第六話『可愛らしくも楽しい薬だ。ずばり、『手からお菓子が出せる』薬であるぞ!』01
変なじいさんたちがやってきた。
からんからん。
店に入ってきたのは二人の男だ。一人は山高帽を被り、上質な上着を身につけた老紳士のような男だった。身長も高く威圧感があり、短く整えた髪と髭、引き結んだ口と鋭い目付きはどこをとっても隙のない様子だった。もう一人もその『老紳士』と同じくらいの年頃の男であった。しかし、身に付けているものこそ、その『老紳士』よりも上等な服であったが、それに不釣り合いで奇妙な髪――ではなく、一目でわかるような安物のかつらと色付き眼鏡が異様な雰囲気を醸し出している。『老紳士』よりも細めの身体と長めの口髭も、二人を対称的に見せていた。
そして何よりも異様だったのは、『老紳士』の方がドアを開け、かつらの老人を先に通す姿だった。かつらの老人はその扱いに気負った風もなく、慣れた様子で店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ、御客様」
「ほっほ。これは噂以上の美人さんだ」
御辞儀をする店主にそう言い、帽子を取るような動作で頭を触った。しかし自身の頭に乗せているものが帽子ではなくかつらということにはたと気付き、手を退けた。かつらがずれ、異様さが増す。後ろに控えるように佇む『老紳士』は表情一つ変えずにいた。店主もにこやかなままだった。カウンター席を指し示す。
「どうぞ、お掛けくださいませ。御従者の方もどうぞ」
「いえ、結構です」
従者と呼ばれた『老紳士』は小さく首を振った。店主はそれ以上に強要することなく、カウンターへ戻った。
『老紳士』を従えたかつらの老人は「よっこいしょ」という掛け声と共に席についた。
間もなく、カウンター奥のドアが開き、湯気立つポットとカップを携えた少女がやってきた。それをカウンター席に座る老人の前と、その横の席に遠慮がちに置くと、しずしずと少女は下がっていった。
茶をおかれては仕方がないと思ったのか、『老紳士』は一礼してカウンター席についた。
「いやはや、良い茶でありますな」
すぐに茶に手をつけたかつらの老人はほっこりとした表情でそう言い、『老紳士』も同意するように静かに頷いた。
店主はにこりとした笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。先程の彼女が作ったものですの。――御領主様にそのように仰って頂けたのなら、大変に名誉なことですわ」
さらりと告げられた店主の言葉に、客の二人は手を止めた。
領主と呼ばれたかつらの老人は肩をすくめて、その頭部に手を伸ばした。ずれていたかつらを取る。つるりとした禿げ頭が部屋のほのかな明かりで照りを見せた。
「なんだ、バレていたのか」
領主は言った。肩を落として、かつらをカウンターに置く。ひどくがっかりした様子で、ため息をついた。
横の従者の表情はわずかに厳しいものとなった。
「ですから申し上げたのです。その変装はおかしいですと。服と頭があっていないのです、我が主」
従者がそう苦言を言うと、領主は目と唇を尖らせた。
「なぜなのか! どこからどうみてもおしゃれなおじさまだろう!」
唾を飛ばし食って掛かれば、従者は僅かに身体を傾けて、主である領主から身を離した。
店主はそれを涼しげに眺めていた。
「ええ、御客様。前衛的で独創性の高いスタイルでしたわ」
取り繕った様子もなく変わらぬ笑みのまま、店主がそう褒めると領主は相好を崩した。
「そうだろうそうだろう。こぉんな美女が言うのだから間違いないわい」
嬉しそうな主に対して、従者である老紳士はひどく深いため息をつき、より一層鋭い目で店主を見た。固い声で店主を制す。
「あまり主をそそのかさぬように。公務ではありませんが、この方がこの街の領主であることには変わりありません」
「失礼いたしましたわ」
店主は警戒の濃い視線をそよ風のように受け止めて小さく頭を下げた。
領主は口を曲げた。
「あー、やだやだ。一人でここに来たかった。しかし、仕方あるまい」
先程の従者のため息に負けず劣らず深いため息をつくと、領主は居住まいを直して仕切り直した。
「あらためて挨拶させていただこう。私は、ヒューセント・フィシス・アーエラノス。こっちは家来のモンド。こやつの言った通り、私はこのアーエラノス領の現領主である。しかし、公務ではない。私が個人的に魔法薬と言ったものに興味があり、欲しい薬があったからである。そなたの話は、実はこの店の客であった、とある彫刻家の死から調べさせてもらった。彼はそなたの薬を大変頼りにしていて、それで健康を取り戻したそうなのでな」
領主アーエラノス卿ヒューセントはのらりくらりといった調子で語り、何気ない風を装い、色付き眼鏡の奥から店主の様子を伺った。
店主は目を細めて微笑み、落ち着いた様子で頭を下げた。
「まぁ。そうでございましたか」
客の死をちらりと伝えても特に狼狽えることのない店主に、ヒューセントは内心舌を巻いた。何一つやましいことはないか、全てを隠しているかによって、この女性の評価は全く変わるのである。従者モンドほどの警戒心はないが、この店主が一筋縄ではいかない相手であることはヒューセントにもわかった。それでも国が、そして魔法協会が認可している店であることをヒューセントは信頼することにした。違法性があったとしても、専門家すら見逃す違法ならもうお手上げである。ただの老いぼれ領主が警戒したところで何の意味もないだろう。
ヒューセントは店主に負けず劣らずのにっこりとした笑顔で身を乗り出した。
「きっと腕の良い薬師なのでしょうな。そこであなたに作ってもらいたい薬がある。……あー、魔法薬はよくわからないが、"魔法のような効果のある薬"が何でも手に入ると思って間違いないかな?」
「ええ、御客様。間違いありませんわ」
「それはすごい!」
ヒューセントは手を叩いて興奮してみせるが、横に座る心配性のモンドの気配は尖るばかりであった。まぁまぁモンドよ、落ち着け。ヒューセントはそう言いたかったが、放っておくことにした。
店主は笑みを深めた。
「お褒めいただき光栄ですわ。どういった薬を御所望でしょうか?」
「可愛らしくも楽しい薬だ。ずばり、『手からお菓子が出せる』薬であるぞ!」
したり顔で、興奮で鼻から息を吹き出してヒューセントはそういった。モンドはとうとう頭痛を堪えるかのように額を押さえた。
店主は笑みのままだ。僅かに間をおいて口を開いた。
「確かに、可愛らしく楽しい薬ですわ、御客様」
「そうだろうそうだろう」
ヒューセントは机においたかつらの毛を撫でながら満足げに頷いた。
「そんな薬も作れるのであろうな?」
挑戦的に尋ねれば、それに応じるように店主の笑みもより深いものになった。
「作るもなにも、その通りの薬がございますわ」
「なんと!」
ヒューセントは両手を広げて上げ、甲高い声をあげた。
まさか特別に調合せずとも、そのような薬があるとは。この店主は意外と遊び心があるではないか。妙な仲間意識さえもヒューセントの中に芽生えた。
店主は薬棚の奥から丸みのある小さな小瓶を取り出すとカウンターに置いた。瓶の蓋には可愛らしい絵柄でキャンディの絵が描かれており、中には綿菓子を思わせるような乳白色の液体が入っていた。
「こちらになりますわ」
「ほっほっほ。容器からして可愛らしく楽しい薬であるな」
ヒューセントはカウンターに顔を近づけて、子供心くすぐるその愛らしい薬瓶を眺め回した。満足いくと顔をあげると、色付き眼鏡の奥からチラリと店主を伺った。
「それで、この薬はいくらかな……あー、いや」
僅かに思案し、ヒューセントは自身の長い口髭を触りながら改めて尋ねた。
「……寿命でいうならどれくらいかね?」
ヒューセントの言ったその言葉に緊張を走らせたのはモンドだけで、店主の笑みは崩れることはなかった。




