何度も、彼に食事を与えた。
だが、どこの骨かも分からない少年に食事を恵んでいるという行為は、家族にとって納得がいかないものだった。
「こっぴどく怒られたわ。アナタは何も悪く無いのにアナタの事を罵倒する父に腹が立ち、それで家を飛び出して冒険者になった」
家出少女の冒険者生活。
ロミオはワタシに負い目を感じたのか、なんでもした。二人で依頼を受けた時は、ワタシを守る盾であり剣となり、ワタシの生活レベルを落とさない為、報酬の良い高難度の依頼を一人で受けた。
普通だったら少年一人で高難度の依頼を達成するのは不可能な事だったのだが、ロミオには冒険者の才能があった。斥候としてだけではなく、戦闘においても彼は『万能』だったのだ。
「でも危険がある度に、アナタはワタシを守って怪我をして。アナタはワタシと出会う前よりもボロボロになっていった」
最初はそんな彼を治す為に普通の神聖魔法を取得したが、ワタシも一緒に高難度の依頼を受けるには足手まといでしかなかった。
ワタシは彼に怪我をして欲しく無かったので、食べる物や泊まる部屋なんてなんでも良いと言ったが、彼は頑なに応じなかった。
思い悩んだワタシは、神聖魔法を研究している内に自分が神となる事で、ワタシが扱える神聖魔法の限界を突破出来る事に気付いた。
誰もが不可能だと笑う事だとしても、ワタシを神とする新たな信仰を広め、人気を得る為に努力し、『聖女』となった。
だけど、清純な『聖女』に求められたのは、それに相応しい仲間で、傷だらけの『万能』の少年は役不足。
ロミオを守る為に『聖女』となったのに、『聖女』を維持するにはロミオと二人ではいてはいけなかった。そして、ワタシとロミオは有名な『黄金の誓い』に入った。
更に危険が伴う最強パーティの加入は本末転倒のようなものだったけど、ロミオには戦闘をさせず斥候を徹底させる事で、彼の安全を得る事が出来た。
これで安心と思った矢先、ロミオはワタシから離れてしまった。
「なんでなの。なんでアナタは私の手から離れたの? 『怪血王の遺児』を持ち出すのがそんなに怖かった? 最強パーティの力を信じて無かった? ワタシの神聖魔法も?」
とあるダンジョンで見つけた物を巡った諍いが原因で、ロミオはパーティを離脱した。
「でも仕方ないじゃない。世界に危険が及ぶ厄災の種だとしても、ワタシにはアレが必要だった」
アレを売り、資金を集める事が出来れば、教徒を増やす事が出来、私の神聖魔法の強化に繋がり、もっとロミオを守れると思ったのだ。
だが、その想いは伝わらなかった。
ロミオがいないのに、聖女として冒険者を続ける意味が分からなくなったワタシは彼を挑発したり、頻繁に姿を見せる事で元の鞘に戻らせようとしたが、全て上手くいかなかった。
「ワタシはアナタが必要だった。でもアナタは違うのね……アナタはワタシから離れて生きようとしている。なら、ワタシも考えを改めないといけないのよね」
ロミオを守る為に手に入れた力で、ロミオを傷つける。
本当はこんな事したくないけど、誰か他のヒトの手で、この狂ってしまったロミオを傷つけさせるよりはマシだ。
そう思うようにしたワタシは、決着を付ける事にした。
「これが最後。次にアナタが目を覚ました時は、ワタシは二度と現さないから。神聖魔法ハイ・エストローネ・エレ」
光で作られたた大きな槍はロミオへと放たれる。
だが、その神聖魔法がロミオを意識を奪う事はなかった。




