15話 リンダの里帰り
社長がゾンビを引き連れ去っていく。
5分程待機し、周りにゾンビが居ないことを確認する。
念のため母親の家とは反対方向に100m程戻り、キッチンタイマーを15分後に鳴る様にセットする。
もしも道路に新たなゾンビが現れても社長が回収に来る10分前には、キッチンタイマーの音に誘導され回収ポイントで待機できるはず。
放置車両の陰に隠れ、音を立てずに行動する。
母親家の玄関のドアノブに手を掛ける。なんの抵抗もなくドアノブは回った。
この時点で覚悟を決める為に深呼吸を数回繰り返し、社長謹製の尖った鉄筋を片手にドアを勢いよく開ける。
玄関口のすぐそばにに母親がゾンビとなって立っていた。反射的に母親の頭に鉄筋を叩き込む。
元母親だった身体は糸の切れた操り人形の様にその場でガックリと倒れこむ。
その姿を見て初めてこれまでの思い出がこみ上げてくる。
ひとしきりその場で声を出さず泣き、そのまま居間に入ると家族のアルバムと母親が使っていたガラケーを掴むと直ぐに回収ポイントのワゴン車の屋根に登り携帯を開ける。
未送信メールにいくつかのメールが残されていた。
『電話が急に使えなくなったからメールします。
お隣の樋口さんとこのおばあちゃんがウチの庭でウロウロしてるから痴呆が始まったのかなって声掛けたら、いきなり噛みつかれました。
それ以外はお母さんは大丈夫です。翔子は大丈夫ですか?
外が騒がしいので心配です。』
『翔子、お母さんは急に体調が悪くなりました。病院に行こうにも身体が言うことをききません。救急も電話が繋がりません。ひょっとすると、これが最後になるかもしれません。どんどん身体から力が抜けています。
翔子、あなたが生まれた時、すごく幸せで嬉しかったです。翔子からたくさん幸せを貰いました、時には怒ったりもしたけど、今はいい思い出です。
願わくば、翔子が一生を掛けてでも、好きになるような素敵な人に出会えますように。
お母さんの様な辛い事が有りませんように』
リンダは大きな声を出して泣いていた。
キッチンタイマーの音で集まったゾンビがリンダの鳴き声に惹かれワゴン車に群がり蠢いていた。
リンダがハッと気がつくと今にもワゴン車が引っくり返らんばかりの勢いでゾンビがワゴン車に群がっていた。
「ウチの嫁に何してんだおらぁ!!」
まるでボウリングの全力投球の様にダンプが群れに突っ込む。ただしカッコーンという小気味いい音はしない。
「社長さん、その設定まだ続いてたんですね。」
「前にも言ったろ?もう家族だって、さっさと行くぞ!」
「ありがとう。社長さん。」
「おっ、おう。任せとけ。お母さんはダメだったみたいだったな。残念だ。」
「ううん、もう大丈夫。ホントはこうなること判ってたんだ。お母さんかなりおっとりした性格だったから。」
「そうか、まぁ確認出来たことだからヨシとしよう。次はメーテル救出作戦だ!」
S市の中心部から少し離れた住宅街へ向う。
ダンプは住宅街でかなり取り回しが悪い。
「このシチュエーションに合う車があるんだけど、そんなに都合よくあるはずないよなぁ。駅前で調達するか。」
「出た、社長さんの自己完結。どうせ行けばわかる!でしょう?嫁さんなら何でも言って下さい。」
「苦節40年、天国のオトーサン・オカーサンやっと嫁ができました。」
社長は胸の前で手を組み、祈るような恰好でおどけて見せる。
「冗談言ってないで教えて下さい。」
「駅前には大抵レンタカー屋があるだろう?そこなら鍵付きの車が有るはずだ。手に入れようとしてるのはトミタのプリエスだ。
ダンプみたいな突破力は無いが、隠密行動には持ってこいだ。たまに音もなく後ろに居てビックリする事があるからな。」
二人は最寄りの駅に向う。
「かぁ?、駅前はやっぱり多いな。」
最寄りの駅ロータリーは歩道にも車道にもゾンビで溢れていた。
平時であれば、駅前のイベントが開催されたかの様な有様だった。
「もともと人が多く集まるところは流石に多くいますね。」
「陽動作戦をするにしても1人ずつ別れる事になるな。」
「あたしは大丈夫だよ。」
「俺が気が気でない。」
「嬉しいよ、旦那さん。」
「おっ、その設定続けてくれてるんだな!」
「冗談は置いといて、あたしはホントに大丈夫だよ。ダンプから降りなければ、安全だしね。」
「じゃぁ、頼んでいいか?戻ってくる時は分かりやすい合図をする。」
「はいはい、その時になれば分かるシリーズでしょ?」
「その通り、回収ポイントはレンタカー屋でいいな?」
「オッケー。」
「じゃぁ、陽動作戦をお願いするぞ。」
社長はレンタカー屋の前に放置されたバスにダンプから、よっこらしょっとよじ登る。
登ったところで社長は振り返り、リンダにグッと親指を立てる。それを見たリンダはダンプを賑やかに発進させた。
音楽に合わせホーンが鳴り響く。ハーメルンの笛吹男の様だ。ついて行くのはかわいい子供では無く、ゾンビなのが世紀末感が出ていて哀れだ。
群れが離れた事を確認して社長は隠密行動を開始する。気分は忍者だ。
低い姿勢のまま素早くレンタカー屋に入る。いつもの挨拶はナシだ。
2体のゾンビが居たが近くの1体は素早く鉄筋を頭に打ち込み破壊。もう1体は初めての試みだが、首を180度以上捻り倒す。
10秒待つ
20秒待つ
30秒待っても動かない。
どうやら有効な様だ。これは力が強い男だからできる事で女性には無理だろう。それと頭を掴む際に噛まれそうになる。革の手袋を着用しても防げるかどうか判らない。武器を失った際の最後の抵抗手段という位置づけだな。
周りを見渡すと、鍵を纏めて保管しているボックスを発見した。鍵に付けられたタグにはナンバープレートの番号が書いてある。
「これじゃ判らん。」
全ての鍵を引っ手繰り、表に出てロック解除のリモコンボタンを片っぱしから押す。
目的のプリエスがハザードを2度ウィンクさせる。
「ヨシこれだ。」
低い姿勢のまま音もなく移動しゆっくりドアを開け乗り込む。モチロン閉める時も音を立てずゆっくりだ。
「鍵をどこに刺すのか判らんぞ?これ。」
スタートボタンを押してみる。エンジン起動せず。
「ヤバイ、最近の車は本気で判らん。そもそもロックを解除したのは鍵じゃ無いし。」
ハンドル周りにリモコンをはめ込む穴に気がつくのは乗車してから5分程経ってからだった。
住宅街をゆっくり進むプリエス。
今時の住宅ではなく高い白塀に囲まれ、枝ぶりの素晴らしい松と、趣きのある門がある古い武家屋敷のような邸宅の前に停車する。
社長は門に手をかけるが閂が掛けられていて開かない。すぐに諦め、プリエスを壁ギリギリに寄せ停車し、屋根に登り塀を乗り越え飛び降りる。縁側に向かうと雨戸がしっかり閉じらている。雨戸をノックしながら、
「アキコ迎えに来たぞ!」
小声で呼びかける。大きな声で周囲のゾンビを呼び寄せると脱出が難しくなるからだ。
その時後ろか近づく気配を感じ、先端を尖らせた鉄筋を腰のベルトから引き抜き振り返ると同時に社長は意識を失った。




