吸血鬼の住む山2
夕食のバーベキューが佳境を過ぎ、佳苗はトイレに急ぐ。
親睦会のキャンプで、総務として裏方で食材の配布やら、酒の配布やらをしていた為、トイレを我慢していたのだ。
(こんな所で膀胱炎になったら、辛い………。)
何とか用を済ませ、公衆トイレの外に出てみると、辺りは霧を巻いていた。
山の天気は変わりやすい。
早く帰らないと、と思うが霧が濃くて、どの方角だか、分かり難い。
佳苗はトイレの位置から、キャンプ場へ推測して歩き始めた。
しかし、直ぐに方向がわからなくなる。
「マズイ。」
佳苗は焦るが仕方ない。ポケットに携帯電話と例の御守、非常食のチョコレートが入っていることを確認し、再び歩き始めた。
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しかし困った。
佳苗は歩けども歩けども、目的地に着かない。
近くの道路すら見えないのは、どういう事だろう。
私は道を間違えたのか。
そう思って、180度方向を変えて歩くが、もといたトイレも見えない。
辺りは段々暗くなっていき、余計に見通せない。
他の方向を試そうと、横を向いた時、灯りが見えた。
霧で、数メートル先も見えないのに。
目の前、10m位の位置にある。
(家かな)
佳苗はそこで、道を訪ねることにした。
そこは山小屋風の二階建ての家だった。
呼び鈴を鳴らす。
カウベルの様なカンコーンという音がなり、佳苗は声をあげた。
「すみませーん!」
2回か3回、声をかけるが、返事がない。
ドアに手をかけると、扉は開くではないか。
そっと扉を開き、中に向かってもう一度
「すみませーん!」
すると奥から、女性と男性が出てきた。
「あらあら。」
女性は背の高い、豊かな黒髪を持つ妖艶なかんじ。
山なのに、長いスカートを履き、美しく着飾っている。
(何処かで見た事がある?女優さん?)
男性はスラッとしていて、俳優の様に美形だ。
「どうしました?」
「中にお入りなさいな。」
佳苗は誘われるまま、中に入る。入り口付近で
「実は、濃い霧で迷ってしまって。」
男性が窓の外を見た。
「ああ。この霧じゃ、仕方ないね。」
時計はもう午後八時を過ぎていた。
辺りはもっと暗くなる。
佳苗は、早く戻らなくては、と思うが
「ここら辺は霧が濃いんだ。こうなると、明日の朝まで晴れないね。」
男性があっさりと言い放つ。
「どうしよう。」
佳苗は俯く。
それを見て女性がいった。
「……お嬢さん、今晩は此処に泊まりなさい。」
「え?」
「困った時はお互い様って言うでしょう?」
「そんな!困ります!」
慌てた佳苗は、手を降って断ろうとする。
でも男性が
「すまないけど、今日はもう酒を飲んでしまって、車を運転できないんだ。今日の所はそうするといい。」
そう言って男性は、佳苗の背を押そうとする。
しかし、何か静電気が起こったのか、男性は
「痛っ!」
と言って手を引っ込めた。
「あ、ごめんなさい!」
佳苗は、ウインドブレーカーの下に、毛糸のセーターを着込んでいた。
そのせいで静電気が起こったのだろう。
仕方なく、佳苗はその家で一晩、泊まることにした。
男女は夫婦のようだった。
佐伯と名乗り、佳苗を食事に誘う。
しかし、佳苗は既に夕食を食べてきていた。
丁重に断る。
酒も勧められたが、それも断った。
佐伯夫人は
「うちは子供がいないの。子供用に部屋を作ったのに、空いててねぇ。」
頬に手を当て、ため息をつく。
「佳苗さんがうちの子になってくれたら、嬉しいわぁ。」
それを聞いて佐伯氏は
「また、そんな事を言って。すまんね。妻は、酔うと、すぐこうなんだよ。」
佐伯邸は、玄関を入って直ぐに天井まで吹き抜けの暖炉がある居間。
靴履きで良い家の様だ。玄関と居間に段差が無い。
奥に、キッチンとバス、トイレ、物置があるようだ。しかしプライベートスペースなので、佳苗は入らなかった。
夫人が
「ちょっと汚いから、キッチンには入らないでね。」
二階に客間2つと夫婦の寝室、トイレがある。
窓はあるが、冷気を遮断するため、嵌め殺しらしい。
佳苗は二階のトイレと、客間に案内された。
風呂も勧められたが、固辞した。
そこまでお世話になっては、申し訳ない。
とりあえず、二階のトイレを借りた。
あまり使っていないトイレだからか、少し汚かった。
居間でまだ起きているという夫妻を残し、佳苗は部屋に入った。
この家は、電気は通っているが、テレビも、ラジオも、電話もないらしい。
一体、どういう生活をしているのだろうと思ったら、夫妻は、別に家を持っていて、普段そちらで生活をし、此処は別荘だそうだ。
忙しい日常から離れる為に、わざと置かないのだという。
部屋に入りながら、
(電話くらい置いても良いのに)
と佳苗は思う。ここでは、携帯電話が圏外なのだ。
上司に連絡を取りたくても取れない。
部屋は、ベッド、木製の机と椅子。床には中央にラグが敷いてある。
使っていないと言っていたが、清潔な寝具でホッとする。
佳苗は、ウインドブレーカーも脱がないまま、灯りも消さず、掛け布団の上に転がった。
ウトウトすると、小さな足音が聞こえる。
佳苗は
「なんだ。子供、居るんじゃない。」
ボンヤリとそう思った。
居間では、佐伯夫妻が赤ワインを飲んでいる。
夫人のグラスのワインが終わり、夫のグラスのワインも終わった。
テーブルのワインの瓶には、まだ中身がある。
二人は互いに注ごうとしない。
夫が、奥に声をかける。
「おい!アレをくれ。」
すると、キッチンから白髪頭で腰の曲がった老人が、ワインの瓶を持ってくる。
しかし、それは栓が既に抜いてあった。
夫は受け取るとその中身をトクトクとグラスに注ぐ。
夫人にもそれを注いだ。
夫人はグラスを持ち上げ、中身を揺らす。
それは、黒っぽい赤。ワインより少し粘度があるようだ。
夫人はうっとりとグラスを見て、口を付けた。
夫も口を付ける。
二人共、それを直ぐに飲んでしまった。
2杯目を注ぐ。
白髪の老人は、ボンヤリとそこで佇んでいた。
それをみて夫が
「何をしている?」
老人は90度回れ右をして、倉庫の方に戻った。
夫人は、
「少し時間を置いたのも良いけど、新鮮なのは格別よね。」
「今日はラッキーだ。」
「そうね。生きが良さそうだもの。タップリ戴きましょう。」
「ネズミも入ってしまったけれど。」
「それも戴いちゃえば良いじゃない。」
二人は嘲笑って、グラスを合わせる。
その口は、真っ赤に濡れていた。
ドンドンドン!
大きな音で、佳苗は目を覚ました。
部屋の外で、誰かが扉を叩いていた。
ドンドンドン!
ガチャガチャガチャ……
ノブを回す音も聞こえるが、開かないようだった。
佳苗は、怯えて部屋の入り口を見る。
鍵は無いはず。
でも、入り口には、何故か、白い紙で出来た人形の様なものが、たくさん貼り付いている。
佳苗は慌てて、携帯電話と御守をポケットから出す。
携帯電話で時間を確認して、夜の12時に近い事が分かる。
御守を握る。
怖い。
まだ、ドアを叩き壊そうとする音がしている。
扉は重厚な木で出来ていたが、衝撃で揺れていた。
開いてしまうのではないか。
佳苗が恐怖する。
すると
「しつこいな。」
後ろから声がした。
ハッと振り返ると、あの黒髪の少女がそこに立っている。
首にはファーが無かった。
「……あ、あなた……。」
「自己紹介は、後だ。御守を貸せ。」
佳苗はファーの御守を渡す。
すると、少女はその御守にフッと息をかけた。
お守りから、紙の人形がヒラヒラ踊りだす。
すると、それは大きくなり、背の高い男性になった。
少女は佳苗の手に御守を返す。
「ずっと持っていろ。この家を出るまで、無くすな。」
佳苗は頷いた。
何が何だかわからないが、持っているしかない。
ファーをズボンのポケットにしまう。
ウインドブレーカーのポケットより、落としにくいだろう。
少女は
「サモン。」
大男に声をかけた。
男は白い髪で、右目を眼帯で覆っていた。
それさえ無ければ、いや、片目であっても、もの凄い美形だ。
身長も180cmをゆうに超えているのではなかろうか。
更にシルクハットを被っているから、余計に高く見える。
外人さんかもしれない。
でも、東洋系にも見える。
その口元は、柔らかく笑っているようだ。
大男は帽子を取った。
すると中から、小さい生き物が躍り出る。
「はぁー、苦しかった!」
佳苗には、茶色のイタチに見えた。
「仕方ないでしょう。一気に潜り込むには、こうするのが良いのですから。」
「エナの首に巻かれていても、良かったんじゃないか?」
「走ると、揺れて気持ち悪いと言ったのは、お前だ。」
二人と一匹が口喧嘩をしている。
佳苗はビックリして声が出ない。
(イタチって喋るの?)
それにこのイタチ、左目が金色で右目が黒。不思議なイタチだ。
毛並みは光の具合で金色にも、黒っぽくも見える。
ドンドンドン!
ガチャ、ガチャガチャガチャ、ガチャ!
外から叩く音は止まない。
「サモンは佳苗を守れ。ライトは石を。私は奴らと対決する。」
少女は言うと、いつの間にか持っていたステッキの先を扉に付けた。
「ライト。雷。」
「はいよ。」
イタチはヒョイと少女の頭に乗る。
そして、毛を逆立てた。
するとピッと音がして、部屋の灯りが、消えた。
次の瞬間。
ピッシャ!ガラガラ!ガッシャーン!!
もの凄い音がして、部屋中が明るくなった。
いや。
雷が落ちた。
佳苗はあまりの大きな音に、耳が痺れる。
大男が、寸前に耳を塞いでくれたので、鼓膜は無事だった。
「行くぞ。」
少女は声をかけると扉を開ける。
少女は感電しなかったのか?
見ると、部屋の外に、黒焦げの物体があった。