第七話『私は私の身代わりがほしいのです』04(完)
からんからん。
店に入ってきたその男は陰気を体現したかのようだった。
やや脂っぽい黒髪と枯れた木を思わせる痩躯。黒い目は落ち窪み、淀んだ色を見せていた。
その男はカウンター席に案内され、茶をもらうと、堰を切ったように話しだした。
「はじめまして。私は集団墓地の墓守をしているジェイコブと申します。先日、身寄りのない娼婦の遺体が運ばれてきました。それを見て、自分の仕事がなんて嫌な仕事なのだと、強く感じてしまいました。元々毎日のようにそう思っていたのですが、今回のことで決定的となりました。どうしようもない閉塞感と絶望感に私は仕事をやめたくなったのです。しかし、私に後継者はいないし、――」
からんからん。
店のドアに取り付けられた鈴の音で客が帰ったことを知ると、カウンターの奥のドアからリリーとギーは店を覗き込んだ。リコリスは愛想笑いを消し、カウンターに頬杖をつき、かったるそうにしていた。
ギーは思わず声をかけた。
「……またですか。何度来るんでしょうね、あのお客さん」
「三回くらいまでなら楽しかったけれど、こう何度も何度も、毎度同じ説明をして、いい加減飽きてくるわ」
リコリスはうんざりしたように答えた。
「でも彼は死ぬまでずっと通い続けるでしょうね。もう一人の自分欲しさに。滑稽ね」
リコリスはドアの向こうを見るように、嘲笑を浮かべた。ギーはそれ以上は何も言えずに店内の掃除に取り掛かった。
リリーは唇を噛み締め、しばらく黙ったままただ立っていたが、意を決したように口を開いた。
「自分の身代わりなんて、なんで欲しいのでしょうか。私なら、絶対欲しくないです……私は私だけでありたいです」
強い意志を吐き出すような呟きだった。
リコリスの目が優しげに細められた。静かにリリーの元へ寄ると、その華奢な身体を抱きしめた。
「子猫ちゃんは想像力があるからわかるのよ。自分の都合のいいことしか考えられない愚か者のことは忘れなさい」
子守唄のような響きの口調であやすようにリコリスはリリーの髪を撫でた。
リリーはリコリスの胸に顔を埋めながら、眉を寄せた。もう一度、口を開く。
「私は、私だけです」
「――ああ、子猫ちゃん」
リコリスは苦笑した。
「私達の関係と、あの愚か者は全く別物よ」
リコリスの声はどこまでも慈愛満ちていたが、リリーの曇った表情を晴らすことはなかった。
――ギーはこっそりと嘆息しながら、ただひたすら掃除に集中した。
第七話『私は私の身代わりがほしいのです』、完結です。
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