第七話『私は私の身代わりがほしいのです』01
身代わりが欲しい男の話し。
からんからん。
店に入ってきたその男は陰気を体現したかのようだった。
やや脂っぽい黒髪と枯れた木を思わせる細い身体。黒い目は落ち窪み、淀んだ色を見せていた。
その男はカウンター席に案内されると、出された茶にも手を付けずに、堰を切ったように低くしゃがれた声で話しだした。
「あの、はじめまして。私は集団墓地の墓守をしています。ジェイコブと申します。先日、知人が死に、その遺体がうちに運ばれてきました。それを見てですね、自分の仕事がなんて嫌な仕事なのだと、強く感じてしまいまして。いえ、元々毎日のようにそう思っていたのですが、今回のことで決定的となってしまい、どうしようもない閉塞感と絶望感に私は仕事をやめたくなったのです。しかしですね、私に後継者はいないし、家族もいません。誰も私の代わりにあの墓地を管理する者はいないのです。墓なんて放棄すればいいと思うかもしれませんが、私には、そんな恐ろしい選択は出来ないのです。そんなときにこの魔法薬店の看板を見たんですね。ここは望んだ薬が手に入ると書いてありました。その下には今月のオススメなんて物も書いてありました。内容を見る限り、荒唐無稽な薬だと思いましたが、そういう薬が、本当に手に入るのですね? 私が望む効果の、夢のような薬が」
男――ジェイコブは早口で捲し立てると、目の前の美しすぎる店主に尋ねた。店主は頷いた。
「ええ。勿論でございますわ、御客様」
その心地よい返事を聞きながら、ジェイコブは茶をごくごくと飲んだ。最後まで飲みきり、一息つくと、ジェイコブはまた口を開いた。
「私がおかしなことを言っても、どうか笑わないでください。私は私の『身代わり』がほしいのです。そんな願いを叶える薬はあるのでしょうか?」
ジェイコブは疑い深いような眼差しで店主を見た。店主は先程と変わらぬ様子で頷いた。
「ええ。勿論でございますわ、御客様」
先程と変わらぬ返事をすると、店主は静かな動作でカウンターのすぐ後ろの棚から一つの薬を取り出した。
小洒落た小瓶の中には無色透明な液体が入っているようだった。水のようなそれは時折不思議な光を放っているように見えた。
店主はそれをそっとジェイコブの前に置いた。
「こちらは御客様そのものを作り出すことが出来る薬でございます」
「……私、そのもの? 私がもう一人出来るということですか?」
「ええ。勿論でございますわ、御客様」
店主の言葉をにわかには信じられないとジェイコブは首を振った。店主はジェイコブを気に掛ける様子もなく、一枚の紙を取り出し、つらつらと何かを書き出した。
「こちらの薬は就寝前に、出来れば寝床などで腰かけてお飲みください。服用後、暫くするとご自身から、ぬるりと、何かが出てくるのを感じられると思います。すると御客様の横には、寝ている状態のもう一人の御客様がいることでしょう。『身代わり』の完成でございます。寝ている方の御客様には、服用前及び薬に関する記憶はございません。起きる頃にはただ何も知らずに、また日常を過ごすでしょう。そして、御客様は、自由になるのです」
まるで宗教の教えを説くように店主は滔々と語る。到底、薬の効能の説明と思えないが、紙に書かれていく効果や注意事項を目で追い、そして店主の心地の良い声を聞き、ジェイコブは引き込まれていくのを感じていた。
店主の手がぴたりと止まる。
「さて、いかがいたしますか、御客様?」
尋ねる店主は、もうジェイコブの答えがわかっているかのような口ぶりだった。ジェイコブは目の前の薬を食い入るように見つめた。彼の耳に囁くような店主の声が入り込んできた。
「お代は、御客様の魔力、もしくは寿命でございます」
蠱惑的で悪魔的な言葉にジェイコブは震え、――そして決意を固めた。
続きます。




