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3.母


「それで、どうなの。できたの?」

「できてません」


 アンヌはうなだれ、姉は目をつり上げた。


「どうして? 役に立ってるじゃない。黒ヒゲが見境なく保護する犬と猫。あなたが世話してるんでしょう?」


「まあねえ。犬猫のことなら、任せてよ。今ならどこの貴族の犬猫世話係もきっちりできるわ」

「そんな呑気なこと言ってる場合? なんなの、黒ヒゲはまだ納得してないの?」

「いやーそのー。だって、ジェラルドはそのこと知らないし」

「はあっ? あなたが言えばいいでしょうが」

「そんなあざといこと、できないわよ。こういうのは、自然と彼の耳に入る方がいいじゃないの」


 姉の眉がキリキリと持ち上がる。


「あーもう、らちがあかないわ。母さんに相談よ。兄妹で解決できないことは?」


「母さんに相談、父さんの邪魔はしない。分かってるってー」


 姉に引きずられるように、大通りのパン屋に行く。母が売り場に立つと、売れ行きがいいので、母は色んなお店で売り子をしている。今日はパン屋の日だ。


 姉が店の窓ガラスを叩き、母がこちらを向いた。母は他の店員に何かを告げると、エプロンをはずし、外に出てくる。


「どうしたの、突然ふたりで。少しだけなら休憩できるわ。お茶でも飲みましょう」


 三人は連れ立って、小さなカフェに行く。店内に入ると窓際の一番いい席に案内された。母と姉といると、いつも親切にされるのだ。美人は得だと、アンヌはしみじみと思う。



 街一番の美人と評判だった母。母が父と結婚したときは、街中の男が泣いたらしい。姉が結婚したときは、街中の男が泣き、年頃の女が快哉を叫んだ。競争相手は少ない方がいいものね、分かります。


 そんな美女ふたりが、困った子ねと言いたげに、アンヌを見る。


「まさか、まだお手つきなしだとは思わなかったわ。アンヌはとってもかわいらしいのに、黒ヒゲの自制心はたいしたものね」


 母が感心しきった口調で言っている。


「やっぱり鼻が丸いから」

「違う違う。黒ヒゲはね、アンヌが自分のこと好きだなんて、夢にも思ってないのよ。いつもの慈善結婚のつもりなのよ」

「えっ」


「ほらー、黒ヒゲって普通の結婚はしてくれないでしょう。それで、借金があって大変って商会の人に泣きついてみたのよ。そしたら、引っかかったわ」

「うちに借金あるの?」


「まあ、それなりに。あの人、教室のためならパッパカ色々買ってしまうから」

「ああー」


「心配しなくて大丈夫よ。母さんががんばって働けばなんとかなる金額だから。黒ヒゲが全額立て替えてくれるって言ってくれたけど、さすがにそれは断ったの。借金がある家の娘をもらってくれるだけでありがたいってね」

「あああー」



 アンヌは顔を手で覆った。どうりで手を出されないわけだ。ジェラルドは、アンヌがイヤイヤ結婚していると思っているのだ。


「どうしよー」

「とりあえず、思ってることを言ってみたら? ダメならそうね、あの人が昔言ってたわ。将軍を落としたいなら、まず家来から落とせって」


「そんなことわざだったっけかな。まあ、いいわ。使用人たちともっと仲良くなればいいのよね」

「仲良くなるだけじゃダメよ。アンヌがいるとみんなが楽になるぐらいに、役に立つところを見せなさい。アンヌは掃除も裁縫も料理もできるでしょう」


「前、なんかやるって言ったら、とんでもないって断られたわ」

「当たり前じゃない。奥さまにそんなことさせる訳ないじゃないの。よーく家の中を観察して、こっそりやりなさい。他の人の仕事を奪ってはダメよ。誰もやってないことをやるのよ」


「分かった」



 孤児院育ちの母はとてもたくましい。美人なので身請けの話は昔からあったらしいけど、孤児院にたまに勉強を教えに来てくれていた父を、必死で落としたらしい。


「あの人を落とすのは大変だったわ。でも諦めなければ大丈夫よ。アンヌはもう結婚してるんだもの、なんとかなるわよ」



 アンヌは母と姉に激励され、意気たくましく帰宅した。こっそりと皆の仕事ぶりを見る。バカデカい屋敷にしては、使用人の人数は少ない。皆、キビキビと働いていて、のんびりしていることはないようだ。


 じゃらり アンヌのポケットの中で、カギ束が音を立てた。


「そういえば、まだ開けてない部屋があったわね。見てみましょう」


 もちろん、決して開けてはいけない小部屋には近づかない。ひとつずつカギを試し、開いたらカギに印をつける。


 こっそりと、扉のすみに小さな数字を鉛筆で書き込んだ。商会の人が、犬猫の世話のお礼にとくれたのだ。細い糸に、扉に書いた数の結び目を作り、カギにつける。こうすれば、どれがどこのカギか分かる。


 部屋を見て回って、アンヌは決めた。これが私の仕事ね。



 アンヌはこっそりと掃除入れに行き、古ぼけた掃除道具を取る。新しいのには手をつけない。新しい掃除道具は使用人たちが使うだろうから。


 カチャリとカギを開け、そっと扉を閉める。部屋の中には白いシーツがたくさん。使っていない部屋なのだろう、家具に白いシーツがかけられているのだ。


「まずは空気の入れ替えね」


 固い窓をこじ開け、爽やかな風を部屋に入れる。とたんにワッとホコリが舞った。


 ハックシュン アンヌはくしゃみをし、慌ててスカーフで口と鼻を覆った。


「泥棒みたいな格好だわ。誰にも見られませんように」


 ハタキで上から順番にホコリを落とす。壁やシーツの上にもハタキをかける。次にシーツを取って、窓からバッサバッサと振った。日の光に当てられ、ホコリがキラキラ光る。


 全てのシーツをはたき終わると、ホウキで床を掃き、最後にモップがけだ。


「はー、ピカピカの部屋は気持ちがいいわね」


 アンヌは清潔な部屋を見て、ホウッと息を吐く。


 こうして、アンヌの忙しい日々が始まった。午前中は犬猫の世話、午後は屋敷の部屋の掃除だ。大変充実した毎日を送っている。夜の生活以外は。



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