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第3章【3】

 ロザナンドはロレッタ・カルロッテが勇者になることを知っているが、イェオリの報告では、勇者選抜には時間がかけられているらしい。勇者が決まった際には街中に報せが出ると思われる。人間の王宮は、魔王討伐という功績でその軍事力と威厳を誇ることになる。魔王を討伐したと民に告知するには、その偉業を達成した勇者が誰であるかを宣言しなければならない。勇者が決まれば、すぐにイェオリからの報告が入るだろう。

 ロザナンドは情報屋として街に潜入するため、人間に流す情報を吟味していた。執務室に通すのはもちろんユトリロだけだ。自分が何をしようとしているか魔王に気取られるわけにはいかないのだ。

 遠慮がちなノックが聞こえるので、ロザナンドとユトリロは話すのをやめる。どうぞ、とロザナンドが応えると、アニタが顔を覗かせた。

「よろしいでしょうか」

「うん。何かあった?」

「はい、ご報告がございます。……魔王陛下にはまだお伝えしておりません」

 アニタの真剣な表情は、それが偽りではないことを証明している。魔王に報告する前にロザナンドの指示を仰ぎに来たようだ。

「聞かせてくれ」

「はい。人間の国では、軍隊が組まれている様子がありません。勇者を“選ばれし者”として数名で乗り込んで来るものと思われます」

「勇者パーティだけで挑んで来る、ということか……」

「おそらく。勇者選抜には『聖なる力』と言われる魔法のような仕組みが使用されています。その『聖なる力』を宿せば、数人で魔王陛下を下せると思っているようです」

 それはロザナンドの持つ情報通りだった。勇者は特別な「聖なる力」を持っている。それを用いて魔王を討伐する。シナリオではそれで魔族に勝利することができるのだ。

「舐められたものですね」ユトリロが顔をしかめる。「その聖なる力はどれほどのものなんだ?」

「過去に聖なる力により魔王を下した実績があります。ただ、聖なる力は数年に一度、生まれるか生まれないかという不確かな力のようです。聖なる力がなければ、人間は魔王陛下と対等に戦うことはできません。その程度の実力ということです」

 魔族と人間では、大きな戦力差がある。魔族の保有する魔力は、人間の魔法使いの保有する魔力とは比べ物にならないほど強力だ。そのため、特別な力を持つ勇者でしか対抗できないのだ。

「ただ、人間は魔族の情報を集めることに苦戦しているようです。こちらに侵入できた間者はいないようです。ですので、賊を送り込むような強硬手段に出るしかなかったのです」

「それも捨て駒に過ぎなったわけか」ロザナンドは呟く。「むしろ哀れに思えてくるな」

「魔族と人間の実力差は歴然としています。それでも『聖なる力』は戦いを挑めるほどの力のようです。先の二組の賊からこちらの情報は多少なりとも漏れているでしょう」

 ふむ、とロザナンドは顎に手を当てる。強硬手段に出たからには、少しでも情報を得なければ意味がない。捨て駒だったとしても、情報を伝えるだけの手段は持っていただろう。その報酬で買った賊のはずだ。報せ鳥くらいは出せただろう。

「わかった。このことは父には報告しなくていい。父のことだから、先手を取るためにすぐにでも軍隊を組んで殲滅に向かうだろう」

「承知いたしました」

「ありがとう、アニタ。良い情報を持って来てくれた」

「もったいないお言葉ですわ」

 アニタは安堵しているように見えた。ロザナンドの心証を良くすれば、両親の安全と健全な暮らしが脅かされることはない。ロザナンドは両親を人質にアニタを脅したいわけではない。アニタが良い働きをしてくれれば、それでいいのだ。

 アニタが執務室をあとにすると、ロザナンドはユトリロに問いかけた。

「人間はなぜ魔王を討伐しようとしているかわかる?」

「は……」

 ユトリロは答えに詰まる。そこまでは考えていなかったようだ。

「わからないでしょ。父は冷徹で凶悪な者だが、何もしていない人間に危害を加えるほど愚かではない。それでもこれまで、人間は何度も魔王を討伐している。それがどういう意味かわかる?」

 わからなかったとしても、ロザナンドがユトリロを責めることはない。それはユトリロにもわかっているだろうが、自分の考えをまとめようとしているようだ。

「人間は魔族を敵視しています。人間にとって、魔族が脅威であるということでしょうか」

「そうだね。聖なる力が宿るたびにそれを頼りに魔王討伐に向かって来る。人間にとって脅威になる可能性のある魔族をあらかじめ排除する。それが人間の戦いの理由だよ」

 魔族も理由なく人間の街に攻め入る必要はない。魔族が束になれば、たとえ王都であろうと陥落させることはそう難しいことではない。人間はそれを恐れている。いずれ魔力がそういった行動を取ると警戒し、危険な芽をあらかじめ摘んでおくということだ。

「普通に戦えば敵わない相手だけど、聖なる力を宿しただけで勝算が見えるようになる。だから、聖なる力が生まれたときが人間にとって唯一の好機なんだよ」

 ゲームのシナリオでは、設定上、魔王討伐に向かうのは当然のことだった。だが、魔族による被害が出ているとは一言も語られていない。魔王の息子に生まれたいまだからわかる。ゲームでは語られない理由があったのだ。実際にそういった想定でシナリオが作られたかどうかはロザナンドにもわからない。魔族が人間を迫害しているわけではない現状、千里眼ではそんな理由が見えた。そのため、人間と戦うわけにはいかない。『聖なる力』は魔王を討伐し得るだけの強大な力だ。魔王を失い、ロザナンドが残った魔族を率いて人間の国に反撃に出る。そうして、魔族と人間は泥沼の戦争に突入する。

「殿下はどうされるおつもりですか? 戦いに来させるわけにはいかないのですよね」

「人間の魔族に対する敵意をどうにかできれば理想的だけど……」

 ロザナンドは、もうひとつだけ気になることがある。それは早々に確かめなければならないことだ。

「少しのあいだ、ひとりにしてくれる?」

「かしこまりました」

 ユトリロは恭しく辞儀をして執務室をあとにする。いちいち理由を問わないあたり、ロザナンドへの忠誠心は確かなようだ。

 ロザナンドは左目の眼帯を外す。

 ゲームにはロザナンドのルートもあった。その場合のシナリオがどんな物語だったかを覚えていないのだ。千里眼なら何か見えることもあるかもしれない。

 静かに瞼を下ろし、左目に意識を集中させる。断片的な映像が脳内に流れ込む。

 ロザナンドはヒロインと手を取り合い、魔王討伐に向かう。ロザナンドは魔王を裏切るのだ。魔王の息子という設定上、攻略難易度は高いはずだ。そもそも隠しルートである。その条件がどういったものだったかは覚えていないが、簡単にできることではないだろう。

 ヒロインに攻略されたロザナンドがいなければ、魔王を失った魔族が人間に報復に出ることはない。戦いは魔王戦だけで終わる。泥沼の消耗戦が始まることはない。現状、最も平和的な結末だろう。ロザナンドは魔族の生き残りに追われることにはなるだろうが。

 だが、魔王を討伐されロザナンドもいなくなった魔族に残っているのは滅亡の運命だけ。魔族は破滅することになる。それは魔族にとって不利益でしかない。泥沼の戦争を回避することはできても、魔族の破滅を導くことになっては意味がないのだ。

 ヒロインがロザナンドルートに入ることは阻止できるだろうが、戦いを食い止めるのは情報戦にかかっている。

(……聖なる力を奪えれば、あるいは……)

 ふとそんな考えが脳内に浮かんだ。勇者パーティに聖なる力が与えられることを阻止できればそれに越したことはないが、勇者選抜が完了し次第、その力は即座に与えられることになるだろう。そうであれば、あとはその力を奪うしかない。現状の自分にそれが可能かどうかは判然としないが、それが可能となれば戦いを回避することができるようになるかもしれない。

(チート能力を使えばどうにかできるか……?)

 まだ自分の能力を完全に把握しているとは言えない。戦争を回避するための手がかりが、まだ自分の中に残されているかもしれない。それを検知するのも千里眼の役目だ。与えられた能力は存分に活かさなければならない。

 なんにしても、まずは情報が必要だ。何も知らないうちはジタバタしていても意味がない。そのためには、人間の街に行くことが必要不可欠だ。のんびりはしていられない。勇者選抜が終わる前に、何か手を打たなければならないのだ。





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