閑話休題 〜左門のマナー講座〜
ノリ軽めのお話です。
左門はエナの椅子を引いて、食卓に座らせた。
食卓と言っても、長方形ではなく、丸テーブル。
中央には、見事な水晶の結晶が飾ってある。
エナは
「こんな食卓に座らずとも、食事は出来る。」
と言うが、左門は、
「姫、一応、テーブルマナーも学んでおきましょう。」
と言うので、渋々付いている。
(テーブルマナーと言われても、喰うものが違うからなぁ。)
と言う言葉は、飲み込む。
左門は昔、エナの専属医師兼家庭教師だった。
今でもマナーや勉強には厳しい。
『エナを一流の淑女に育てる』それが左門の口癖である。
今回は、どうもエナの母に
「エナが、どうにも食事会に来てくれない。」
「エナが、一緒に食事をしてくれない。」
「エナは、テーブルマナーを知らない事が気になって、一緒に食事してくれないのでは無いか。」
と泣きつかれた事が発端らしい。
(あの母は、………何を、考えているんだ。)
エナは自分の母が、苦手である。
エナと異なり、金色の髪を持つ母。
娘にも甘えた声を出し、未だにエナの父とラブラブである。(と、いうかバカップル。)
ニコリと笑いかければ勘違いする男は多数いるだろう。
引きこもり気味なので、笑いかける相手は父と下僕しかいないが。
そして強引である。
エナに有無を言わせない。
エナの服は、母の趣味である。
本当の事を言うと、父母と一緒に食卓につきたくないのは、目の前でイチャイチャされるのを見ているのが、面倒なのだ。
そんなにイチャコラしているなら、弟か妹を産んでくれればエナが楽になるものを、と思うがそうもいかないらしい。
エナが生まれた事が、もう奇跡だと左門が言う。
異種族での婚姻だから。
目の前のテーブルには、皿と綺麗に畳んだナプキンが置いてある。
「いいですか?姫。ナプキンは膝の上に掛けるのです。」
エナは素直にナプキンを膝の上にかけた。
そして、左門が
「フォークとナイフを使って食事をするんですよ。」
それは、エナでも知っている。
ただし。
エナは、ナイフを取ると、そのまま先端をパクっと口に入れた。
もぐもぐ。
エナの口から外したナイフは、半分無くなっている。
「うむ。よい銀だ。トロリと溶ける。」
「……姫。」
「なんだ。」
「フォークとナイフをお食べになっては。」
「しかし、純銀では鉄鋼や鉱石は切れんぞ。」
「………その通りですが。神の食事会に招待される可能性もあるでしょう。」
「神や人間が食うような物は、腹持ちが悪い。」
そうなのだ。エナの身体は恐ろしく効率が悪い。
エナだけでなく、父も母も……。
エナの両親は、人間の姿を見せているが、人間ではない。
エナの父は、黒い地龍。母に合わせて、人間の風体をしているが、本来は地中深く、マグマの中で生きる大地の王。マグマを飲んでもビクともしない。
火も吐くし、空も飛ぶし、魔法も使うが、通常は地中に居る。
エナの母は、『金曜の姫』と言う、金物や鉱物の精霊である。
本来は、世界が危機に脅かされた時に目覚める精霊らしいが、水晶の結晶の中で休眠している所をエナの父に見初められ、口説き落とされた。
こちらも、マグマに入って泳げる。
エナは水中出産ならぬマグマ中出産したと、母が言っていた。
そんな訳で。
父と母の主食は鉱物で、エナの主食も鉱物。
腹の中にマグマ溜まりがある。
人間の食べ物も食べられない事は無いが、マグマの中に食物を入れると、一瞬で無くなるように、短時間で腹がすく。
しかし、下僕は人間と同じ食べ物を食べる者もいる。
たまに親睦会を兼ねて、下僕と食事会をするのだ。
それにエナは出たがらない。腹が空くから。
エナは通常、ハンマーで砕いたモノを手づかみで食べる。
(一応、品良く小さく砕いて食べる。)
鉱物を簡単に切れる刃物は少ない。
左門は、ため息をついた。
……エナ姫が淑女になるのは、いつの日になる事やら。
数千、数万年先になるやもしれぬと嘆く左門だった。