21話 出張
K市に向かうには東に進めば早いのだが、東に向かう橋は全て土嚢が積まれ車両は通れない。
そのため一度南のS県へ抜ける峠道を通り、東へ進みその後北へ向かう、大きく迂回しなければならない。
「あの街の橋は全て土嚢を積んでるからこうして迂回しなければならない。少し遠回りになる。」
「遠回りでしょうがこうして安全に移動できるのであればこれ以上は望みません。それに安全地帯もあるとわかれば皆んな大喜びですよ。」
快調に田舎道を走る装甲車ダンプ。
「そう言えば自衛隊員は何人いるんだ?」
「5人ですね。発電所の警備についていたらしいのですえが、ゾンビの群れに襲われてほぼ全滅したそうです。」
「隊長とか幹部クラスの人はいるのか?」
「はい、熱いタイプのザ・自衛官って感じの方です。合流してから率先して防衛任務に当たってます。それがどうかされました?」
「いや、以前会った自衛官がならず者化してたからちょっとな。」
「心配ないですよ。国民の安全を守るのが我々自衛官ですから!が口癖の様な人です。」
「そうか、安心した。イチローはこれまで生存者を見たか?」
「いいえ、F市にたどり着くまでに会いませんでした。F市のあの街は土嚢が積まれてたから生存者がいるって思い、社長に会ったあの家を拠点にゆっくり捜索しようとしたところでした。」
「そうか、もう生存者は居ないのかなぁ。せっかくだからK市に行く途中の看板にあの街に来るよう落書きしてまわるか!生存者が見てウチに来れるように。」
大きめの看板を見つけては『安全地帯あり。F市西区M町』と書きながらK市を目指した。
「そろそろK市に入るが、どこにある病院なんだ?」
「中心部から西側、こちらよりにあるK市病院です。」
「けっこう大きな病院だろ?そこなら知ってるぞ、あと10分くらいか。ところでリーダーとかいるのか?」
「僕らのコミュニティーのリーダーは世良さんって人で、自衛官の方に負けじ劣らず熱い方です。」
「そう言えばたった一人で生存者を探す旅に出掛けたキッカケはなんだ?」
「リーダーの世良さんに言われたのもあったんですが、病院の中にずっといてもつまらなかったし、窓からゾンビを毎日観察していて、僕なら行けると思ったからですね。」
少し引っ掛かるな。
社長はイチローの話の内容に少しだけ違和感を感じていた。
「そうか、F市に来るまで大変だったろう?」
「大変だったけど、意外に楽しみながら来ましたよ。欲しかったロードバイクもスゴく良いやつに乗れたし、今着てるパーカーも普段なら買えないか、何カ月も頑張って貯金しないと買えない様なやつです。」
「それでも命が狙われる恐怖があっただろう?」
「こう見えて実は僕、琉球空手の有段者なんです。琉球空手って武器も使うんです。中でも僕の得意な武器はコレです。」
リュックからトンファーを2本出す。
トンファーは太い棍棒に直角に取っ手がついた様な武器だ。アメリカの警察が良く持っている。一説によるとアメリカでトンファーを定着させたのは日本人の空手家らしい。
「コレは打つ、突き、絞め、極め、払う、絡める、と攻撃の種類が豊富なうえ、狭い場所でも振り回せるし、防御にも秀でてるんです。ゾンビは動きが遅いから1対1ならまず負けません。多い時は無理せず自転車で逃げましたし。」
「なるほどな、最初会った時はよく生きてこれたなと思ったが、そう言う事か、納得した。」
「あっ、もう見えましたね。」
装甲ダンプが敷地内に入る。
病院2Fの窓、正面ロータリーの屋根の上、屋上、自衛官の姿が見える。それぞれ小銃を手にし警戒している様だった。
「到着したぞ、俺が先に降りると警戒されるかもしれんから、先に降りて相手の警戒を解いてくれ。強奪者と間違えられて撃たれるのは嫌だからな。」
「え?そんな事無いと思いますよ。」
この子は結構ピュアだな。
イチローがダンプから降りて見張りの自衛官に顔を見せ手を振りただいま?と声をかけると張り詰めていた雰囲気が和らぐのを感じたところで社長もダンプから降りる。
念のため鍵はフロアマットの下に隠している。
バリケードをガタガタ動かす音が聞こえ、自衛官が現れた。
「はじめまして、私は岡です。格好から分かるかもしれませんが自衛官です。」
野戦服をキッチリ着こなした、社長と同じ年代で40代くらい、175cm程度の中肉中背だが、肩幅が広く鍛え込まれた感じの屈強そうな男だ。
「社長さん、この方が話していた隊長さんです。隊長さん、こちら社長さんです。」
「どうもはじめまして、イチロー君と偶然出会いまして、こちらに生存者が多数いると聞き、もし良ければ私が拠点としている街に移住されないかと思い伺いました。東西を川に守られ、北側は海、南側は山という防衛しやすい街です。街への進入は橋を渡るしかなく、その橋も全て土嚢でゾンビの進入を阻んでいます。」
「それは凄い。全部社長さんお一人でされたのですか?」
「いいえ、社員と嫁で街を封鎖しました。社員はゾンビになってしまいましたが。」
「私もかなりの数の部下を亡くしました。嫌な世の中になりました。」
隊長と話していると、病院から両脇に女性を従えた人物がやってきた。
「こんにちは、私は世良です。このコミュニティーのリーダーをしています。」
180cmくらいで明るい栗色の若干巻いた髪、細身のスーツが似合いそうな、いかにも最近のチャラい営業マンといった風貌だ。
イチローから話を聞いていて感じた嫌な予感がしていたが当たりそうだ。
「社長さん、来る時に話していた世良さんです。世良さん、こちら社長さんです。社長さんが安全地帯を作られたので、皆で移住しませんか?移動もあのダンプを使えば問題ないですよ。」
「完全な安全とはまだ言えませんが、現時点ではたぶん日本中で一番安全と言えるはずです。
街を一つ封鎖しているので、中に残ったゾンビさえ全て始末できれば完璧ですね。ゾンビの殲滅作業中に偶然イチロー君と出会い、生存者がこちらには多数いると聞き、早く来た方が良いだろうと判断し伺いました。」
「おぉ、それは凄いですね。私も病院だけではダメだと感じていたところです。これから病院内にいるメンバーに声掛けすぐに用意させます。」
「今日はこれから出発しても途中で日が沈みますので、明日の朝出発しましょう。」
「そうですね。では今日は病院でゆっくりされて下さい。」
「いえ、それには及びません。私はダンプの荷台で休みます。食料も持参しておりますのでご心配なく。」
「そうですか。では明日お会いしましょう。イチロー君ありがとう。大変だったろう?」
世良はイチローに話しかけ、親しそうに肩を組み病院に戻っていった。
「岡さん、堅苦しい話し方は私の性分に合わないので平易な言葉使いでも大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。」
「この病院の防衛をかって出ているとイチローから聞いたんだが、ゾンビは1日で何体くらいこの病院にきます?」
「だいたい20?30体くらいですかね?それがどうかしました?」
「そうですか、いえ、来る時にゾンビをあまり見かけなかったから、確かこのK市は人口90万くらいでしょう?もっとウヨウヨいそうな予想だったんですが、若干拍子抜けした感じですね。」
「私もそう感じていたんです。実はここにたどり着く前に発電所の防衛任務に当たっていましたが、ゆうに2,000は超えるゾンビの波に押し潰された格好で部隊はほぼ全滅しました。壊滅的ダメージのなか、なんとか生き残りを集め、命からがらたどり着いたのがここの病院だったのです。」
「その群れはどこに行ったんでしょうね?」
「私にも判りません。」
考えてもしょうがない事ではあるが、二人はしばし考えるのであった。




