幕間『なんなんですか、ここは……この建物は……』02(完)
リリーから納得のいく説明を貰えぬまま、今度は廊下のつきあたりの部屋に通される。そこはやはり建物の大きさに見合わない、そして見たこともないような部屋だった。与えられた部屋同様、白を基調としている落ち着いた内装だ。家具の多くが大理石のような光沢と冷たさがある材質で出来ていた。食堂と居間だと言われたが、ギーの知るそれとは大きくかけ離れていた。
異空間に来て足を止めてしまったギーをよそに、部屋の真ん中にいたリコリスがくすくすと笑い声をあげた。
「ずいぶんかわいい声をあげていたようね」
「……こんなところは初めてなので」
「でしょうね」
客として対峙していたときのような丁寧さをリコリスからは微塵も感じない。ギーは僅かに緊張した。
「そのままだと手狭で汚ならしいから、私達の母船の空間拡張機能と異層転移システムを使ってこの建物を快適に利用させてもらっているわ」
「はい?」
無感情で機械的な声色で言われる異質な言葉はギーをより困惑させた。
「説明してもわからないと思うから慣れなさい。慣れればとても楽よ。一番重要なのは、扉の先を意識すること。無意識に部屋を出ようとすれば母船の勝手な解釈によって架空の部屋が一時的に作り出されてそこへ繋がるわ」
「は、はぁ……」
到底理解に苦しむが、先ほどリリーに説明された『廊下に出る』と思えと言うことなのだろう。違法めいた魔法の理解をやめ、ギーは頷いた。
後ろから入ってきたリリーが席につく。そこが定位置なのだろうか。迷いはなかった。
リコリスはギーを見て顎をしゃくり、席を一つ指し示した。ギーは落ち着かないまま小さくお辞儀をして、リリーの斜向かいにあった、どうみても『木化族用』の席についた。
「おちびちゃん、お前は料理は出来る?」
「……え。あ。はい」
リコリスの唐突な質問にギーは間抜けな声をあげた。おちびちゃんと呼ばれたが不快さよりも言葉の真意がわからなかった。
いつも通りの優雅な足取りで、リコリスも席につく。リリーの横だった。
「なら今日は私が作るけれど、明日からお前が食事を作るのよ」
「はい?」
「二度も言わせないで頂戴」
鬱陶しげな様子でリコリスはそう言うと、指をならした。
すると三人の目の前に敷物と、その上に湯気たつ料理が出てきた。
麺だ。アンテ麺を使った野菜たっぷりのフェーンだった。白く透き通った汁の中で橙色のアンテ麺が艶やかにぷっくりしている。よく見れば魚介類も入っている。湯気と共に立つ香りが、昨夜から何も食べていないギーの胃袋を刺激した。なんて豪華な昼食なのだろう。
しかしギーはやはり困惑したまま、フェーンとリコリスを見比べた。リコリスの型の良い眉があがる。
「なにか言いたげね、間抜け面のおちびちゃん」
「いえ、……あなたが作ったのですか?」
「当たり前でしょう」
当たり前なのか。ギーはそれを言葉にすることが出来なかった。滲み出てきた唾と共に飲み込む。
斜向かいではリリーが手を組み、祈りを捧げていた。リコリスは祈りをせずにすぐに食事に手をつけた。旅で食事を共にしてはいたが、やはりこの女性が「食事をする」というのはどこか違和感があった。
ギーも短い祈りと感謝を捧げ、フェーンに手をつけた。
……なんと、美味しいことか。
空腹の効果だけではない。麺の硬さも、スープのコクも旨味も、店でも滅多に食べられないような美味さだった。これはテュイの料理に負けず劣らずであった。もちもちとしたアンテ麺の食感を口一杯に味わい、ギーは目を閉じた。
大袈裟だが、この食事のあと、人体実験で殺されてももう構わない。ギーはそう感じた。
「……すごく、美味しいです」
「当たり前でしょう」
当たり前なのか。ギーはそれを言葉にすることなく、アンテ麺と共に飲み込んだ。
リリーも実に美味しそうに食べていた。自分よりも大きな女性に対して滅多に思わないのだが、口を膨らませて食べる姿は小動物のような愛らしさがあるとギーは思った。
リリーは満面の笑みをギーに向けた。
「美味しいですよね、先輩の料理。ギーさんの料理も楽しみです」
「……これほどのものは作れませんが、努力します」
ギーは恐縮しながら返事をした。
リコリスは肩をすくめた。
「自分の料理に飽きてきたのよ。任せたわ」
「私は先輩の料理、全然飽きませんよ」
「ありがとう、子猫ちゃん。子猫ちゃんが望むならいつでも作るわ」
並んでにこやかに会話する二人の距離感を見て、ギーは理解した。リリーこそが、リコリスの恋人なのだと。倫理的なことよりも妙な安堵を感じた。
はたと、ギーは気が付き、リリーを見た。
「リリーさんは料理はなさらないのですか?」
その問いはリリーの食べる手を止めた。彼女の目が明らかに泳ぐのをギーは見逃さなかった。
答えたのはリリーではなく、リコリスだった。
「馬鹿なこと言わないで。私の子猫ちゃんが怪我でもしたらどうするの」
怪我をするのか。ギーは赤面しているリリーを横目に、フェーンを口に入れた。
異空間で、何もかもが気になってしまうが、悪い生活にはならないのかもしれない。
ギーはその言葉をフェーンの汁と共に飲み込んだ。
異質な空間で、異質な二人。そして、異質なほど、そのフェーンは美味しかった。
趣味で書きました。はい。ここまで読んでくださってありがとうございました。




