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リコリス魔法薬店  作者: 雨天然
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第六話『可愛らしくも楽しい薬だ。ずばり、『手からお菓子が出せる』薬であるぞ!』04(完)

 アーエラノスの城下町は今日も夕暮れを迎えようとしていた。教会の鐘が鳴り響き、中央広場の噴水前で遊んでいた子供たちもそろそろ『あの老人の登場』をそわそわと待ち出す頃。


「へへいへーい。ぼうやたち、お嬢ちゃんたち」


 軽快な口調で老人が子供達に声をかけた。夕焼けで照らされる頭部が、柔らかな温かみのある色に染まっていた。かつらと色付き眼鏡はなかったが、子供たちはその声ですぐにその人物が誰だかわかった。この老人は必ずやってくるのだから。むしろ、待っていたと言うべきだった。


「お菓子のおじいちゃん来た!」

「今日はハゲだ! ほらやっぱりハゲだった!」

「おかあさんに怒られたけどお菓子ちょうだい!」


 子供達の笑顔は今日も眩しい。邪気のない愛くるしい笑顔で菓子をせびる。たまらなく可愛い。ああ、やはり来てよかった。ヒューセントは心からそう思った。


「もちろんだとも。今日はお菓子のほかにお母さんにもプレゼントがあるんだ。渡してくれる子にお菓子をあげよう」

『渡すー!』


 大変元気のよろしい返事が広場に響いた。

 ああ、やはり子供たちは良い。心が洗われ、活力が漲る。これこそが、未来への力なのだ。彼らの笑顔のためならば、婦人会に怒られたってかまわない……とは言えないのが情けないが、子供たちの笑顔と彼女たちのご機嫌とりの為なら何でも出来る。ヒューセントはそう思った。

 ヒューセントはいつも通り、手をくるくると動かした。子供達がそのタネを明かそうと真剣な眼差しで彼の手をじっとみていた。その手からいつも通り菓子が出てくると歓声が上がった。

 そして、もう片方の手からは大きな丸型のパンが出てきた。この国で一般的に食べられるユドルパンだった。香ばしく慣れ親しんだ素朴な味と、かりっとした外側ともちもちした内側の二つの食感が楽しめることで人気も高い。なにより、日持ちがするパンだった。

 これこそが、ヒューセントが婦人会への苦情をなくすべく持ち出した秘策だった。ヒューセントは『手からお菓子とユドルパンを出せる薬』を買ったのだった。

 お菓子の他に、このユドルパンが配られたとなれば、婦人たちも必ず喜ぶだろう。パンをもらって困る家庭などそうはないはずだ。

 お菓子よりも大きく隠せるはずのないパンが何もない手から出てきたことに、子供達は大興奮した。


「すごぉぉい!」

「ユドルパンだ! どこから出したの!」

「もっかい! もっかいやって!」

「ははは。これこれ。大丈夫、皆の分あるよ」


 一番近くにいた子に出した菓子とユドルパンをあげると、他の子供達は我先にとヒューセントのその服を引いた。

 今日ももみくちゃにされながら老人は微笑んだ。これですべてがうまくいくのだ。愛してやまない街の愛してやまない子どもたち、そしてその家庭までも幸せになる小さな魔法。この夢こそが明日への希望。

 これこそが、自分の求めていたものだ。ヒューセントは自分の胸が熱くなるのを強く感じていたのだった。



 からんからん。

 モンドがあの魔法薬店に入れば、そのカウンターに項垂れた主人の姿を見つけ、密やかにゆっくりと鼻から息を吹き出した。ヒューセントの向かいにはあの店主リコリスが、そして横には、以前来店した時に茶を持ってきた少女が座り、気遣わしげにしていた。二人はモンドに小さく頭を下げた。カウンターに出されたお茶はまだ湯気が立っていた。まだ来て間もなかったようだ。

 ヒューセントはよほど落胆しているのだろう。モンドが背後に近づいたことも気付かず、泣きそうな声で愚痴をこぼしていた。


「今度こそ、うまくいくと私は思ったんだよ……なにより婦人会に怒られたくなかったんだもん……でもそしたら今度はパン屋協会が……」

「さぁ我が主、城に戻りますよ」

「……げぇ! モンド!」


 モンドが声をかければ、ヒューセントは振り向いて心底嫌そうな大声を上げた。どうせ言っても聞きやしない、とモンドはヒューセントの襟ぐりを引っ張った。不敬罪など知ったことではない。


「パン屋協会に頭を下げに行くのです。あなたの配慮の足りない行動が彼らの生活を脅かしたのですから」

「ぐぇぇ! 嫌だぁぁ! せめて新しい薬だけでも、頼む! 頼む!」

「駄目です。あと婦人会の方々も城に来ていますよ」

「なんでぇ! どうしてぇ!」


 大仰に喚く主を無理矢理カウンター席から引きずり下ろし、モンドは店主たちに頭を下げた。


「大変お騒がせいたしました。もしこの方が何か新しい注文をしていたとしても、どうかなかったことに」

「ええ、まだ次の薬の案については伺っておりませんので、大丈夫ですわ」


 変わらぬ笑みのままリコリスはそう言った。店員の少女は苦笑して、ゆっくり頭を下げた。


「そんな! リコリスさんや! リリーちゃん!」

「では、失礼いたします」


 泣き声のような悲鳴をあげるヒューセントを引きずって、モンドは店から出ていった。

 今日はこれからもっと面倒な仕事が盛りだくさんなのだ。さっさと城に戻らなくては。モンドは眉間に皺を寄せて、子供のように駄々をこね続けるヒューセントを馬車に押し込んだのだった。

第六話『可愛らしくも楽しい薬だ。ずばり、『手からお菓子が出せる』薬であるぞ!』、完結です。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

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