五章 不忘蔵王と蒼極天の神 8
『屋上を発生源として巨大な暴風を観測。風速は現時点で計測できていません。台風。では表現が足らない程の速度で大気が渦巻き、空間が捩れています。……これでは人知を超えているどころか世界の有様すら歪ませかねません』
「やっぱりあそこなんだな」
携帯電話で水奈からの連絡を受け、あたしは九王ノ宮の校舎へと足を向けていた。
あの工事現場はイルカに任せてきた。
あのまま放っておくわけには行かないし。
正直ここまでになるとは思っていなかったけれど、きっと彼女なら上手くやってくれるだろう。
あたし一人がユイガを見つけ出して、それで何が出来るか解らない。
……なんて思っちゃいない。
水奈じゃダメだ。イルカでも無理なのだろう。
たぶん、あたしにしか出来ない事がある。
そう、あたしが行かなきゃいけない理由がある。
あたしは仰ぎ、通い慣れた通学路の上にある山を見る。
だが、そこに泰然と佇んでいるはずの近代的な造りの校舎は、しかしあたしの視界には入らなかった。
そこにはただ、テレビでしか見た事の無いような巨大な竜巻が轟々と渦を巻き、周囲の木々をなぎ倒しながら存在していた。
「つーてもねぇ……」
学校の敷地内へともう一歩というところで、ついにあたしの足は阻まれた。
いや、そりゃまず間違いなくこうなるだろうって思ってたけどさ。
『ォォォォオオオオオオォンンンン……』
聴いた事も無いのに亡者の嘆きを連想させるような音を立て、風が、いや、巨大な鎌のような刃が大地を削り取っていた。
巻き上げられた大地が土くれとなって猛烈なスピードであたしの顔目掛けて飛んでくる。
必死で頭を倒した。
走る激痛、その後に来る生暖かい感触が頬を伝う。
やばいよこれ! 予想以上に痛いよ!
「ふぅ~~……」
目の前にはいくつもの巨大なギロチンが、獲物を待ちきれずにただ下にあるだけの大地を深く深く抉り取っている。
脳みそに酸素を入れて気を落ち着かせる。
うん、頭が冴えて来た!
「ぃよっし!」
意を決して連装ギロチンへと足を踏み込むあたし。
『ドグシャァァァァアンッッ!』
……あ、今、車のハンドルっぽいのがすっごいスピードで飛んでって看板突き破ってった。
しかしざおうはきょうふでみがすくんでうごけない!
「ふぅぅぅ~~~~~……」
落ち着いて落ち着いて。
深呼吸深呼吸。
考えろ。考えろ。考えて。考えろ。
今あたしに必要なのは何だ?
今あたしに必要なのは、この刃を受け止める盾か? この刃を消し去るような能力か?
それとも、この刃の中を突き進む事が出来る勇気か?
違う。どれも違う。
今あたしに必要なのは、この刃を受け止める盾じゃない。この刃を消し去る能力じゃない。ましてや、刃に立ち向かう勇気でもない。
そんなものが今すぐに準備できるのか? そんなもので本当にここを突破出来るのか?
そうさ、あたしに今、一番必要なものは――。
目前には暴風の壁。暴風の城。暴風の牙。暴風の顎。
その中には、人を守ると、街を守ると言った『正義の味方』神ヶ崎ユイガ。
あたしは、ただそれだけを信じて、咆哮をあげる大気の刃へと足を踏み込んだ。