16-I トマトが嫌いな男
「八百長ってテメェ、ふざけんじゃねぇぞぉぉ!!」
「金返せぇぇ!!」
「戦え! 我に血を見せよ。血の聖燦、混濁の宴、暗闇の未来から果ての先を求めたまえ。血湧き、血湧く、血湧こうと、不形降誕の贄を捧げようとも。死は平等に訪れるものだ」
「私達、今日『雷』の魔法を見に五時間歩いてきたのに……」
「ヒャッハー、大穴ブチ当てたぜぇぇぇ!! これで孫の代まで店を続けていける!! ミーク様、俺はアンタに一生付いて行くぜ!!」
闘技の舞台の側、実況席に降り注ぐ罵詈雑言の雨あられ。
「凄い、全員、火吹けそうなくらい怒ってる」
なんか、変なの混じってたな。
「ここベーベーガーヤの街にとって、この闘技試合は祭りと称するくらい大事なものなのだろう。それを汚されたのだ、怒り狂ったとて不思議では無い」
「……アンタのせいだけどね」
すっごく他人事みたいに言ってるけど、十中八九自身の所為であることを置いておかないで欲しい。残りは私も背負ってあげるから。
勝ち星に免じて、リンドーの奇策に少しは目を瞑ってやろうかと思っていると後頭部に何やらボールのようなものがぶつかって来た。
「痛っ、うわっ、トマト投げつけてきた! コラー、食べ物を粗末にするな! 捨てるくらいなら私宛に送ってよ! 全部食べるから!」
こちとら、金欠で食べる物に困った事が両手で数えきれないくらいあるのだ。そんな人物の前で、罰当たりな。まったく、神の前でよくもまあ……神なのに食う物に困った経験ってなんだ。
「どうする? お客さんヒートアップしちゃってるけど。一旦控室戻る?」
「出来るだけ時間を稼ぎたかったが、仕方ない巻くぞ。このまま第三試合を開始する」
リンドーは観客席から飛んでくるトマトを器用にキャッチし、トマトをトランプタワーのように立てながら、そう言った。
「雑にフォローしたとして、火に油を注ぐだけだろう。ならば圧倒的なモノで上書きしてやればいい。オルツキー、『黄金の誓い』に準備させろ。クラリム控室からロミオを連れてきてくれ」
「わかりまーした」
「わかったわ!」
私とオッキーは罵詈雑言とトマトの雨の中、それぞれの向かうべき方向へと駆け始める。
なんで、リンドーは実況解説のバイトなのに、当たり前のように闘技大会の進行の権利持ってるんだ。と思いながら。
◇
「今で一勝一敗。あと二つなんだけど……正直ここからなのよねー」
闘技場の関係者用通路をそそくさと歩きながら、頭の中で浮かべるのは残りの試合の組み合わせ。
四試合目、全身鎧とストーナの戦い。
二試合終わった今も、ストーナの姿は見られない。このままでは棄権になってしまう。代わりの人物を探そうかとも思いリンドーに相談したが、『四試合目はストーナが出てこそ意味がある試合だ。だから代わりを用意する必要はない。ウルメラに帰ったとしても、ストーナがその気になれば間に合うだろう』と。
不安だ。今、ウルメラにいちゃったら馬車でも間に合わない距離を詰める方法は存在しないのだ。
五試合目は本当に何も分からないが、その前に次の三試合目。
ストーナが不戦敗になる事を見越すと、もう一敗も出来ないのだが。
「うぐ、うぐ、うぐぐぐぐぐ」
「さて、どうしたもんか」
闘技場、控室。
両手両足を縛り上げ、目隠し、口に布を噛ませ、転がっている男がいた。
長髪の彼の名はロミオ。元『黄金の誓い』のメンバーで、次の第四試合でこちら側で戦ってくれると期待している人物。
期待というのも、今日の朝まで必死に出場交渉を行なっていたのだが、出場の確約まで至らず、時間が無いからという理由で束縛して強制連行することとなったのだ。
まるでどころかモロ誘拐である。発案者はいうまでもないがリンドー。
「……とりあえず」
このままでは闘技の舞台に上がる事も出来ないので、最初に口を開放した。
「ぷはっ、はぁはぁはぁ。これは一体どういうことですか! 闘技試合には出ないとちゃんと断りましたよね」
「トマト餓死事件ではお世話になりましたが、それを差し引いてもあんまりです」
「同じ宿に泊まってるからって毎日毎日お願いに来て、挙げ句の果てには強制連行ですか?」
「それはほんともう、ごもっともで」
マシンガンから放たれた銃弾のように正論が連射される。
何も言い返せない。
「僕には戦闘能力がないとも言いました。そんな人物を駆り出して、いったいどうするつもりですか!」
「それは、その……元パーティメンバーなら弱点の一つでも知ってるかなぁって……思ったわけ、なんだけど」
「知りません!」
「デスヨネー。でも他にこの街に知り合いはいないし、一旦、出て欲しいんだけど……ほら、元パーティメンバーとの因縁に決着付けよ」
「円満退会です」
「武闘試合で勝てば栄誉とか名声みたいなものが手に入るかも」
「興味ありません」
「ご飯奢るから!」
「間に合ってます」
「これは神である私からの神託なのです。この栄誉ある戦いに励みなさい」
「ふっ」
こ、こいつ。鼻で笑いやがった。
それはなんだ。私が神だと言うことを嘘だと思ってるのか。
もしかしたらと思って交渉を続けたが惨敗。
流石にちょっと可哀想になったので、ロミオの手足の縄を解きながら何かないかと思案を続ける。
ただ、あんまりチンタラやってはいられない。観客が暴動を起こしては闘技大会どころではなくなる。これ以上、待たせるのはよくない。
「困ったわね。ダメかもだけど、ケンザブロー叩き起こして、もう一試合させるか……あー、相手、聖女だ。ケンザブロー、女性恐怖症だし無理じゃん」
一試合目の二の舞になることが想像出来る。
男の子っぽかったフルムヘンに対して、聖女アリステラは見るからに女性なのだ。あのケンザブローなら拳を叩きつける前、見ただけでに出血多量で失神するかもしれない。
「聖女……これから行われる試合はアリステラ様の試合なのですか?」
私の独り言に解放され、体を伸ばしていたロミオが反応した。
「えぇ、そうだけど。えっ、もしかして、やる気出した?」
「いえ、アリステラ様には怪我をして欲しく無いので、このまま出て行って降参告げて帰ります」
まだ微かに怒りが籠った言葉と共に、ロミオはアリーナの入場口へとスタスタと早く歩き始めた。
「なにはともあれ、舞台には上がらせられるか……ってよくなぁぁぁい。負け確じゃん。それなら、そこら辺歩いているヒトに出て貰った方がワンチャンあるって! 待って、待ってってば」
◇
ロミオを追ってアリーナに入ると、意外にも観客席から放たれる罵詈雑言の喧騒が収まっていた。
その代わりに、
「はぁ〜い、皆んな! 聖女印のトマトジュースを楽しんでる〜?」
「うおおおおおおおおおおおお」
「美味しい?」
「うおおおおおおおおおおおお」
「聖女印のトマトジュースは?」
「世界一ぃぃぃぃ!!」
「聖女アリステラは?」
「最も輝く一等星!!」
「ありがと〜、みんな大好きだよ〜」
なんか、始まっていた。




