39話 焦土作戦
共同溝から隣街へ抜けた。
イチローの隠れた活躍もあり、また監視の目を共同溝という地下道を通ることで迫撃砲の追跡は無かった。
隣の未封鎖地域と封鎖域は幾つかの橋が架かっており、カタヤマ達の裏をかくように、山側に遡り次の橋へ向かう。大型土嚢で封鎖されているが、よじ登り自分達が暮らしていた封鎖域内へ入る。どこから見られているか判らないので低い姿勢のまま放置車両の陰に隠れながら移動する。
山側を見ると敵が15人程が等間隔に並びジリジリと進行していた。
「あれを制圧出来るか?こっちは6人だぞ。岡。」
「このままやり過ごし、後ろから一掃する。撃ち漏らすと反撃されるから確実に倒せ。三島は2人連れて半分から向こうを。俺と社長、杉村で半分からこっちだ。」
三島達が物陰に隠れながら移動し、射撃ポイントに着いた。
岡と三島は視線で語り合いタイミングを計り、それぞれの人員に指示を出す。
全員が一斉に物陰から飛び出して小銃を連射する。
8名倒れたが、7名撃ち漏らし反撃を受ける。
激しい銃撃戦の最中に社長が気づく。
「岡、後ろから敵の援軍が来てるぞ!」
叫びながら、敵援軍に向かって射撃を開始する。
「このままじゃ挟撃にあう。一度引いて態勢を立て直す。橋へ戻れ!」
走りながら岡は弁当箱を出しスイッチを押すと橋の大型土嚢が吹き飛び障害が無くなる。6人は欠けることなく橋を通過、共同溝を通って再び封鎖域内へ入る。共同溝から出てくるときに岡は出入口扉を開けると手榴弾が爆発する簡単な罠を仕掛けた。
「岡、敵の援軍は10人ぐらい居たぞ。」
「敵勢力の半分を6人で始末した計算だな。正直ここからは力押しされると思うぞ。」
「そうだな。じゃ、完全撤退するか?」
「闘ってもやれない事も無いが、港の予備組を戦力に入れないと負けるだろうな。」
「それはやりたくないな。こちらに怪我や死人は出したくない。拠点はまた新しく何処かに作るさ。」
「わかった。全て爆破するぞ。」
「最後にアレも爆破するのを忘れるなよ?。」
「ははは、アレか。わかってる。」
戦闘中にもかかわらず和やかに話していると、共同溝からボンッとトラップが発動した音が聞こえた。
「もう追いついて来やがった。取り敢えず橋の大型土嚢を全て爆破するぞ!」
あちこちから爆破の音が聞こえる。
「カタヤマ様、橋で爆発があった様です。」
「あちこち爆発してます。」
「焦土作戦って訳か。」
カタヤマはアゴに手をやり考えこむ仕草で言った。
「橋からゾンビの大群がやってきます。」
「尾崎から報告のあった、社長とやらの元自宅に立て篭もるぞ。そこは堀と壁に囲まれた安全地帯らしい。」
カタヤマ達は元社長宅を見て愕然とする。
「カタヤマ様、堀と塀が無くなってます。どうしますか?」
「うるさい。たまには自分で考えろ!この馬鹿どもが!」
「おい、俺はアンタが安全な場所を提供して、そこでハーレムを作るって聞いてたからついて来たんだ。こうなっちまえば、我慢してついて行く理由も無い。俺は抜けるぜ。」
下っ端の兵士が振り返り背を向けた瞬間、カタヤマは拳銃をその兵士に向け撃ち放つ
「今さら抜けようなんて虫のいい事を言う奴はもういないだろうな?」
周りを睨みながらカタヤマは言うが周りの兵士はカタヤマに向け銃を構える。
カタヤマはさらに拳銃を抜き二丁の拳銃を両手に持ち周りを威嚇し始め両者は一触即発の状態になった。そこへゾンビが到着し始める。
「こんな事やってる場合じゃねーぞ。付いて来い、さっきの地下通路の様な所に立て篭もるぞ。」
カタヤマは部下にヒステリックにそう叫び走り出す。睨み合っていた部下もゾンビを見ると一人また一人カタヤマを追って走り出した。
「そうは問屋が卸すまいっと。」
ゾンビの中から社長が現れナイフで一人倒し、またゾンビの群れに紛れていった。社長達が襲われないのは例の透明マントのお陰だ。
「地下通路までもう直ぐだぞ!」
叫び振り返るカタヤマだが、誰もついて来ていなかった。
ゾンビの群れから現れる社長や岡達にほとんどの部下が倒されていたからだ。
「なんで誰もついて来てないんだよ!チキショー。」
カタヤマの叫び声が木霊していた。
社長達が港に着くと皆揃っていた。
「アキコ、出航するぞ!」
脱出に用意した船は観光用の湾内クルーズ船で定員は30名のかなり大型の部類に入るクルーザーだ。
燃料、食料、水、武器は充分に積み込んである。
「アキコ、舫を外す前にもう一度メンバーの確認をしてくれ。」
「イチロー君、尾崎君は?」
アキコは1人1人確認し、最後に泣き止んで目を腫らしたイチローに尋ねた。
「尾崎君はカタヤマのスパイでした。」
泣きそうな声でイチローは返事をする。
「なるほどな、意外な人物が裏切り者だったんだな。迫撃砲の正確な狙いの理由が分かった。岡ぁ、舫を解け、出航するぞ!」
最後の舫が外され左右のエンジンをそれぞれ逆転させ、その場で港の外に舳先を向ける。
「岡ぁ、俺からのプレゼントをやってくれ!」
「あいよ、はぃポチっとな」
ボン・ボン・ボン・ボンと街のあちこちから爆発音が聞こえる。
「ゾンビの群れに仕留め損なったアイツラを掃除してもらおう。はっはっはっはー!」
拠点を去る前に社長たちがした事は、橋の大型土嚢を全て吹き飛ばして封鎖を解き、堀を埋め、万能板を撤去して立て籠もる場所を無くし、発電機を吹き飛ばして電気を二度と作れなくし、最後に街のあちこちに設置された汚物の詰まったポリタンクを爆破して汚物を撒き散らしたのだった。
ゾンビの群れから何とか生き延びても汚物を処理しない限りゾンビはやって来る。また、住み続けるにしても汚物まみれの街に誰が住みたいだろうか?ゾンビから襲われる精神面、汚物まみれという衛生面の嫌がらせを兼ねた置き土産だった。
汚物まみれの街に流れ込むゾンビの群れを海から眺めていたアキコは
「これでまた一からやり直しですね。」
「生きていれば何度でもやり直せるさ。次は何処に行こうか?」
「貴方と一緒なら何処へでも。」
「アキコ・・・」
二人の視線が絡み合い、今にもキスをし始めそうな雰囲気で近づく。
「ゲフンゲフン。」
「岡ぁ、いつもこのタイミングだよな。」
「行き先なんだが、瀬戸内海の方はどうだ?」
「瀬戸内海は海が穏やかだからいいな。だったら四国ってのはどうだ?また橋を封鎖してゾンビの流入を止めて、何年かかるか判らんが四国のゾンビを全て掃討する。」
「だったら何処かの無人島が手っ取り早いんじゃないか?」
「今から原始時代に戻れる覚悟があるんなら無人島にするが、岡、その覚悟はあるか?」
「無理だな、酒が無いと生きていけない。それはオメーも同じだろうぅ?」
「おうよ。それにな、俺は何でも作れると思われてる節があるが、作れないものの方が多いぞ。今ある建物や設備を利用するのが一番楽だし確実だ。瀬戸内海だとHS県か対岸のEH県が大きな都市だな。都心部から少し離れた所に拠点を作るか?」
「都心部はゾンビが多いもんなぁ。田舎じゃダメか?」
「ダメじゃ無いが、物資を取りに行くの面倒じゃねーか?」
「安全地帯を出てる時間と距離は短い方がいいもんな。緊張が長く続くと体調を悪くする者も出るからな。防衛任務に就いていた自衛隊員にも体調悪くしたヤツいたもんな・・・。
ところでどの位で到着出来そうだ?」
「HS県まで直線距離で約300kmだろ?この船が25ノット出るが、エンジンに無理させて故障するのも嫌だから、20ノットでボチボチ航行するとして約9時間?10時間ってところだ。
詳しい海図が無いから正確な所は判らんがそんなもんだ。それから海図が無いから沿岸が見える範囲でしか航行出来ない。
岩礁や暗礁が怖いから出来るだけ沿岸部から離れた所を航行するが、念のため前方に見張りを立ててくれ。」
「判った。1人立たせよう。無いとは思うが他の船に接触する事は無いのか?」
「岡くん、君の目の前にあるのはレーダーと言ってな、他の船の位置が判るのだよ。君はもっと文明の利器という物を知り給え。」
「ほぉ、木造船でもか?」
「すまん、それは判らん。」
「じゃ、それも警戒対象だな」
「おねがいしまーす。」
間の抜けた声で社長は答る。
進路を東に向けた船は滑る様に海を進んでいった。




