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エターナルウインド〜永遠の風〜  作者: こまこゆきゆーき
7/8

夢魔 〜ナイトメア〜

※戦争の話が入ります。

※死体などの表現が入ります。

男は、寝る準備をしていた。

ベッドの毛布を整える。

ひんやりとしたこの部屋で、唯一の防寒具だ。


外は雨。それも雷雨であるようだった。


窓を叩く雨音も、ここでは小さく聞こえる。窓が一つしかなく、天井に近い処にあり、鉄格子がはまっているからだ。

さらに、壁も厚い。


不意に稲光が走る。

真っ暗な部屋の中に光が差した。

椅子も兼用しているベッドに座り、じっと窓の方をみる。


やっと一日が終わる。


男は思った。


この男にとって、毎日は、とても辛いものだ。

彼は、朝から晩まで、ほぼ一日、この独房にいる。独房だから、たった一人だ。

食事時と日に数回、看守が見回りに来る以外、自分以外の人間を見ない。面会に来る人間など、いない。ただ、週に数回、医者に会う。


もう、どれくらいになるだろうか。


窓の外の雨は、益々ひどくなる。嵐がきているようだ。

でも、この頑強な監獄の中にいては、嵐も関係ない。


男は、胸のペンダントの石を握った。ひどく華奢な鎖なので、今まで何度も切ってしまった。看守も、この脆さでは首もくくれまいと、見逃してくれている。

綺麗でもなんでもない石だ。

そこいらにいくらでも落ちているような小石。小指の先位の黒っぽい、透明でもなく、滑々してもいない。でも、彼にとっては特別な石だった。


「今夜も眠れますように」

彼は、異常に似合わない言葉を、祈るよう口にする。

事実、彼は祈っていた。

しばらく、じっと石に祈ると、男は毛布に潜ろうとする。


その時、独房の扉のほうから、声をかけられた。


「悪いが、その石を返してくれ。」


嵐の中でもはっきりと聞こえた。

驚いたことに、凛とした、少女の声だった。


ーーーーーーーーーーーーーー


男は、数年前まで軍人だった。

妻と息子もいた。


男は体が大きく、筋肉も発達していて、部隊の中でも、一番の力自慢だった。ボディビルの大会に出ないかと誘われたこともある。重量あげの選手ですかと聞かれたこともある。体は訓練の賜物だった。


男は、何度も戦争に行った。

いずれの時も男は、戦争の最前線で、軍人として、兵として働いた。

つまり、彼は砲弾や攻撃をかいくぐり、敵となる人間を殺したのだ。

それは、爆弾や銃、剣、ナイフ、それがない時は、己の力を生かし素手で絞殺した。


彼はその功績から、30代で小隊を任されることになった。


その次の戦争は、長く、とても激しいものだった。

砂漠の中で、半壊した建物を盾に、銃撃戦が何日も続く。

少しでも隙をつくれば、敵はゲリラ的な攻撃を仕掛けてくる。


気が抜けなかった。


前線はそれ以上食い込めず、状況はそのまま膠着する。

彼の小隊は、しばらく最前線で銃撃戦を行った後、一旦距離を置いて、非武装地帯で、なにかこの打開策はないかと探っていた。


男の率いる小隊が野営をしている地の近くに、現地の小さな村があった。

村には、女性や子供だけだった。男達は戦争に駆り出されてしまっている。

時々、軍人は村の力仕事を手伝った。情報を得るためでもあったし、息抜きも兼ねていた。軍人は皆、祖国に家族を残している。村を手伝うといいつつ、家族を思い出していたのだ。


ある日の夜、村の子供がキャンプに来た。


以前、その家の母親が熱を出していたので、少し薬を分けてやった事がある。

今日も薬が欲しいのかもしれない。

誰かが子供をキャンプの中に入れてやった。

子供は、何も言わない。

暗い明りの中で、顔があまり見えなかった。


隊員のうちの一人が現地の言葉で、片言で何事かと聞くと、子供は手に握っていた袋を差し出した。

男は隊長として、一番奥で無線から流れる各戦地の情報を聞いていた。

次の瞬間。

目の前が真っ白になる。

爆弾が爆発した。

子供が自爆したのだ。

その場にいた全員が、爆発に巻き込まれる。

奥にいた男も爆風に巻き込まれた。


気が付くと、キャンプは木っ端微塵に吹き飛ばされ、火が出ていた。

男は息があったが、目の前で副隊長が目を見開き、死んでいる。

首が変な風に折れ曲がっていた。

身体を少し動かすと、誰かの手が落ちてくる。

正体不明の足も見える。肉片も、血もあちこちに飛んでいた。

血の匂いと肉の焦げる嫌な匂いが立ち込める。

微かなうめき声も、やがて聞こえなくなり、男は意識を失った。


男が、次に目を覚ましたときは、本部の救護ヘリの中だった。

「な、仲間は?他に生存者は?」

周りに居る救護スタッフに聞いてみたが、ヘリの音が大きくて聞こえない。

話が聞けたのは、病院に到着した後だった。

男は大腿骨骨折等、複数箇所を骨折。腕の裂傷、火傷も負っていて、ひと月以上入院する事になった。

隊員は7割が死亡。数名、生き残ったが、手や足が無くなったらしい。

骨折で済んだのは、隊長であった男だけだった。


子供は、爆弾を体中に巻いて自爆したので、跡形もない。

結局、その戦争を最後に、男は退役した。



退役後、男は自宅に戻る。

夫人と息子は歓迎したが、男の心は浮かなかった。

(俺だけ、こんな生活をして良いのだろうか?)

戦争中に死んだ仲間の事が頭を離れない。

特に、夜眠ると、夢の中に仲間の死に顔が次々と現れ、叫び声をあげて飛び起きる。

彼は酒がないと眠れなくなった。


それも、段々、効かなくなってくる。

浴びるように酒を飲んでも眠れない。

結局、昼間も酒が残り、仕事を探しても不採用。そして、また酒を飲む、という悪循環が待っていた。

妻とも喧嘩が増える。

街で酔って、酔っぱらいと喧嘩をした事もある。


それが続いたある日、昼間から酒を飲んでいた男に、妻は注意した。

「不甲斐ない、いい加減にしろ」と。

酔っていた男は、その言葉にカチンと来た。

今まで、戦争も家族の為と思って頑張ってきたのに。

辛くても。

怖くても。

俺は耐えていたんだ!

酔っていた男は、いとも簡単に怒りに支配された。


気が付くと、彼は自分の妻の首を締めていた。

妻は、直ぐに抵抗しなくなり、力が抜ける。

後ろで悲鳴が聞こえた。

息子だった。

息子は手近にあったバットを持って、男に向かって来る。

「母さんに何をする!母さんを離せ!」

男の体は反応し、バットを折り、無意識に息子を弾き飛ばした。

戦争で鳴らした男に、訓練もしていない素人、それも10代の息子がかなうはずが無い。

息子は何処かで頭を打ち、動かなくなった。


男はそこで、やっと気が付いた。


目の前には、目を見開いて冷たくなった妻。

向こうの方には、動かない息子。


男は慌てて妻に呼びかけたが、反応は無い。

息子の頸動脈を触ってみた。やはり、事切れていた。


男は叫んだ。

(なんて事をしてしまったんだ!)


その声を聞きつけて、近所の家で警官を呼んだらしい。

一時間後には、男は抵抗せずに、警官に連行された。

しかし、そこから先が、彼にとって地獄だったかもしれない。


留置所では酒は貰えない。

男は眠れず、眠れたと思っても、死んだ妻と息子の顔、仲間の顔が次々と現れ、大声をあげて飛び起きる。

警官に何度も叱られた。

しかし、叱られて悪夢が治るものではない。

不眠で幻覚も見えるようになった。

妻や息子だけでなく、戦争で殺した敵も現れる。

男は戦った。

いや、正確に言うと見えない敵を相手に暴れた。


警官が男を制圧しようとしたが、逆に叩きのめされ、殺された。

警官も、戦争で場数を踏んでいた男に敵わない。

戦うことを仕込まれた男は、人間兵器だった。

拳銃で頭を狙って撃っても、彼は本能で急所を外し、撃った警官を返り討ちにする。

最終的に男は猛獣用の麻酔銃で、強制的に眠らされた。


裁判後、刑務所に送られてからも、男は眠れなかった。

睡眠薬を飲んでも、うなされる。

同室の囚人が、うなされる男を起こそうとして、うっかり手をかけて、素手で絞め殺された。幻覚で暴れ、部屋の壁を壊す。

男には、幻覚と同室の囚人、警官の区別がつかなくなっていった。

幻覚のせいで、近くにいる者を襲ってしまうため、作業や運動もさせられない。


独房に入れられたり、移送されたり、病院に入院したりしたが、一向に治らなかった。

薬も服用している。

「いっそ殺して欲しい。」

と、何度も思ったものだ。

しかし、戦争で武勲をあげた為か、なかなか死刑を執行してくれない。


そんなある日。

静かな夜に、不思議な少年が現れる。

男は独房のベットに横になっていた。

意識が朦朧としているが、眠れない。

独房の闇から、少年が浮き出て来たようだった。

少年は、金髪で、少女の様な美しい顔をして、背中には蝙蝠の羽を持っていた。

ロバの様な尻尾も見える。

(とうとう悪魔が、幻覚で見えるようになったか。)

男は不思議と落ち着いていた。


少年は

「……お困りのようだね。」

男は頭を振った。

こんな奴に何が分かる。

「悪魔か。早く俺を殺してくれ。」

少年は笑って

「そんなヤケにならなくても。ちょっと僕の実験に付き合ってくれまいか。」

男は少年を見た。

「……実験?」

「そう。」

少年は、男の手に何かを握らせた。

「しばらくコレを身に着けていて欲しい。きっと貴方の役に立つ。」

少年はにっこり笑うと、そのまま闇に溶けていく。

男の手の中に、小さな石のペンダントを残して。


そして、その夜。

男は言われた通り、ペンダントを着けて寝る。

すると、不思議な事に夢を見なかった。

起きて驚く。

眠れなかった男は、ペンダントを着けたら2日程昏睡していたのだ。

看守が気になって、起こしに来た様だが、何をしても眠っていたらしい。

起きると気分がすっきりしていた。

こんな気持ちは久しぶりだった。


その夜から、男はずっとペンダントを着けるようになる。

男は気分が良かったが、何故か医者と看守は心配していた。

医者が男を診る回数が増える。

今は、2日に一回、医者が来るが、男は理由が分からない。

(あれだけ酷い症状が、治まったからか。)


ーーーーーーーーーーーーーー


男は、このペンダントの信奉者となる。

石を手に入れて数週間。

もう、この石を無くしては生きていけない。

直ぐに死刑になるとしても、それまで心穏やかに過ごしたい。

だから少女の頼みは聞いてやれない。


「……断る。」

男は少女に言った。


こんな所に、音もなく現れるなんて、コイツも悪魔の仲間だろう。

悪魔が取り返しに来たのだろうか。

それは困る。


「どうしてもか?」

「……。」

「仕方ない。」

少女は息を吐くと、男に近付いて来た。

男は身を引いて逃げる。

狭い独房の中で、距離をとった。


少女は立ち止まり、男を見る。

男も少女を観察した。

肩まで切り揃えた黒い髪。黒い瞳。ツンとした鼻、小さな口。白く細い首。

まだ10代にも満たない、幼い少女に見えた。

しかしその態度は尊大で、大人をも威圧する雰囲気を持っている。


少女は素早く動いて、男の後ろに回ろうとした。

男も負けてはいられない。

足払いをかける。

そして、蹴り、パンチを連続で繰り出した。

こんな幼い少女なら、悪魔であっても負ける訳はない。

自分は幾つも戦場をくぐり抜けてきた。そういう自負があった。

男は連続で攻撃を繰り出した。


しかし、少女は全部、躱す。

まるで蝶の様に。


男は歯噛みする。

(捕まらない!)

捕まえてしまえば、少女の首なんて、直ぐに折れるのに。


男はとうとう息が切れてきた。

ベットに跪き、息を整える。少女は胡乱げに此方を見ていた。

荒い息で、男は思う。

(渡してたまるか!)

男はペンダントを外すと、いきなり飲み込んだ。

「これで、取られまい!」

少女は一瞬、目を見開いたが、直ぐに

「……まったく、世話の焼ける。」

そう呟くと、男に近づく。

男は

(よし!)

と少女の首に手をかけた。

すると少女は、男の腹に手を当て

「は!」

男の腹に衝撃が走る。まるで車がぶつかった様な衝撃だった。


「ぐ、ぐぁ、ぁぁ……。」

堪らず、腹を抱え、男は吐いた。

夕飯もペンダントも。

あんな近くで。

衝突したわけでもないのに。

こんな小さな少女が。

驚くべき衝撃だった。


少女は、吐瀉物の中から石を取り出すと

「お前、ちゃんと鏡を見たことがないだろう。」

そう言うと腹を抱える男に、何処から取り出したのか、小さな鏡を見せる。


男は鏡の中に、髭面の男を見た。

その男は、痩せこけ、皺だらけで、見る影もない。

「……誰だ?」

「お前だ。」

「?」

男は自分の手を見た。

先程までは、筋肉で盛り上がっていたはずの腕が、細く骨の形がわかる程、痩せこけている。

「?!」

男は洗面台に駈けた。

洗面台に付いている鏡には、先程、少女が見せた鏡と同じ男が映っている。

肋は浮き出て、骨と皮の痩せこけた皺だらけの男。


「う、嘘だ。」

「嘘じゃない。」

「お前が、魔法か何かで、幻覚を見せているんだろう!」

男は少女に吠えた。

少女は

「幻覚を見せていたと言ったら、この石の方だ。」

石のせいで、自分には以前の様な筋骨隆々な姿に見えていたという。


「この石は、身に着けている者の悪夢と生命力を吸い尽くす。……お前を、医者が心配していたろう。」

男は、思い当たった。

医者が頻繁に来ては、具合を聞く。

此方が「問題ない」と笑っても、だ。

心配そうな医者の顔が、思い出された。


男はフラフラと少女に近寄る。手を伸ばし

「……石。返してくれ……石……。」

「駄目だ。」

少女はキッパリと言った。

男は跪き、祈るように言った。涙が流れる。

「お願いだ……。それが無いと、俺は……俺は……。」

「……駄目だ。」

「なら!殺してくれ!お願いだ!」

少女は、一度瞬きして、

「出来ない。私に人は殺せない。」

男は泣き崩れ落ちた。


少女は向きを変えて、扉から出て行く。

音もなく。

扉をくぐり抜けて行った。

男は泣いていた。

胸にもうペンダントは無い。


ーーーーーーーーーーーーーー


「あーあ。可哀想に。」

独房を見下ろして、蝙蝠の翼を持つ少年は、嗤った。

雨は止んでいて、遠くに雷の音が聞こえる。

少年は、刑務所の高い塀の上にいた。

「あのまま、石に生命力を取られて死んだ方が、あの男は幸せだったと思うんだけどなぁ。」

呑気に独りごちて少年は、背中の翼を羽ばたかせる。

「また、面白い獲物オモチャを見つけなきゃ。」

そう言うと、雨のあがった夜空を飛んでいった。



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