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その四

昨今の旧ジャニーズや吉本芸人らの性に纏わる問題と、そこから突き崩れて行く彼らの倒壊とを見るにつけ、ああ栄枯盛衰、栄枯盛衰だな、と何よりも感想のされることとはそれである。

時代の移り変わろうとする頃合いに、ただに忘れ去られるのではないもの、忘れ去られようと彼らのしないが為に顕現し続けるもの、顕現し続けようとするもの、の終焉とは即ち、このような顛末を持たざるを得ないのであろう。

私は次にそこへ立つものが、彼らよりも健全であるなどとは全く思わない。

健全さは、くるくると踊って回ったり、おどけてみたり、へぼい文章を書いたり等をして、人々から喝采を集めようとなどはしないものだと思う。

無論、これは思い込みに過ぎないのかもしれない。

いずれにせよ、悪があるのならばそれを悪とて責め抜いて行けばそれで良いのだと思う。

如何せんこの世の中は余りにも勝負の世界だ。

そうでは無いものを提供することも、世の中には常に求められることだろう。

世界が勝負の世界であるというふうに決め打ってしまうには未だ早い、し、きっとそれでは誰も生き残らないのだ。

 程なくして降りて来たマ希の初めに見たものは、何故だか腹這いになって海老反りをしている四人の子供たちであった。彼女は、うわ、と言って、それから、何をしているの、と訊ねた。すると、ピコがすかさず地に伏した。大ヘイはマ希へ無理に振り返ると、海老反り、とだけ口早に言って、又伸び出した。

「なんで、海老反りしてるの」

 マ希は訊ねた。彼らのしていることが海老反りであることは一目見ればそれと判る。初めから彼女の問いたいこととは海老反りという行為をし出したその動機であった。しかし誰も彼も何故海老反りをし始めたものか、彼ら自身でさえ今一つ判らない。それだからマ希の問いへは答えられない。子どもたちからすれば、ただに始まってしまった海老反りの始まってしまったというその為に海老反りは今しも続いてしまって居る、という訳である。彼らにとってこのことの正体とは本当にただそれだけなのである。

「ほら、ほら」

 大ヘイはそう言うと失敗した揚げ物のように反らせた身を固くして腹から揺れた。

 良ツも又、ほらほら、と言いながら、腹を支えに海老反りをしたまま前後に振り合った。

 ニッケリは彼ら二人のように柔軟したいのだったが、彼には筋力も関節の柔らかさも欠けていた。その為に彼は、彼らの基準の下にマ希へと見せてやるべき何ものをも体現することの出来ぬままに、ほらほら、とだけ言っては失敗をし続けて居た。

 だが、それだからと言ってニッケリはそのことの容赦ない自覚から彼一人悲しんでみるという必要などまるで無い。ほら、ほら、と呼び掛けられたとてマ希には、その行為の何処を見て、何を評価すべきものか、それらの一切が不明であったのだからだ。

 降りて来たマ希の手にはタッパー容器が収められていた。それを発見したのはピコだった。彼は、あ、それ何、と言うと立ち上がって彼女の方へ寄った。

 海老反りし続けて居る良ツは懸命に前後上下と身を振り上げながら、その容器の内に丸い形のものがいくつか入っているのを辛うじて見て取った。

 大ヘイが、何だ何だ、と言ってピコらに加わった。彼はその丸い何ものかを既に手に入れてしまっているかのような満足感を表情に差していた。

 食べ物だ、とニッケリが顔をくしゃくしゃとさせて言った。それが内に喜びを秘めて余りあるものだったのにも関わらず、彼の声質から投げ掛けられたその言葉は丸めたゴミであるかのようにくしゃくしゃとしていた。

 良ツも又、それは食べ物に違いないのだと思った。しかし彼だけは何れ居直るにしても今は未だ揺動をさせる海老反りの反復行為に囚われ続けている。

 マ希がとうとうぺたりとしたタッパーの蓋を捲って、彼らに中身を覗かして見せたその時に、良ツの身体は、ぐいぃんと、ここ一番の反り返りを見せた。

「うへ、うへへへ」

「何してんの」

 大ヘイは全ての骨の関節が外れてしまったかのように笑い崩れた。彼は良ツを指差しながら、そうして居ることで辛うじて彼という人を保たせつつも、肉体は脱ぎ捨てられたタイツのように力の抜けてしまって居た。

「ひひひひひ」

「ねえ、何してんのって」

 冷淡そうに訝しんでいるマ希を尻目に大ヘイは、

「見ようとしてる、見ようとしてる」

 と言って指摘した。彼は益々笑っている。するとニッケリとピコも遅れて笑い始めて、興醒めして居るのはマ希だけとなった。

 マ希は、全くこういうことでだけで面白くなってしまわれる子ども心というものが全然理解の出来なかった。子ども心と言うけれども、それなら私がもっと子どもの頃だったなら、どうだろう。今みたいにこの子たちと一緒になって笑って居られるのだろうか。

 そうして問うことをしてみても答えは中々彼女の内に現れては来ない。が、しかし結局のところこれは、男の子と女の子との差であるか、それか単に個人の資質差であろう、とそんなところを以てマ希自身に納得らしいものを促すに済めばそれで良いくらいのことだった。

 彼女は一緒になって笑い合いたいというような気分に先ず成られないマ希自身の釣れなさに、やや重たらしい彼女の現実というものの感覚を味わって居た。そこから彼女は不思議な否定の感情を覚えたのである。だがしかし、その否定の感情が一体何を否定しようとして彼女の胸中に芽生えたものであるものなのかも、マ希には皆目見当の付かないのだった。

「何これ、くだもの」

「そう、アメリカンチェリー。おっきいでしょ」

「へぇ、おいしそう」

 マ希は笑い合っている子供たちの中心で、それを一粒指に取った。彼女がそうするのを見た途端に、ぼくも、ぼくも、と集る子供たちがもう自然と彼女のスウェット越しに触れて来るのをマ希はものすごく払い除けたくなった。しかしそうする代わりに彼女はしゃがみ込むことで彼らの取り易いようにとタッパーを差し向けてやった。

 次々に啄んで来るたぷたぷの肥えた雛鳥のような小さな手つきが、マ希の眼には可愛らしくも見えて来る。生きた香りを放つ甘い果物の取り出されるその度に、彼女の鼻先をその気分の良い芳香が掠め去って行った。

 よくよく見れば、子どもたちの顔つきもが又果物のように生きた新鮮さを解き放っている。それが彼らに特有の、永遠にしたい若さなのである。果たして、そうと思えばそのようにもふと思われるのである境地に自らの在る、という事実は、マ希のことを閉所へと追い詰めるようにしてその胸をきゅっと締め付けて来た。私は、おばさんだ、とマ希はつい思ってみる。それは事実ではないと彼女自身にでも判っている。だが人の続いて行く限りにある若さということの際限ない入れ替わりは、大人に成り行くという誰にでもある変貌の時を彼女へと強く予感をさせて、するとマ希は子どもたちとはひどく隔絶してしまっている彼女自身という存在をそこに実感しないでは居られないのだ。

(これはまるで餌付けじゃん)

 マ希は思った。尤も、直感の迂回をし切られない母性へと、それでも彼女なりの抵抗としてどうにかそう思うように思われたのである彼女の内心は、誰とも知れぬ何ものかへとする、諧謔のような言い訳なのだった。

 海老反りの少年は未だ、無性に海老反って居る。マ希はそんな様子を不可解なものとして、きょとんと見ているふりをして居る。ふりである。本当は彼女の心根へと不愉快にくすぐりかけて来るその様が、物欲しそうな少年のシャイの現れだとマ希には判って居る。

 一目見た時から、彼女は良ツのことが気に入らない。その理由は恐らく、彼女の心根というほどの深いところに在る為に、中々マ希自身でさえ判ろうとして判られるというものではそれはなかった。が、確かに一目と見る度に、彼女の内側は彼へと向き合う磁石のような反発を感じている。向き合えば向き合うほど反発はマ希の内を立ち起こり、そうして彼女は良ツへの憎しみに顔を歪めることをすらしたくなる。顔が白いから、シュウマイみたいだから、それだから何だかむかつくのかと彼女は理由を探してみる。だが、それだけでは無さそうであるということは、彼女ももう判って居ることだ。シャイそうで、しかしその割には剽軽というか、随分と突拍子のないような感じがして、自由で、後始末のないような少年の感じ、それが気に入らないのだろうか。しかしそうと考えてみれば他の三人にしたところで、今あげつらったような憎たらしさをなどはそれぞれにある特徴として多かれ少なかれは現れ出ているものだというような気も彼女にはする。だからマ希は、そんな少年的な気質が普遍的なもの、即ち丸や四角や三角のような形として混交をし、そうして彼らを形成しているその形成のされ方にこそ固有の嫌味を見て取って居るのかも知れなかった。

 つまり結局のところマ希は、良ツという固有の形が気に入らない、良ツという少年のその人間が気に入らないのだと結論をしてまた振り出しに戻るのである。

 ふと良ツは立ち上がった、と思うと又海老反ったのでニッケリが、ねえ、さくらんぼあるよ、と声を掛けた。すると良ツは更に頑張って海老反って、投げて、とそれから言った。

「ははは」

 笑い出したのは大ヘイである。よしよし、と彼は言うと、タッパーから一粒を摘まみ出して狙いを澄ました。唐突にして人間アシカショーは始まったのである。

 良ツは踏ん張りも効かせ続けることの出来ず、一度くたびれてはまた、ふん、と息を一吐きして反り上がり、大ヘイの手の内に集中をし、そうして再びくたびれた。

 大ヘイは未だ始まったばかりである短いその人生の内にも元来から意地悪な性質をしていない。それは彼らほど気安く交友を交わし合うのではない間柄に於いてでさえ直ちにそうと感想をされるほど、生まれ持って彼に現れ続ける徳のようなものだった。そのような彼は良ツのしようとすることへと忽ちに同調をして、彼の目論見をなるべくなら成功させてやりたいのである。従ってチェリーは柔らかに、良ツの三度振り上げた上体へ向かって軌道高く放られた。

 チェリーは良ツの額へぶつかった。あ、いて、と良ツが頓狂に言う。するとニッケリがすかさずに笑い出して、大ヘイも、あっ、と悔しそうに、しかし笑みの絶えない呻きを漏らすのだった。

 そこでピコが良ツの隣へと滑り込んで来た。

 その勢いが良ツにはすごかった。

 本当にピコは、鋭く全身を投げ出すことをして、雪上の橇のようにして滑り込んで来たので、良ツは彼と激突してしまうのではないかと感じて思わず全身を強張らせた。

「次は、おれだ」

 普段の良ツからすればこのように普段でないピコに対して鬱陶しいような彼の輝き方を感じたであろう。そうして内心ではそれを嫌がっただろう。

 しかし良ツにしたところが彼自身、普段通りでは中々に無かった。少なくとも彼はそんなに海老反ることをしない普段からすれば明らかに短時間の内に海老反りし過ぎて居た。身体があちこちと痛いようである。息も上がって、目の前が少しだけ暗いような気もして来た。その為に彼の普段、誰彼問わずつい張り巡らせてしまう対抗意識というものがこの時には良ツの内に希薄であった。或いはすごすごとしてその場を逃げ離れたようにも見える良ツはそうして立ち上がると、憂い目のまま手前へと跳ね落ちたチェリーを拾い上げた。

 彼は社宅の雨どいを伝わしたように太く垂れ落ちて来る雨水の流れへとそれを浸し洗った。洗われたものが彼の指の先端で艶やかに光っている。良ツからすればそれは決して鬱陶しくはない輝き方をしているものだった。

 良ツはふと首を上げ、天を仰いだ。そうしてしとどに濡れても尚、濡れそぼたずに撥水するチェリーを摘まみ上げた。その時、わっ、と華やいだ。

「すごい、出来た」

「すごい、すごい」

「すごいねぇ」

 見てみると、後ろ手に海老反って居るピコが口をもごもごとさせて居る。ややそそっかしくして異様に蠢く口中から、やがては裸の種が吹き飛んで来た。すごいねぇ、と言ってマ希は、得意気に立ち寄るピコへと拍手をして出迎えた。すると大ヘイもニッケリも、彼女へと引き続いて彼に拍手を送った。ただ一人良ツだけが未だ、上手く事態を呑み込めてはいないように仰向かせた首を戻した。

 やがて、え、出来たの、と呟くように彼はピコへと問うたのだったが、ピコは少しも良ツのことは見向きもしないで、マ希へ何ごとか一生懸命に話しかけて居た。この成功の弾みから表彰台に上ったような気持ちでいるピコの高らかな位置からすれば、表彰台はおろか失敗しておどけてさえいたのである良ツなどは今は存在しないも同然だったのである。

 こんな時には人一倍敏感であるはずの良ツだった。そんな彼がしかし、それほどまでには気遣わずに今もただぽつ然と佇んで居られるということは実際、不思議なことなのかも知れない。だが、彼にとって自明であることとはとにかく、海老反りの体勢をしたまま投ぜられたチェリーを口で上手に捕まえるということよりそれをするのを失敗した角でみんなから笑われるということ、その方こそが未だ彼にとっての目論見だった、という内的の事実である。それだから良ツは、この時ばかりは彼の負けん気に悔しい色を染め抜かずに済んで居たのだ。

 彼は殆んど平然として居る。殆んどだ。何も感じないという訳ではないが、取り立てて周囲へ申し述べたいというような激しい感情とは依然、無縁だ。敢えて言うのなら彼の内を束の間住まうものとは寂しさだけである。だがその寂しさとて謂わば彼のチェリーのように冷ややかに澄んでいるのである。

 良ツは再びごく太い水の流れへと彼のチェリーを通した。そこで洗われている心臓のようなものが溌剌として赤かった。青空に日を見るような快晴の時であれば、彼は眼を細めることをしてそれを太陽に透かしてみようとしてみたかもしれない。彼の内に、良ツ自身では気付かれない、彼の若い土の上をきゅっともたげる新たな感動が萌していた。良ツは洗い出したチェリーが再び水を弾いて汗ばむようにしているその円な表面へと見入る。少し、それが不思議なものだとも彼は感じたか知れない。皮に粒付いたこの水玉が果物の身の中身のほどに甘いような気が良ツにはして来た。それは本当に、未だ幼いのである彼にとっては本当に、そうなのかも知れないではないか、やってみれば良い、良ツは再び天を仰ぐと、摘まみ上げたチェリーを口へと運んだ。

 さて、それからマ希だけが気付くことの出来たことがある。

「きのうの特ホウ王国、見た」

「見たよ」

「イカみたいなやつ、見た」

「イカ?うーん、わかるよ。でもあれイカみたいじゃないよ」

「こういう、こういう、ふわふわしたやつ」

「わかるわかる」

「あ、見たの、あれ」

「虫みたいなの」

「でもあれ、泳いでたでしょ」

「虫だって、泳ぐ虫もいるんじゃない」

 と彼らはあれ、今は歪な車座の内に置いて取り易くしたタッパーへ各々手を伸ばすと、そうして皆が皆、天を仰いで大粒のアメリカンチェリーを頬張っている。マ希はそれを余所者のように眺めて見ているにつけ、これは変だ、とつくづく思った。

(なんでみんなして、わざわざ上を見ながら食べるんだろう)

 始めに良ツがそれをしたのを彼女は目撃して居た。それから大ヘイが続き、ニッケリが更に次いで、ピコまでもがそれをした。皆、上向いてチェリーを頬張って居た。天仰ぐ首の上向きは、確かな浸透性を以て彼らに伝染している。

 マ希は腹の方から一匹の小さな金魚のように浮かび上がって来る、軽い笑いの空気圧を感じ出した。或いは湯船の中でする小さなおならのように、彼女の笑いの一泡はぽこりと上面に立ち昇って来た。マ希は黙って見ているので良いのだと思ってそこは慎んで居たいのだった。が、ふと圧せられた不意のことに破れて、そうして、ふふ、と笑みを溢した。

「ねえ、おねえさん、見た」

「え、何を」

 マ希は訊き返した。そうしてマ希の見たの見てないのと答えようもないその瞬間に、目前の子どもら四人が俄に沸騰した。忽ちにマ希の耳の中は、惨いほどにけたたましく嬉々とした大叫声、ただそれだけに埋め尽くされた。ややもすればその身体も彼らの解き放ちやる盛大な音量に臆して反り返りそうに成った。彼女は素早く、どうしたの、と言った。

「あのね、すごい、聞いて、すごい」

「マジですごい」

 それからぴょんぴょんと跳び跳ねているピコが、やぁばぁい、とがなり立てた。すると大ヘイもが、やぁばい、と同調をする。にこやかな花花はそこかしこを咲き乱れて居るのだ。

「ええ、でもやばくはないんじゃないの」

「違うよ。お前わかってないなぁ。これはもう、やばいんだよ。や、ば、い」

「いや、さばい、さばいまでもう行ってる」

 すると、さばい、と四者四様に言われるように言って叫ぶという同調から転じて、事態説明の方々よりマ希へと次々に繰り出されて来るというその目まぐるしさは、マ希をおろおろと狼狽えさせてしまうほどだった。

「ちょっと、待って。落ち着いて」

 と彼女の宥めてみても、すると黙する一刻から間も無く、四人の圧倒は再び堰を切って来る。マ希は自身が彼らに因って押し流されるか、彼らに因って振り回されるか、或いは彼らに因って手掴まれた四肢を引き張る力で好き勝手に千切り取られてしまうか、といったような迫力をそこに感じ取る。

 思いがけずもふと恐ろしいのだ。しかし同時に彼女はもう腹の方から小分けて来る貧しさからは遠退いて、豊満な笑みを象る表情をその全身に目一杯感じても居る。みんなの笑顔が太鼓判のように全身だ。すると彼女は思いがけずも、そうと認めざるを得ぬ感慨と共に、ふと、楽しくなって来ていた。


 マ希は、はい、はい、と言って、手を振り上げた。先ず発言をする機会を彼女は、四人の揃い踏みをして方々に砕け散って見えるその怒涛を掻き分けることで獲得せねばならないのだからだった。果たして、はいぃ、と三度に渡り、振り上げて小さく跳んでみることをさえした彼女は、ようやく事の変化に勘付いて来た彼らを押し止めることに成功した。それから彼女は、代表選出を彼らへ求めた。四人が一遍に話すのでは、休日には日がな一日、母の小型ラックから漁り出したカセットテープで音楽を聴いて過ごしてしまわれる彼女の耳を以てしても、それぞれの無闇矢鱈な話法の開陳から彼女の判る意味を掴まえることは不可能なのだからだった。さて、マ希のそうすると、先ずはピコの口からころころと転がり出した。それがまるでルール違反であるかのように見咎めて口を挟んだのが良ツであった。大ヘイは腕組みをしながら悠然としてみせているが、その実はただ誰か話し始めるのを待って、それへ相槌を打つようなことをしてその秘密裏に件の話題へと自らを乗り込ませて行こうと考えていた。しかし、ピコと良ツとの間に彼の思いがけない鋭い言い合いが飛び交い始めて、大ヘイの当てはずっとの間外れ続けた。そうなると本意でないのは大ヘイだけではない、それはマ希にせよ、である。ちょっと待って、喧嘩はしないで、と彼女は眼を剥いて言うと、手で二人の間を抑止した。でもおれが言い始めたんだから、とピコは譲らず、じゃんけんだ、として良ツも譲らぬその決闘は、それが口喧嘩としては力量の同程度に互いが収まり合っているというその為に均衡を保ってしまって、マ希は宥めすかすのに手こずった。この勢いの余り、危ぶまれることは一つ、どちらかの手がついに出てしまうことだと彼女は感じる。そうすると本当に戦いの火蓋は切って落とされてしまうのだから、彼女も気が気でない、と、また彼女は大人びた整理をして、そもそもこれを語るのに相応しいのは誰なのか、を彼らへと訊ねてみた。すると、四人の並びに少し離れて端こい所を佇んでいたニッケリが、全部ぼくが教えて上げたことじゃんか、と不服そうに意義申し立てをした。マ希はこの時になって初めて、よくよくニッケリのことを眺めてみるのである。まるで気が付かなかったがこの子はあの一軒家の子よりももっとトロくさそうだ、と彼女は思った。それでつい好みのものへと働いて来る生理の真逆から、マ希はニッケリのことを無視したくなる衝動に駆られた。しかし、それでは全てが元の木阿弥なのである。その為、彼女は大人らしくしてその話をするのを彼へこそ促してやるべきなのだと考え、思い改めた。そうして差し向けた手で、それじゃあキミ、と促してやると、そうした傍からニッケリの頬が赤く染まってしまった。まるで舞台照明に照らし出されて上がってしまった様子のニッケリは、恥じらう余りの初々しいそのままで黙した。ちっ、と舌を打ったのはピコである。何なんだよ、と思ったのはマ希である。ニッケリ君じゃ喋れない、と即断したのは良ツであって、彼はかねてからのじゃんけんをこの際に再び所望した。すると今度は大ヘイが、ねえ、みんなで順番で言えば良いんじゃない、と新たな解決策を提案した。それが良い、と良ツは眼を輝かせて反応した。ピコは、それでも不服そうだった。そんなの変だよ、と彼は呟いた。そんなの変だ、と余程に思うのはマ希である。が、彼女は彼らの話したいという欲求がそれで平等に、各々で発散をされそうであるというその点に手堅さを感じて、良いじゃん、そうしよう、と皆に訴えかけた。果たして、面白い、と良ツは一声すると、それなら順番はじゃんけんだ、とあくまでも譲られぬ彼の一線を明示して応えた。が、これに呆れ果てたマ希は、じゃんけんなんかはめんどうくさいよ、と口早に言うとそれから、左のキミ、と指を差して大ヘイへと促した。するとこれは意想外であった者らはその場に居合わせた全員である。そうして差された大ヘイもがニッケリのように恥じらい出したのだ。皆はやきもきとした。大ヘイは、えっ、とまごついて言うと、こと改めている気恥ずかしさからまた彼自身で不自然にも思われるような問いかけ方をして再び、えっ、と言う。それからどうにか彼は、おねえさん、特ホウ王国って見てる、と訊ねることをした。マ希は、特別熱心にはそれを見ていないことを彼らへと伝えた。だけれどウッチャンナンチャンのことは好きだ、とも彼らへと伝えた。するとこれに反応をして、ぼくも好き、と言ったのは良ツである。へえ、とマ希は彼に応えた。皆は大ヘイの継ぐであろう二の句を待っている。しかし、大ヘイが何も言い出さないのでマ希は、それならじゃあ次、と言って隣に居るピコを指差した。ピコはそのテレビ番組内で、と或るごく小さな生き物の紹介されたことを話した。イカ、いや何だろう、エビみたいな、本当に小さなやつで、田んぼの端にいるんだよ。ピコは丸めて、これくらい、とその生き物の大きさを指で示した。マ希は知らなかった。勿論マ希は今目前に揃った子どもたちのほどに彼女の幼かった頃にも、自ら田んぼの中へと片足をでも突っ込んでみようとなどと思われたことなどは一度たりともなかった。この子どもたちはそうではない、ともなれば、とそのように段階を踏みつ思って見ている内に、汚いな、と思えば更に思われるものである、泥土にまみれた汚いものの四体がずらりと並んで溝くさい臭いをぷんぷんに漂わせて居る。果たしてそうと信じ込んでしまわれれば現実にも然もありなんとて雨に濡れそぼった四人の並びから遠ざかりたくなるような不潔さをマ希はその肌に感じ始める。すると良ツへの嫌悪感がいや増した。それだからマ希は、はぁい次、と言って彼を一人飛ばし、ニッケリの方を指差した。良ツは仰天した。マ希は彼へ何も言わすまいとしてすかさず、だってキミはさっき、順番を待たないでウッチャンナンチャンが好きだって喋ったんだからそれはズルだよ、一個飛ばし、と言った。良ツは、それはぜんぜんちがう、と言い返した。この驚きの下にじたばたとさせている足裏で、地球の全てのことを破壊し尽くしてやりたいくらいに彼は悔しい。マ希は、良ツのそうして怒って見せれば見せるほど、彼女の内に高揚をする奇妙なものを更にと高めて行った。その高まりに応じるように普段沈静しがちで、妙に腹の底からのマ希のその声もが溌剌として高まった。ピコと大ヘイとは互いに見合う顔をにや付かせている。女王さまだ、女王さまがいるぞ、と彼らは囁き合った。殊に大ヘイのつい嗄れさせて言った土を刮ぐような、いるぞぅ、という囁き方がマ希の気に入った。彼女は益々と増長をして居るのだ。だとしても精神のはち切れる訳には行かれぬのだから、余らしたものを彼女は空気砲のようにしてふんだんに笑い飛ばした。それが益々と彼らへ可笑しみを呼び付けた。果たして、このように笑声の溢れる中で彼の緊張も解れたのだろう、ニッケリはふいに気安そうにマ希へと話し出した。あのねぇ、そのエビみたいなのがあっちの田んぼに居て、クルマ谷くんと前につかまえたんだよ、それで今度クルマ谷くんが、なんとね、と言い、それから、わっと賑やかになった彼渾身の表情が見る間もなく力の抜け去った行ったのは次の発言の為にである。

「クルマ谷くんが、特ホウ王国に出るんだって!!」

 しかし言い放ったのが誰なのか、ニッケリには判らなかった。良ツであるような気もしたし、ピコの声にも似ていたが、大ヘイであると思うことも尤もらしかった。一方でマ希は、へぇ、とだけ思いながら、そう思われる程度のことでそれがあったのだとしても、努めて子どもたちへとはその意に添わせるように努めた。しかし、驚いたふりをしてみるとすると存外にそれが満更でもないのだともマ希自身で思い直されるほどに彼女のその驚き方は自然だった。うっそぅ、すっごいじゃんっ、と彼女は言ったのである。確かに、すごいことなのだ。少なくともそれは、食卓に上り得るくらいの話題なのである。何であれば放送日には普段は見ないその番組を見てみて確かめてみることをすらマ希はしてみるだろう。無論、クルマ谷くんと言われたとて彼らの呼ばわるそれが誰であるのかマ希には判ろうはずもない。しかしなのだとしても或いは、この近所で日々戯れている子どもたちの内の彼がその一人であるのならば番組を見てみることをすればそうして、ああ、クルマ谷くんってあの子か、と彼女でも得心することのあるのかもしれない。仮にクルマ谷くんとやらがマ希の見知らぬ子供だったのだとしても、この辺りで捕れたという生き物へフォーカスをして番組の構成されるのであれば、必然的にそれは、この辺り、を舞台のようにしてテレビカメラの奥に映し出すことをするだろう。テレビの中に映り込んでいる彼女の生きて来た町を、忙しのない泡沫の明け暮れに見てみることをマ希は望み始める。きっと特別な気持ちにわたしはなるだろう。マ希は膜の閉じた泡沫に故郷を覗き込むような郷愁を前借りして、残り少ないここのところの日々を過ごして来ているのだ。それだから彼女はどうしても心にだけ形を成らしめた故郷の儚さを眼にも見さしたいという宿命染みた欲求を抱いた。それは写真ではいけない。写真は秘密だと思う。テレビの内に生々しく動いている町の風景のそこかしこを見て取りたい、または反って彼女たちの生きて来た仄かな徵を無数の見知らぬ人たちに見て取らせたい、そうしてそれが彼女を遂にあちらへと送り出してくれる晴れがましい公的の記念となるのだ、とマ希はそのようなことをまで突き進めて感じた。詰まるところ彼女は、彼女の生きて来た、ということの仄かにも何処かの誰かへと見せびらかすことの出来るのならば、それが一つ心の励ましとして彼女へと静かに働き掛けてくれるというような気がして居たのである。

 マ希はほんの僅かの間、彼女の眼を閉ざした。心は変わる。また変わる。そんな実感の静かな瞑想の内にしかし、まるで彼女の心を外ともするかのような、周囲の気配の静まり方を彼女は察知した。眼を見開いた。

「おねえさん、泣いてるの」

「えっ」

 マ希は思わず手をやった。それから彼女は直ぐに自身が泣いてなどは居ないと判った。仮に泣いて居たのだとしても、現にそう言ったのと同様に彼らへとはこう言っただろう。

「なんで、泣くわけないじゃん」

「ええ、本当かな」

「なんで、泣くとこないじゃん」

「でも」

「ねえ」

「なんか」

「ねえ」

 となんとも浮わついたような笑みをいくつか触れ合わせて居るような彼らのことが、マ希には憎たらしいように、愛らしいように感じられて来た。

「ちょっとムカつく。泣いてる訳ないじゃんっ」

 とマ希は言って、それからふと彼女は思い付いたようにぱっと拳を振り上げてみた。

 すると、待ってましたとばかりの子どもらが、お仕置きだぁっ、と喚き始めた。それから、やめてぇ、助けてぇ、等と彼らは言い放ちながら、通用口の辺りをころころと転がり始めた。

 それをパンダの飼育員のように軽く追い回してあげるのであるマ希にとっても決して億劫なのではない自然な楽しさが、彼女の心へと緩やかな拍車をかけていた。彼女は、どれだけ逃げ回るような素振りを見せるのにもせよ、その実は早晩打たれてしまいたいのである彼らへと一つ打ち、一つ打ちとして、順次に嬉しそうな悲鳴を上げさせて行った。

 五人は狭小な社宅の内側で、それに賑々しく孕まれて居る。出るとも入るとも付かぬ去就曖昧なその通用口に間延びをして、彼女たちはふいに鳴り始めたピアノの音を聴いた。

 マ希はゾウくんであろうと思った。

 マ希ほどに得られる確信もないながらに良ツもまた、ゾウくんなのかもしれない、と実は思った。

 彼の家がアコーディオンを譲ってくれるという際にそれに付いて行った良ツは、ゾウ家の一室の隅を深く鎮まっているようなアップライトピアノを見て居たからである。それだから以降、時に彼の耳へも届いて来るピアノの音の聴かれるその度毎に、良ツにはゾウのもの静かな表情が思い出されて居た。

 音は時につんのめりながら、前へ進もう進もうとして繰り返されている。行きつ、戻りつとする練習の反復も、それ自体が次第に次のパートへ、次のパートへと、上達と深まりとを遂げて行きながら、歌われるそのものを推進する。しかしながら、再びだ。ゾウのものであろうその手は未だ彼には及び付かぬところで右往左往とするばかりなのである。

 彼女たちは耳にしていた。鳴り始めたのである時、それは特に聴かれた。だが鳴り止まぬのであると判った時、彼女たちはもう聴いては居ない。五人はただピアノの音と合する恰かもの一つであるかのように、それぞれの居場所を賑々しく打鍵し続けたのだった。

次回、最後です。

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