16-H 歓喜の裏側まっくろ一番街
文字通り諸手を挙げて可愛らしく喜んでいるミークと、その足元にはメガネを粉砕して倒れている女性の姿が、実況席から試合を伺う私の瞳に映っていた。
「ミークがなんかした? 能力が覚醒して、一撃必殺の技を編み出したとか……いや、まさかまさか。そんなどこぞの主人公じゃあるまいし」
試合開始とほぼ同時に確定した勝利。
結果としては喜ばしいのだが、この現状に理解が追いつかない。
相手は雷を自在に操る魔法使いで、むしろあっちが一撃必殺の魔法を使えるのだ。ミークが一瞬で倒されても不思議じゃないが、その逆はおかしい。
端的に言えばあり得ない。
なので思い当たることと言えば、
「まさか八百長……」
私の漏らした呟きと視線は迷う事なく、隣に座っている濃紺のローブの男に向けられた。
「人聞きの悪い事を言うな。歴とした取引によって齎された結果だ」
「いや、うん、まぁ。勝ちは勝ちだし、いいんだけどね。事前に打ち合わせしてたら、それは八百長でしょ」
「推測で断言をするな。そう疑うのならば、今から話す経緯に耳を傾けてみろ」
私の反論を遮ったリンドーは、そう言うと淡々と事の経緯とやらを語り始めた。
◇
時は遡り、数日前。
ギルド併設の訓練場で全身鎧とストーナが戦い、ストーナが負かされた、すぐあと。
「それじゃ、私、オッキーにストーナ担がせて宿に先に戻ってるから」
そう言い残すと気絶したストーナを連れクラリムは宿に向かって行った。
ギルドに残ったのは二人。
「武闘試合、か……ミーク、少し用を思い付いた。少し待っててくれるか?」
「うん。ごはん、食べて、待ってる」
三十分後。
山のように積まれた皿を前に、ホットドッグを頬張っていたミークの元にリンドーが戻ってきた。
リンドーはミークと別れた時には無かった数枚の紙を持っていた。
「どこ、行ってたの?」
「対戦相手の情報集めをしてきた」
リンドーは手に持っていた五枚の紙をテーブルの前に広げると、その中から一枚を掴み、ミークに見せた。
「魔法使い『雷』シャーロット。手始めにコイツを攻略する。それを食べたら行くぞ。ミークに手伝って貰いたい事がある」
「おうち、分かるの?」
「あぁ、ギルド職員を買収して、『黄金の誓い』メンバーの個人情報を全て確保したからな」
◇
「ちょっとまてぇぇい!!」
「なんだ?」
私の叫びに怪訝な顔になるリンドー。
過去を思い返していた所に、割って入ってきた無礼者を見るような瞳で私を見つめる。
「ナニ平然と個人情報を売買してるのよ!」
「相場より、お買い得だったからな」
「だとしても買うな! スーパーのタイムセールで余ったパック肉じゃあるまいし。売る方も売る方だけど……えっ、私、この倫理観とか常識がぶっ壊れた暴走列車みたいな話を聞くことになるの?」
「ならば、八百長ではないと認めるか?」
「いや、それとこれとは話が……いいわ、とりあえず話を続けて」
リンドー、ミークというツッコミ不在の二人の話をじっと聞くことが出来るだろうかと不安になりながらも話を促した。
◇
話は過去に戻り、ギルドから離れたリンドーとミークはブラックな情報を元に、『雷』シャーロットの自宅を訪れた。
ノックを数度鳴らすと、家の奥から足音が聞こえてくると、大きめの丸い眼鏡を掛けた少女が姿を見せた。
「『黄金の誓い』の魔法使い、『雷』シャーロットだな?」
「えぇ、そうですけど。えっと、どなたですか?」
「俺の事は後にしよう。時間が勿体無い。話をしにきたんだが、部屋に入ってもいいか?」
「えっ、ダメですけど」
「そうか……話が長くなってしまった場合、互いに足への負担を考えながら話すことになるが、それでもいいのか?」
「……あのー、お願いですから、とりあえず自己紹介して貰ってもいいですか?」
唐突に現れた不審者を警戒していたシャーロットだったが、とりあえずリンドーがギルドの関係者だと言う事を理解し、渋々、部屋に案内した。
最初にリンドーの口からシャーロットが聞かされたのは『黄金の誓い』とクラリム一派との武闘試合が行われるというもので。まだシャーロットの耳にはその情報が入ってはいなかったこともあり、シャーロットは適度に相槌を打ちながら話を聞いた。
「祭りですか……はぁ、こういった面倒事はアリステラはまだしも、ロットンは何かと用事を付けて逃げ出しそうなものなのに。どうやら、わたしも参加せざるを得ないようですね」
「本題はここからだが」
「えっ、今の話し、前座だったんですか? あの、あなた、本当に一体何をしに来たんですか」
「もっと重要な話だ」
リンドーは出されたカップから手を離し、シャーロットを真剣な眼差しで見つめる。
「魔法使い『雷』シャーロット、お前に聞きたいことがある」
男の更に冷たさが増した言葉に、只事ではないと唾を飲み込むシャーロット。
「……天候を操るということだが、何をどこまで出来る? 雲を呼ぶのか? それとも体外の電力の元を使って? 師匠はどこに住んでいる? 呪文の詠唱速度で威力に差がある? 前魔王が改変した魔力式にどうやって介入している? その杖は意味があるのか? 魔法使いを志そうと思ったきっかけは? 魔法陣に魔法を写して他人が再現することは可……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。多い、多い。いったい何個の質問があるんですか?」
「数えるのが億劫になるほどはある」
「えぇぇ」
至って真剣な表情のリンドーが嘘を言っているのではないと感じ取るシャーロットはあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。
「魔法の研究の為だ。この世界の魔法使いは数少ないが、ヒト族の魔法使いは更に少ない。こうして情報が手に入った以上、徹底的に調べ尽くすのは同じ魔法使いとして、当然のことだろう」
「そうじゃない魔法使いも沢山いると思いますが……いえ待ってください。魔法使い? あなたが?」
「あぁ」
部屋の中でもとんがり帽を被っているシャーロットに比べれば魔法使い感は無いが、リンドーも濃紺のローブを羽織り腰には一応杖も刺してはいる魔法使いスタイル。
「今は魔法を使う事は出来ないが……ミーク」
リンドーの格好を再度確認したシャーロットだったが、疑いの瞳を向け続けていたので、リンドーは証拠を見せることにした。
台所でゴソゴソと戸棚を漁り、口にドーナツを咥えたミークが駆け寄ってきた。
「あなた、ヒトの家で何を漁ってるんですか」
「そんなことよりも、ミークを見て何か気付くことは無いか?」
「彼女をですか……いえ、背中に背負っている箱からどことなく不穏な気配を感じる以外にはさして」
頭の天辺から足の爪先まで、じっくりと見るシャーロット。
すると、突如、何かに気付いたのかカタカタと揺れ始めた。
「ま、待ってください! この少女はもしや、魔法生物ですか?」
「魔力が薄いこの世界において、魔法生物とは化石のようなもの。存在したことを知識として知ってはいますが、実際に見ることは殆ど出来ないと聞きます。そんな魔法界のロマンが、ヒトの形をして知恵を持って歩いている……」
「さ、触りたい。この神秘の塊に触れてみたいぃぃぃぃ」
魔法を探求する者のサガと言うべきか、さっきまで普通のヒトっぽかったシャーロットはいとも簡単に本性を表した。
しかし。
「ダメだ」
リンドーは、シャーロットがミークに触ろうとした、その手を掴む。
「ミークは生きている個だ。ミークに触りたいと言うならば、ミーク自身に許可を取るのが筋だろう」
「それはそうですね……ごほん、ミークさん。ちょっと触ってみてもいいですか。可能だったら、唾液の採取も、最悪、髪の一本でもいいですから……」
ミークの肌へと再度、伸びる手。
しかし、その手もミークに触れる事はなかった。
「待て、勝手に話し掛けるな。お前に不審者の疑いがある以上、保護者である俺を通して話をしてもらおうか」
「そんな! わたしは不審者じゃありません! どこをどう見たらわたしが不審者に見えるんですか!」
「今の言動、それに……その口から出ている涎は、どう説明するつもりだ」
「ハッ」
リンドーは立ち上がるとミークを背にし、シャーロットに向かい合う。
シャーロットの口からは香ばしい肉に刺激された獣のように、涎がポトリポトリと床に落ちていた。
「わたしは、いったい何をすれば、ミークさんに触れられると言うのですか!」
慌てて涎を拭いても尚、抑えられない欲望は、心の奥底からの叫びとなって現れた。
シャーロットの急変に動揺の一つも浮かべないリンドー。
リンドーの口元が僅かに動くと、リンドーは取引を開始した。
「ところで、先程話していた『祭り』についてだが、俺の予測通りに展開したとしても、どうしても最低ラインの三勝に一つ足りないんだが、どうすればいいと思う?」
「えっ、何の話ですか?」
大きく話が逸れたチグハグな質問に一瞬戸惑うシャーロットだったが、直ぐにその質問の意図を悟る。
「触れ合いの対価として、わたしに試合で負けろと言っているのですか?」
「そうは言っていない。ただ、第二試合にはこのミークが出場する予定だ。その試合に万が一、他の『黄金の誓い』の面々が出場したら、ミークが傷ついてしまうかもしれない。ミークを守れるのはお前だけ。そして、守り通せると誓うのであれば、今ここで不審者ではないと認めてもいい」
少し声を震わせるシャーロットに対し、リンドーは静かに言葉に返す。
「ハァハァハァ……舐めないでください。わたしは『試練に抗う者共』を代表する『黄金の誓い』の魔法使いです。こんな取引、認める訳には!」
「ほっぺた、触る?」
リンドーの意図を感じ取ったのか、ミークはトコトコとシャーロットの所まで近づくと、彼女の耳元にそう囁いた。
魔力で出来た甘い甘い声。それはシャーロットの体を大きく震わせ、
「全力で負けますぅ」
シャーロットがそう溶けたチョコレートのように、だらしない声を出してしまったのはどうしようもないことで、取引は簡単に終わった。
◇
「……八百長じゃん」
リンドーからちゃんと話を聞いても、答えは変わらなかった。
今も尚、舞台で倒れているメガネっ子が己の欲望の為に迫真の演技で、倒れているのだとすれば、本当に苦笑いをするしかない。
ツッコミを我慢していた分、他にも言いたい事は山程あるが、これだけは言っとかないといけないという事があったので、それをこの愚か者に伝えることにした。
「今の話、全部、お客さん達に聞こえちゃってるけど……大丈夫そ?」
闘技場一杯の観客席から聞こえてくる罵声と怒号。
それは、今の試合が八百長であったことを知ったという事実を意味し。
その発信源が、試合の実況と解説を観客に伝える実況席で黒い話をしていた、この隣の男の口からだということなのは簡単に理解できた。




