28話 拷問
敷地内は2日続け葬儀・火葬を行ったためか暗い雰囲気が漂っていた。その上、世良の内部犯の可能性を示唆する発言、社長を犯人とする発言が時間とともにジワリと皆の心を浸食しはじめていた。
「皆んな、まだまだする事はたくさんあるぞ!明日に向かって精一杯今を生きる事が、死者への最高の弔う心だ!さぁバリバリ仕事しよう!」
山側の監視塔には警鐘がまだ無い。消防署に飾られている警鐘を降ろし、監視塔に設置させ、緊急脱出用のワイヤーの設置。
新たな敷地内のスーパーハウスに引く電源工事や浴槽を新たに持ってきて本格的な風呂の工事、それに伴う排水工事。
敷地を拡張するための万能板の設置、拡張した敷地内の耕作地での農作業。
社長は少しでも皆を悲しみから目を背けさせようと、いつも以上に指示を出し作業をさせていた。
全員で同じ作業に向かうと一人当たりの作業量が少なくなる。また非効率のために各作業に人員を振り分け同時進行させていた。
社長は各現場を周り、作業の説明や注意点、足りない資材の手配等の施工管理に精を出していたなかで、また事件が起こった。
犠牲者が発見されたのはやはり街へ向かう途中の路地で、これまでの犠牲者と同様に鋭利な刃物で首を切られた遺体が2体あった。どちらも先日世良の周りで合いの手をあげていた男だった。
犠牲者と一緒に作業を行っていたのはカズミで、突然作業をボイコットしていなくなったと報告が社長にあり、皆で探しているなか、発見されたものだった。
皆を集めた場で最初に口を開いたのはやはり世良だった。
「大人しく喪に服すべきだったんだ!何故作業なんかさせたんだ?作業なんかしたからこんな結果になったんじゃないか!」
世良に同意する声が多くあがった。
「悲しみを薄れさせるのは、俺の経験上、悲しい出来事を考えられない程に忙しくする事だ。だから考える間もなく忙しくさせていた。」
「それが間違っていたからこうなったんだろう?やっぱりアンタはリーダー失格だ!次の犠牲者が出る前にさっさと出ていくべきだ!皆んなもそう思うだろう?」
「問題の本質は何だ?俺の作業指示か?すり替えるなよ!殺人犯が問題なんだろう?殺人犯さえも太刀打ちできない防御を整備する事がマズイのか?何もせずこのままジワリと人数が減っていく事が良い事なのか?
自分の未来は自分で切り拓く物だ!今、何のために作業をしている?悲しみを薄れさすためか?違うだろ?それは口実であって本質はどんな脅威にも負けない防御を整えている事が判らないのか?
事実、殺人犯は敷地内で犯行に及んでいるか?違うだろう?何もせずとも完璧な防御力があるか?それも違うだろう?
現状ではそれなりの防御力を持っているが、それをさらなる高みへ上げる事の何がダメなのかむしろ教えて欲しい。」
「ある程度の防御力があるなら、脅威が去るまで耐えれば良いじゃないか?」
「その脅威はいつ去るんだ?その間じっと亀の様に首を縮め耐えるのか?耐えている間、飯はどうするんだ?クソはどうするんだ?何年も脅威が立ち去らなければ餓死するのはこちら側だ。そうならないための作業を今行っている。」
社長はここまで一気に話し、少し間を空けて
「話は変わるが、俺は偶然とは思えない被害者の共通点を見つけたのだが、被害者の共通点は世良君はどう考える?」
「共通点ってなんの事だ?」
世良に動揺が見える。
「判らないのか?はっきり言おう全ての犠牲者が世良君とかなり仲が良かったという事だ。最初の姉妹。次の2名どちらも仲が良かったと言うか、部下に近い存在だったんじゃないのか?K市の頃の世良君は良く知らないが、4人へ世良君は彼らに対して命令出来る、指示に従わせられる立場なんじゃないか?」
「た、確かに仲が良かったがそれが何か関係あるのか?」
世良が焦りながら言う。
「このあいだ俺は言ったよな?犯行現場の方へ自らの意思で行っている様に見える。死後に移動された形跡は無いと。」
「ハイッ!言ってました。それからミクちゃんが世良君に『タバコを街で探してくる様に頼まれた』って言ってたのを今、思い出しました。」
ピュア小僧イチローが、僕すっごい事を思い出しました的な表情で、このタイミングで思い出した事を元気良く話す。
ピュア小僧イチローの思わぬ方向からの攻撃に世良のストレスはピークを迎えた様だ。
「それが何だよ?このバカ!だからオマエは周りから良い様に使われるんだ。それに全ての事件に俺はアリバイがあるんだよ。」
「アリバイがあるんなら、なぜ堂々と頼み事をしたと言わない。殺された者のためにも些細な事で良いから教えてくれって言っただろう?今回の二人も何か頼み事をしたのか?」
言い難そうにモジモジしはじめた世良に社長の怒りが限界突破した。
「オメー男だろぅが!ハッキリ言えボケが!人の命がかかってる時に妙なプライド持ってんじゃねーぞ!そんなもん、クソの役にも立たん!今はクソですら役に立つぞ!オラっ言え!」
それでも世良はモジモジして何も言わない。
「皆んなは悪いが、二人の葬儀の準備をしてくれ。それと岡を以前に使ってた男子寮に呼んでくれ。世良は一緒に来い。」
皆にそう指示を出すと世良の襟首を掴みズンズン歩いて行った。襟首を掴まれた世良はまるで悪い事をしてこれから叱られる子犬の様だった。
男子寮。数日前まで避難者の男性住居だった所だ。社長は玄関ドアを勢い良く開け中に世良を放り投げた。
「何すんだよ。」
世良の抗議に問答無用で腹を殴りつける。身体がくの字になった所で安全靴を履いた足でさらに腹を蹴り上げる。
「おい、吐きやがれ。」
世良は何も言わない。
社長の眉間のシワが深くなると同時に腹に安全靴の蹴りをさらに数度打ち込む。
たまらず世良は胃の内容物を吐き出す。
「おぃおぃそっちの方を吐いてどうする?どうだ?言う気になったか?」
胸ぐらを掴み、赤子なら揺さぶられ症候群で死ぬ勢いで世良の頭をガクガク揺らす。
その時ドアがガバっと開く音がして社長が振り向くと岡が立っていた。
「社長よ、ちょっとやり過ぎじゃねーか?」
呆れた表情で岡が話す。
「岡が言ってた可能性も出て来たな。どぅもコイツ侵入者と繋がってる匂いがプンプンする。コイツの指示で1人は確実に死んでる。残り3人もコイツが指示を出してる様だ。
周りを焚き付けて俺を追い落し、侵入者を利用して自分が王座に君臨する。おおかたそんなシナリオでも描いてそうだ。」
岡と話しながらも横たわった世良にゴスゴスと蹴りを入れ続ける。
「社長よ、その辺で止めとけ喋れなくなってるぞ。おぃ世良よ、正直に言わねーともっとひどい目に逢うと思うぞぉ。まぁこんな世界で殺人幇助の容疑者に情けは無用と俺は思ってるがな。」
それでも世良は何も言わない。
「だんまりか、社長よ、コイツの口を割らせるのは俺に任せてくれないか?」
「あぁ、いいぞ。俺がやると殺しかねん。任せた。」
「自衛隊のレンジャー訓練で受けた、死んだ方がマシって思える拷問を再現してみますかねぇ。屈強な自衛官も余りの苦しみに泣いて許しを乞うたり、中には人格が変わる奴もいたりする。覚悟しろよぉ?世良。」
岡がそう言う言いながら腰に付けていたシースナイフを抜きヒラヒラと世良の顔の前でナイフを行ったり来たりさせると、世良の顔がみるみる青くなり喋り出した。
「社長が閉じ込めた自衛隊が生き残っててソイツと共謀しました。」
世良が怯えながら話し出す。
「おー、アイツラか。生きてたんだな。5人居たが全員生き残ってるのか?」
社長が遠くを見る目で聞く。
「1人だけです。ヤマダって名乗ってました。」
「ヤマダ?あとの4人は?」
岡が驚きの表情で聞く。
「それなら判るぞ、全員偽名だと思うが、コジマ、ヨドバシ、ノジマ、ケーズだ。知ってるのか?」
社長が補足する。
「ケーズは知らんが発電所の防衛戦で早々に行方が分からなくなったやつらだ。同時に相当量の弾薬が無くなってた事が判ってな、それがあれば全滅はしなかったと思う。」
心底悔しそうな表情で岡は話す。
「そうか、あの時弾薬はそんなに持って居なかった様に見えたがな。何処かに隠してるのか?」
「それは追い追い探すとして、コイツどうする社長よ。」
世良を顎で指す。
「このバカは取り敢えずここで縛って監禁しておこう。おぃ、オマエの沙汰は落ち着いてから言い渡す。」
髪の毛を掴み息がかかる距離で凄む。
「敵が判ったな。これから掃討戦になるが、銃を持った相手だ、俺達に任せろ。」
岡が胸を張る。
「あぁ、餅は餅屋だ。さぁ、敵も判ったし皆に警戒する様に伝えるか。」
社長が玄関ドアを開け数歩外へ出た瞬間、一発の銃声が鳴り、社長はドウっと倒れた。




