第六話『可愛らしくも楽しい薬だ。ずばり、『手からお菓子が出せる』薬であるぞ!』02
「御存じでしたら、御話が早いですわね」
何一つ変わることのない店主の様子にヒューセントは肩をすくめた。やはり食えぬ女だと改めて思い直した。
「ま、ある程度下調べしたのでな」
表情はそれこそ店主のように動かさなかったが、モンドは噛みつくように尋ねた。
「その口ぶりですと、本当に人々の寿命を削り取っているようですね」
すると、モンドの言葉を店主は手で制した。
「勘違いなさらないでくださいませ御客様。当店は寿命を頂戴しているのではございません。魔力で薬を購入して頂いているのですわ。魔力がない御客様にはその分の寿命を頂くのです」
店主は滔々と語る。
「当店の魔法薬には魔力が使われております。対価として頂く魔力は材料費と人件費と報酬分でございます。勿論、場合にもよりますが、多くは数日間ほど身体が怠くなる程度の魔力です。魂から魔力を抽出する場合は、寿命にも直結いたしますが、多くの薬が一日も満たない寿命で購入出来ます。もちろん、持病や御老体の御客様には健康状態を診断した上で薬を提供いたしますので、購入してすぐに死ぬことも決してございません。――当店は魔法協会に認可された正当な魔法薬店ですのよ」
なんとめちゃくちゃなおなごだ。ヒューセントは目を丸める。人の寿命を診た上で調節するのだとすれば、それはただ寿命を削り取るよりも恐ろしいことのように感じられた。
モンドも同じように感じたのだろう。忠実な従者は主を見た。
「やめましょう、我が主。この店は尋常ではございません」
モンドの進言も虚しく、ヒューセントは舌を出した。
「やだね」
ばっさりと断る。
「確かに怖いが、なおのこと興味が沸いてきた。それに私は若い頃は『閃光の魔法騎士』と呼ばれた精霊魔法使い。使わん魔力が余っているはずであろう」
「我が主。その閃光の云々は貴方の若禿を揶揄した方の二つ名です。正しくは『旋風の魔法騎士』です」
「ど、どっちだっていいわい! とにかく、魔力はある! 寿命も言わば私的財産。公費を使うわけでもないのだから、私の好きにする!」
「一時の私的な楽しみのために寿命を投げ出す領主がどこにいますか!」
「いっぱいおるに決まってる! 暴飲暴食も似たようなものであろう。むしろ寿命に対して曖昧なそれらよりも、しっかり診断して処方される薬の方がよっぽど健康的に思える」
ヒューセントはもっともらしくそう言った。腕を組み、駄々っ子のようにモンドから顔を背ける。
モンドが深いため息をつく。こうなっては自由奔放な主が梃子でも動かないことを、忠実な従者であるモンドは知っているのだ。
ヒューセントはモンドが観念したことを横目で見ると、カウンターに身を乗り出した。肘が置いてあったかつらにぶつかる。
「買う。購入する」
「ありがとうございます」
店主はにっこりとした笑顔でヒューセントの言葉に応じた。
「ご安心くださいませ。この薬でしたら、御客様の持つ魔力で十分に支払えます。魂から魔力を取る必要もございませんわ」
「やったぜ。モンドよ、ほらみたことか!」
ヒューセントは指を鳴らした。口笛さえも吹きそうなほどに喜んでみせた。
「ようやく念願のお菓子魔法が使えるぞい。夢だったのだ。常々街の子供たちにお菓子を配りたかったのだが、沢山持ち歩くのは面倒だったし、手品のように出したかったのだ。貴女のおかげでそれが叶うわけだ。いやはや、ありがたい!」
「ふふ。素敵な夢ですわね」
店主は変わらぬ笑みのままそう言って、カウンターから一枚の紙を出した。そこにさらさらと何かを書き付けていく。ヒューセントは思い切り覗き込み、モンドは目だけをそれに向けた。どうやら処方箋のようだった。薬の使い方や薬効などが流れるように止まることなく記されていく。速筆であったが、実に流麗な字だとヒューセントは思った。
処方箋の内容はこうだった。
その薬を飲めば一週間は任意で手からお菓子が出せるようになるそうだ。飲んだ薬にお菓子を精製する魔法が込められているので、使うときに魔力は必要ないようだ。つまり、これは厳密に言えば魔法ではないそうだ。出せるお菓子は多種多様の飴と焼き菓子。その種類まで明記されていた。キャンディ、キャラメル、べっこう飴、ロリポップにゼリービーンズ……、脳内で読み上げていくとヒューセントの口の中は思わず唾がたまった。
副作用は特にはないが、『食べ過ぎにはご注意』と書かれていた。まぁまぁそうだろう。しっかり歯磨きをしろとも書いてある。律儀な内容である。配る子供達にはそう伝えなければ。
「よろしければ、そこに署名をしてくださいませ」
「あい、わかった」
ヒューセントは店主からペンを受け取った。処方箋にイトミミズが集まったような特徴的な文字で、この街の領主の名前が記される。
ヒューセント・フィシス・アーエラノス
その長い名前を書ききり、ヒューセントがペンを返すと、店主は頭を下げてそれを受け取った。まるで剣を賜ったかのような丁寧さだった。
店主が顔をあげる直前。彼女の前髪の隙間から、赤い目が怪しく光るのをヒューセントは見た。
ペンを置くと変わらぬ笑みで店主はヒューセントに手を伸ばしてきた。
「御手を、どうぞ」
踊りを誘うように伸ばされた手に、ヒューセントは年甲斐もなく照れた。皺の深い老いた領主の手が白くみずみずしい店主の手に乗せられた。
ときめきはそこまでだった。
ひやりとした冷たさをヒューセントは感じた。それが店主の指先からだけではなく身体全体に広がり、冷たさは凍えるほどになったいった。身体が凍りついて動けなくなるかのようだった。
主の様子のおかしさにモンドは席を立った。彼の手が懐に伸ばされるのを、ヒューセントは視界の端で捕らえた。
「……ならん!」
咄嗟に制止の言葉が出たが、ヒューセントはそれ以上の言葉を発することも出来なかった。
つまり、これが――。
「薬のお代を頂戴いたしますわ」
店主は優しげな声でそう言った。ヒューセントの考えていたことが読み取られたかのようだった。
近年稀にみる恐怖――先週、執務室の引き出しをあけた瞬間に苦手なブリゴ虫が飛び出てきた時以来だ――にヒューセントは声にならない声をあげた。
からんからん。
店の鈴がなる。客二人が店を出て、ドアが閉まりきるまでリコリスは頭を下げていた。
次に顔をあげた時にはその表情は笑み一つないものになっていた。
カウンター奥のドアが遠慮がちに開く。中からリリーが様子を伺うように店に入り、心配そうにリコリスの顔をみた。
「……本当に領主様だったんですか?」
「ええ、本物よ。……大丈夫よ。ただの客として来ただけだから」
再びリコリスの顔に笑みが浮かんだ。言葉通りにリリーを安心させるかのような柔らかい笑みだった。カウンターに戻り、リコリスがリリーの頬を軽く撫でれば、彼女の顔が明るく輝いた。
「ところで何のお薬を買いにいらしたんですか?」
無垢な瞳が輝き、リコリスを見つめた。リコリスは僅かに硬直したが、観念したように――人間くさく――ため息をつくと、顎をしゃくって薬棚を指し示した。
「貴女の考案した薬よ」
「え?」
「手からお菓子が出せる薬」
呆れたような声音のリコリスであったが、リリーは頬を紅潮させて顔を緩ませた。
「本当ですか! うれしい!」
「……そう。よかったわ」




