16-J 聖女一等星とトマトの使者
武闘試合の会場はいつの間にか、大鍋搭載の炊き出しスペースに変貌し、恐らくブーイングと共に投げ込まれたトマトをトマトジュースへと変化させ、それを配っていた。
調理している人物こそ、第三試合の相手『聖女一等星』アリステラ。
ブロード掛かった金の髪を棚引かせながらアイドルのようなコールアンドレスポンスをしていた。
何が何やら、と思いつつそれに加えもう一つ気になる事が。
「なんか性格違くない?」
数日前にロミオの家で遭遇した時はもっと他人に対して高圧的な印象だったが、今舞台で観客に向かって笑っている様は別人かと思えるくらい違う。
「うっ、この匂いは」
「トマト嫌いなんだっけ? 大丈夫?」
「えぇ。降参を告げるまでは耐えて見せます」
私の横で鼻を摘みながら目頭に涙を浮かべたロミオはフラフラとしつつも舞台へと向かった。
降参するくらいならと色々考えたが、何をするにも時間が無いと思った私も実況席へと戻った。
「流石は聖女。登場しただけで会場の雰囲気を一変させるとは。人気は確かということか」
舞台脇の実況席に戻ると、トマトジュースを片手にリンドーは観客席を眺めていた。
「何がどうなったら、こうなるのよ」
「アリステラの方が早く準備出来たからな。落ちているトマトを利用しつつ、観客の怒りを鎮める手を打っただけだ」
立案企画はアンタかい。
他にこんなことするようなヒトは知らないので意外でもなんでもないが。
「ロミオが来たという事は説得は問題がなかったということか?」
「まぁ、うん。ぼちぼち…………ダメそう」
「そうか」
素っ気ない返事。
この男は、この第三試合の重要性を理解しているのだろうか。負けると、次の試合にストーナが来なかった時点で、『黄金の誓い』側の勝利となるのに。
「そう心配するな。試合は始まってみないと分からないものだ」
「ロミオは降参するって言ってるのに」
「もしかするとアリステラが先に降参するかもしれないだろう?」
「まさかこれも、アリステラを買収とかした?」
「いや、何もしていない」
「じゃあ無理じゃん」
闘技試合スタッフが舞台の上にあった大鍋を片付けると、それと入れ替わりにオッキーが舞台に上がった。
「皆様、お待たせしまーした。続きまして第三試合でーす! 相対するのは、この二人。皆様ご存知『聖女一等星』アリステラ、そして元『黄金の誓い』斥候にして『万能』の二つ名を持つロミオ。かつての仲間が今ここで敵対する事になるとは誰が思ったのでしょーうか。それでは、始め!」
オッキーが舞台を降り、実況席に駆け寄ってくる。
そんなに急いで戻らなくても、結果は分かってるし、すぐに舞台に戻ることになるのに。
「ロミオ、まさかアナタがこのワタシと戦うことになるなんてね。パーティを辞めたら、性格も一変するのかしら? でも、残念だわ。どう足掻いても、アナタがワタシに勝てる事はないのだから。怪我をしたくなかったら、さっさと降参することね」
「……う……う」
アリステラは何をすることもなく、ただ言葉えお投げてはロミオの返答を待っているようだった。
おかしい。
さっきの様子からして、すぐにでも降参をするのだと思っていたのに。
ロミオはその場でジッと下を向いて固まっていた。
「うがああああああああああああああああ」
突然。ロミオの叫び声が闘技場に響いた。
アリステラが何かをしたのかと思ったが、アリステラも眼をパチクリさせ驚いていた。
「どうしたの? ロミオ。大丈夫?」
様子がおかしくなったロミオを心配したアリステラは近づき、ロミオの頬を触ろうと手を伸ばした。
しかし、その手は頬に触れる前にロミオに払われた。
近くに寄った小蝿を払うように力が籠った振り払い。
同時に見えてきたのは黒い長髪の奥、血走り爛爛と赤く輝く双眸。
まるで血に飢えた獣のようにロミオは雄叫びを上げ、目の前にいたアリステラへと襲い掛かった。
「ロミオ! どうしたの、ロミオ! しっかりして」
無造作に振るわれる腕を間一髪で避けながらアリステラはロミオに絶えず声を掛ける。
しかし、敵ではなくかつての仲間に対する心配の声は、ロミオには届かない。
試合という大前提なら普通なのだが、これは知り合い程度の関係性の私から見てもおかしい。
「さっきまであんなに嫌がってたのに……戦いのゴングが鳴ったら性格が変わるタイプか何かなの?」
「そんな情報はありませーん。少なくともギルドに所属していた頃のミスター・ロミオは、もっとロジカルなヒトでーしたよ」
「そうよね。一体どうしたんだろ?」
「……恐らくだが」
静かに試合を見ていたリンドーが声を上げた。
「トマトジュースの香りで暴走してしまったのだろう」
「はい? そ、そんな馬鹿みたいな話……」
「トマトが嫌いなヒトは、トマトジュースの香りだけで鼻が刺激され異常な発汗と、嫌悪感から脳が麻痺し様々な脳内分泌が起こるという。ロミオは餓死寸前になってもトマトを食べれないトマト嫌いだったのだろう? ヒトが変わったように暴走するのは仕方ない」
「……どんだけ嫌いなのよ」
視線を舞台に戻すと、普段の落ち着いた性格はどこへやら、ロミオは闇雲に拳を振るっていた。
ただ、ちゃんとした思考が出来ていないのか、乱雑な振りは少しずつではあるがアリステラを捉え、少しずつダメージを与えている。
獣というより、狂戦士。
トマトでああなっていると知らなければ、何か危ない物質を摂取しているのではないかと心配になるくらい暴走している。
「がああああああああああ、ァアッ!」
「ロミオ……そう、私の言葉は届かないのね。安心しなさい。すぐに治してあげるから」
暴力の腕を躱したアリステラはロミオから大きく距離を取った。
「神聖魔法・バインド」
短い呪文。
呟きと共に、地面から光の縄のようなものがロミオの足に腕に絡みつき、その動きを束縛し。
「エストローネ・エレ」
そして、動けないロミオに向かって光で編まれた槍がアリステラの頭上から放たれ、一直線にロミオを貫いた。
「っっがあああああああああああああ」
言葉にならない絶叫。
まともに喋れなくとも、その痛みが音を通して伝わってくる。
歯が砕けそうな程、力を込めたロミオは光の縄を振り解き、体に突き刺さった槍を砕く。
息を切らしながらも、再度、アリステラに襲い掛かる。
それにしても聖女と呼ばれている彼女がどうやって戦うのかと思っていたが、ゴリッゴリの戦闘系の神聖魔法使えるようだ。
神の権能を借り受けるという名目で扱われる神聖魔法は基本的に回復系が中心だが、崇める神によって効果が微妙に違ってくる。
例えば慈悲の女神である私の場合(使えない)は、身体の傷に加え毒や麻痺、心の傷まで染み渡る正統派万能回復。
ミークが使っている神聖魔法は魔族やモンスターが崇める邪神をベースにしているようで、対モンスター特攻攻撃と微回復が使えるらしい。
で、件のアリステラはと言うと、今のを見るに対ヒトに対する攻撃と拘束の神聖魔法なのだが、微かに回復系統の神聖魔法も使えそうな気配もある。
あんな高レベルで別種の神聖魔法を同時に展開することなんて、普通のヒトには無理なはずなのに。
「うーん、シラナイナー。何系統の神を信仰してるんだろ。どう思われますか、解説のリンドーさん」
「この世界の神聖魔法は魔法じゃないから知らん」
興味なさそうに本を読んでいる。
「魔法って付いてるのに?」
「この世界ではよく分からないものを魔法と呼んでいるだけだろう? 信仰心を未知のエネルギーに変えて神の権能の一部を再現しているのだから、アレは俺の知っている魔法ではない」
「えっ、そうなの? アレ、じゃあなんで私、神聖魔法使えなくなってるんだろ?」
「クラリムは神なのだから、信仰心で力を振るわないだろう。察するにクラリムクラスの神は己が権能を発揮するのに多少なりとも魔力を利用しているという事になる」
「へぇー、そうなんだー」
「自分の専門ぐらい把握しておけ」
ぐうの音も出ない。
「ミス・クラリムが知らないのも無理はありませーん。『聖女一等星』が扱う神聖魔法は少し特殊ですかーら」
珍しく解説に乗り出してきたのは、オッキー。
「ミス・アリステラは自身を神に見立て、それを信仰する教徒の力を借りるといったスペシャルな神聖魔法の使い手なのです」
「なるほど、それで攻撃とか拘束とか回復の神聖魔法が使える訳か……って何気に凄い事しているのね。小難しいというか、手間が掛かるというか」
「クラリムは同じ事を出来ないのか?」
「無理無理。彼女と同じような事をしようと思ったら、教徒の全員の名前は勿論、空で容姿を書けるくらい完璧に覚えて、一日に十回以上お祈りしてもらわないといけないのよ。そんな熱心な狂信者みたいなのなんて、簡単に出来ないって」
神と同等レベルの信仰心を持たせるだけでも難しいのに、そんなこと面倒な事出来る訳ない。
アリステラのさっきのアイドルっぽい事をやっていたのは、この神聖魔法の為か。普通に神聖魔法学んだ方が楽だろうに。よくするものだ。
「ならば神としてクラリムよりもアリステラの方が上ということか」
「私レベルの神は教徒も数えきれない程いるから無理なだけですー。きっとアリステラの教徒は数人だから出来るのよ」
「あの一角は全て『聖女一等星』の熱烈なファンでーすよ」
「ひゃ、百人はいるわね……まぁ、そこそこ頑張ってるじゃない。そもそも神じゃないけどね」
「かくいうワターシも、会員番号二桁の古参なのでーす」
「聞いてない。聞いてない」
「言わばこの戦いは『聖女一等星』、『万能』、双方どちらかが気絶するまで続くデスマッチとも言えるでしょーう……ただ、そう長くは続かないでしょーうが」
自慢げに会員カードとやらを取り出したオッキーのカードを顔面に突き返しながら舞台へと視線を戻す。
狂戦士の如きロミオの猛攻に神聖魔法で反撃するアリステラ。
ただ無我夢中で拳を振るう事しか出来ないロミオを嘲笑うように、アリステラの攻撃が突き刺さる。
ロミオのダメージの蓄積は火を見るよりも明らかで、今にも倒れそうなくらいだった。




