第7話
デパートから程近い場所にある市民公園は、デパート内の賑わいとは対照的に森閑としていた。木々を濡らす雨音と二人ぶんの靴音以外は、鳥さえも沈黙していた。
「今日はありがとう」天野くんが言った。「ああいう場所って一人だと少し勇気がいるから、一緒に来てもらえて助かったよ」
「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」私は答えた。何か付け加えようかと思ったが、何を続ければよいか分からず、結局そのまま黙り込んでしまった。
会話も無いまま、私たちは公園内を歩き続けた。何か話さなければ、と思えば思うほど、言葉は頭の中で弾けて消えていってしまう。天野くんも先程からずっと黙ったままだ。きっとつまらないのだろう、もう帰りたくて仕方ないのに違いない。そう考えると、なんだかひどく悲しい気持ちになった。別に私は、天野くんのことをなんとも思っていないし、どう思われようと構わないのに——。
ふと気がつくと、いつの間にか雨は止み、昼過ぎの柔らかい日差しが雲間から漏れていた。私は傘を閉じ、顔を上げた。空に薄く虹がかかっていた。
「ねえ、天野くん、虹が出てるよ」
私が虹を指差して天野くんを振り返ると、天野くんはなぜか真剣な顔で、私のほうを見ていた。
「天野くん、ほら、虹が…」
「月島さん、付き合ってくれないか、俺と」
私はどんな顔をしていただろう。天野くんの言葉の意味を飲み込むのに、少し時間がかかった。
「初めて話したのはつい数日前だけどさ、同じクラスになってから、俺、ずっと月島さんのことが気になってたんだ。周りの女子はみんな集団で行動したがるのに、月島さんはいつも群れずに自分のペースを崩さないように見えて、なんだか素敵だなって思ったんだ」
それは単に私がいわゆる“ぼっち”なだけなのだけど。
「俺、月島さんのこと、すっげー大事にするし、月島さんのこと、もっと知りたい。だから、俺と付き合ってほしい」
このとき、私は断れば良かったのかもしれない。あるいは、まずは友達から始めましょうなどと言って、少なくとも返事を先延ばしにすれば良かった。でも、恋愛経験など皆無だった当時の私に、そこまで頭を巡らせることなど出来なかった。なんの言い訳も思い付かないまま、気づけば私は首を縦に振っていた。天野くんは両腕を私の腰へ回し、抱き寄せた。
「ありがとう。ずっと一緒にいよう」
私は天野くんの胸に頭を預けて、彼の鼓動を聞いていた。
私が天野くんから「すっげー大事」にされたのかどうかはよく分からなかったが、結局のところ、私たちの関係は三ヶ月しか保たなかったし、彼の言う「ずっと」にはどれほどの覚悟も込められてはいなかったのだろうと、今では思う。十代の恋愛なんて、きっとどれもそんなものだ。
いつの間にかテレビドラマも終わり、画面の中ではキャスターが最新のニュースを伝えていた。天気や花粉の情報のように、ニュース番組では毎日、新型ウイルスの感染者数を伝えている。新規感染者数は高止まりが続いています、不要不急の外出を避け、人との接触を減らし、感染拡大防止に努めましょう。キャスターが呼びかける。新型ウイルスに感染すると、自覚症状が無いほど軽症で済む場合もあるが、感染から数日で重症化し死に至ることもあるそうだ。
ずっと一緒にいられると思っていた人や、何に代えても守りたいと思っていた人が、突然この世からいなくなる。それは恋人かもしれないし、家族や友人かもしれない。悲しみや後悔、あるいは、強い怒りの感情が沸き起こるかもしれない。綻んだ日常の隙間から大切なものが流れ落ちてしまう気がして、私はテレビの電源を切り、ぎゅっと目を閉じた。
(了)