20話 イケメン現る
いつも通りに日の出とともに起床し、簡単な朝ご飯を皆で食べ、社長は身支度をする。
ゾンビが現れる前よりも早起きして規則正しい生活を行っている事に気付いた社長は鏡の前で一人ニヤける。
「んじゃ行ってくる。マイロ!おいでぇ。おいちゃんとお出かけするよぉ。」
寝ていたマイロは喜び、跳ねながら足にまとわりついていた。
最近は一人で活動している。
リンダとカズミはコンビを組み万能板で仮囲いを設置している。
広い範囲を囲うためまだ時間が掛かりそうだ。
その間に封鎖域内のゾンビを殲滅すべく一人で動いていた。
アキコは皆のお母さん役になっていた。
「よしよし、今日もゾンビホイホイに沢山居るな。」
学校のグランドにドーナツ状にユンボで穴を掘り、真ん中の小島にラジカセ最大ボリュームでハードロックを流す。一晩経つとゾンビが穴の底でウロウロしている。という簡単だけども強力な罠を仕掛けていた。
ゾンビ発生当初に雄二と学校に閉じ込めたゾンビは全てユンボで追いまわし、スタンピング攻撃で駆逐し、死骸を穴掘って埋める時にこの方法を思いついた。
ユンボでウロウロしているゾンビに向かって移動しスタンプ、移動しスタンプを繰り返すと無駄な燃料を使う。この方法なら移動距離は少なくて済むため燃料を節約できる。
「我ながらナイスアイデアだ。」
30分程で穴のゾンビを処理。
その後、移動用のプリエスで封鎖した橋を見て回る。
昼メシを大型土嚢の上で食べ、マイロとしばらく昼寝。13:00少し前に起き出し午後は家庭訪問。
「こんにちわ?!!」
初めてのお宅訪問では挨拶は忘れない。
使えそうな物、食べられそうな物を探す。モチロン土足で侵入する。いちいち靴を脱いでいると緊急時にすぐに逃げる事が出来ない。
ひとしきり探索を終えると外に出て玄関ドアにスプレーで大きく丸を書く。探索済みの印だ。
そして次のお宅訪問。先程と同じ様に玄関ドアを開けて挨拶する。
「こんにちわ?!」
その時マイロが尻尾を下げ隅に隠れた。
「ここは元住人が居る様だな。こんにちわ?!!!」
はーい!と言わんばかりにゾンビが唸りながら3体現れる。
「いいお天気ですねっ!」
バーナーで焼き入れし、石頭ハンマーで叩き尖らせた鉄筋を頭に叩き込む。
「お洗濯物がよく乾きそうですねっ!」
次のゾンビにも鉄筋を叩き込む。最後の一体に振り返るとマイロに襲いかかろうとしていた。
「何ウチの子に手を出してんだぁ?オラぁ。」
腹を蹴り、倒れたところで鉄筋を叩き込む。
「マイロぉ、もう怖くないよぉ、おいでぇ。おいちゃんが怖いのぜーんぶやっつけたからねぇ。」
そう言いながら屈みマイロを抱き上げる。マイロは怖かったのと言わんばかりに震えながら社長の顎や鼻をペロペロ舐めていた。
ドアを開けた瞬間に反応するマイロレーダーは優秀だ。お宅訪問にマイロを連れてくるのは癒し係だけでなく、レーダー係も兼ねている。
何軒目かのお宅訪問で、やけに高い塀、監視カメラ、重厚な鉄の門扉、ゾンビ発生前は常に誰かが門の前で立ってる様な雰囲気の邸宅にたどり着いた。
「道を極めた方々が住んでた家っぽいな。生き残ってたらトラブルに発展する匂いしかしないな。ここは一旦スルーしとくか。もしゾンビになってたとしてもこんな門を開けて出て来る事は出来ないだろう。次に行こうか、マイロ。」
日が傾き始めたので拠点へ戻る。
「嫁さん達、帰ったぞ?。今日はあんまり収穫はなかったな。
そういえばヤクザっぽいお宅があったけど、生き残ってたら嫌だからスルーした。」
「社長さん、ヤクザなら鉄砲とか持ってそうですね。」
「そうだな、リンダ。でも鉄砲があっても、使い方がわからんからな。暴発とかして、かわいい嫁さん達やマイロに当たったら、俺は立ち直れんと思う。一応、警官のピストルは回収してるけど、そのままプリエスに放り込んでる。」
「社長、今度DVD持って帰ってよぉ。娯楽が必要だよぉ。順番回ってくるまでのお楽しみも必要だよぉ。」
カズミが甘えてくる。
「わかった。明日レンタルしてくる。どんなのがいいなだ?」
「アニメ!隣のドトロとかその辺り。」
「わかった。アキコは何かリクエストはあるか?」
「紅茶が飲みたいから、ティーセット一式と茶葉をお願いします。」
「リンダは?何か欲しい物あるか?」
「特に無いけど、作業用の手袋がボロになりかかってるから、新しい手袋が幾つか欲しいなぁ。」
「わかった。明日探しておくよ。ところで仮囲いの設置作業はどの位で終了しそうだ?」
「今、全体の半分が終了したぐらいかな?だいぶ慣れてきたから後半は早くなると思うよ。」
「そんなに急がないから安全第一でよろしく頼む。」
翌日、ルーチンワークとなったゾンビホイホイの処理、土嚢の見回りを終え、お宅訪問する。
まだまだ訪問しなければならない家はたくさんある。
「こんにちわ?!」
やはり挨拶は忘れない。
「はーい」
!!
お宅訪問を始めて初めての返事が返ってくる。
「はじめまして、僕は鈴木一郎です。イチローと気軽に呼んでください。こうなる前は大学生でした。」
爽やかなイケメンだ。
「はじめまして、俺はワタナベだ。こうなる前は土木会社の社長だったから皆からは社長と呼ばれてる。いつからここに?」
念のためいつもの偽名を名乗る。
「昨日到着しました。ここはすごいですね。ゾンビがほとんど居ない。」
「最初にほとんどのゾンビを処理して、他からの流入を防ぐ土嚢を積んだからな。今はこうして一軒ずつ安全を確かめてる。イチローはここに来る前はどこに居たんだ?」
「K市です。そこにも生き残りのコミュニティーがあって他の地域の生き残りに避難を呼びかけるためこうして旅しています。」
「どこに立て篭ってるんだ?」
「大きな病院です。ゾンビ発生時はとても沢山のゾンビが居ましたが、生きている人間を求めて移動したみたいで空になってました。そこにバリケードを築いて立て篭ってます。
自衛隊の方も数人合流してきて安全ですよ。」
「全体で何人ぐらいいるんだ?」
「そうですね、僕が出発する時は、20人は居ました。」
「どうやってここまで来たんだ?」
「自転車です。ロード用だからスピード出ますよ。あの土嚢の外側に置いてきてますけど。あの土嚢はすごいですね。ゾンビが何人来ようとも突破されないでしょうね。生きてる人間ならよじ登って来れますけど。」
「そこがポイントなんだ。ゾンビは来れないが、人間は来れる。人は一人では生きていけないから、ここへ来る人間は迎え入れようと思ってる。まだ完璧に安全とは言い難いが、よその地域に比べるとかなり安全度は高いと思ってる。
イチローのコミュニティーもこっちへ引っ越すか?病院だけだと尻すぼみの未来しかないぞ。」
「そうですね。戻って話してみます。」
「コミュニティーまで送ろうか?安全に移動できる手段もあるぞ。」
「ありがたいです。では、お言葉に甘えさせていただきます。」
「そうと決まれば、まずはウチに来い。」
社長はプリエスにイチローを乗せて帰る。
助手席はいつもマイロの指定席だったが、今日はイチローが乗っているため、マイロは社長の腿の上で顔だけ窓から出している。カーブを曲がるたびに遠心力で落っこちそうになるため、左に曲るたびに社長がマイロを支えていた。
ガタイのいいオッサンの、細かな気遣いにイチローは微笑ましくそれを見ていた。
「おーい、嫁さん達帰ったぞ?。今日はスペシャルゲストさんと一緒だ。」
「あら貴方早かったのね。こちらは?」
「アキコ、イチローだ。イチロー、アキコだ。」
「はじめましてK市から来ました。」
「はじめまして、アキコと申します。お若いんですね。ここまで大変な道のりでしたでしょう。」
「21です。自転車で来ました。」
「生き残りがK市にまだいるそうなんだ。これからお買い物車でイチローを送ってくる。ひょっとすると帰りは大人数になるかもしれない。」
「あら、賑やかになるのは良い事ですね。いってらっしゃい。」
柔らかな笑顔でアキコは応える。
「おぅ、行ってくる。ティーセットはまた今度な。カズミとリンダにも2~3日出掛けると言っててくれ。」
イチローは装甲車と化したダンプに目を白黒させている。
「すごい車ですね。これなら確かに安全そうです。」
「だろ?荷台に乗れば人数増えても対応できる。じゃ、行こうか!」
社長は自慢のダンプを褒められ、気分良くキーを回した。




