第五話『一ヶ月でもいい。彼女に人としての幸せな最期の時を過ごさせたい……』07(完)
からんからん、と乾いたドアベルが来訪者を告げた。薄暗い魔法薬店に外明かりが入る。
「お久しぶりですわね、御客様。今度はどんなお薬をお望みでして?」
やってきた客――ギー・キュマに店主リコリスはからかうような笑みを向けた。
ギーは憔悴と憎悪を溶かした表情でリコリスを見ていた。問いに答える様子はなく、リコリスは肩をすくめた。
暫く沈黙が続いたが、ギーはようやくして口を開いた。
「我等から木化を根絶して、そして今ある木化族の家を全てなくすような薬をください……」
「あはははは! とんでもない薬を望むのね! どうしてそうなったのかお聞かせ願えるかしら」
リコリスは隠すことなくおかしそうに声を立てて笑った。
ギーは促されるまま答える。
「なんて醜い種族なんでしょうね、木化族は。努力して自分達の力だけでなんとかしようとせずに、外貨を稼ぐことで生き長らえて、あの森に固執して、……」
言葉は淀みなくギーの口から出ていった。
「なにが『選ばれた使命を持つ者』だ。本当は不治の病にかかった同胞を生け贄にして自分達が生きているだけだ。テュイの木化に何も、何一つ喜ばしいことなんてありはしない。こんな病気、根絶しなきゃならない」
「あらあら。それは結構なことですわ。でも、今ある家を壊す理由にはなりませんわよね」
「テュイを誰かに渡すなんて冗談じゃないです」
ギーは吐き捨てるように言った。それにリコリスはまたも大きく笑った。
「本当に御客様は自分勝手な御仁ですわね。嫌いじゃありませんわ」
リコリスのそんなからかいにもギーは少しも表情を変えなかった。意志固い表情で見続け、リコリスの返答を待つ。
リコリスは笑みを深めた。
「よろしいですわ、御客様。その望み、当店の魔法薬で叶えて差し上げますわ」
「ありがとうございます」
「ただすぐに根絶することは不可能ですわ。一人の病気を治すのとは違いますから」
「わかっています。でも出来るのですよね」
「ええ。出来ますとも」
横柄に頷くリコリスに、ギーはようやく小さな笑みを見せた。この女性がそういうのだから絶対に出来るのだろう。そう確信する。肩の力が抜けるようだった。
興味本意で、ギーは質問を投げ掛けた。
「……これは違法なことでないのですか?」
「まさか。『病気をなくすこと』と『木を間引くこと』は違法ではございませんから」
「そう言うと思いました」
ひどい人だ。ギーは心中でそう付け足した。しかし、今の発言に対する怒りはわかなかった。
リコリスがカウンターから出て、ギーの前に立ち、彼を見下ろした。その目は最早客を見るものではなくなっている。ただ立っているだけだが、彼女から支配者のような強い威圧感をギーは感じた。
「さて、対価のお話をしてもよろしいかしら」
ああ、来た。ギーは覚悟を決めた。
自分の命で足りるものだろうか。しかし、この命をその薬のために費やすことに何の躊躇もなかった。
『貴方を失った私なんて存在しないのと一緒なのよ!』
テュイの激昂を思い出す。その通りだった。あの頃は、彼女を失ったあとどう生きるつもりだったのかまるで思い出せない。考えていなかったのかもしれない。物分かりが良かったわけでなく、ただ思慮が浅かったことに気付いたのは全て手遅れになったあとでだった。
こんな命であの病気がなくなり、彼女を誰にも渡さずに済むならば、死はむしろ救いだった。
「対価は、この先お前がここで奴隷になること」
「……え」
死刑宣告を待っていたはずのギーは、リコリスの言葉に目を丸めた。その発言の真意を図りかねているギーを尻目にリコリスの言葉は続いた。
「木化病を木化族から失くすための研究に、生きた木化族が必要なの。お前はこれからここで住み込みで働き、薬の研究のときには無償で人体実験をされるのよ。一種族の遺伝情報を変えて、今存在している木化族からも病気を消して、かつ木化した者達も消すとなると、お前のちっぽけな魂だけでは足らないのよ」
ギーはぼんやりリコリスの言葉を聞き続けた。
「安心なさいな。お前は大事な研究資料なのだから、死ぬような人体実験はしないわ」
「……なんで」
「理由が必要かしら? それより、本当に薬を望んでいるなら言う通りになさい。その代わり、薬は必ず提供してあげる。いつになるかは私の匙加減だけれども」
リコリスは顎をしゃくった。
「わかったら阿呆面を下げて突っ立っていないで、お前の荷物を持ってきて、住み込みの準備をなさい」
「は、はい……」
死を覚悟したギーに対する嫌がらせなのか、それとも言葉通りなのか、はたまた同情や優しさなのか。リコリスの真意をギーが図り知ることは出来なかったが、言われた通りに背を向けてギーは店を出ようとした。
今一度振り返り、リコリスを見ると、彼女は笑みを消してギーを見ていた。何か言いたげにも見えた。
「……あの」
思わず声をかける。すると、リコリスは気だるそうに再び口を開いた。いつもの笑みは全くなかった。
「どういう気分かしら。自分の大事な人を消してと頼む気分は」
共に旅した数日間でも一度も見たことのない、半眼で呆れたようなリコリスの表情にギーは面食らい、質問が頭に入ってこなかったが、何とか考えて彼は言葉を選んだ。
「……最悪ですけど、最低ではないです」
「そう、わかったわ」
追い払うかのように手を振られるのを見て、ギーは店をあとにした。
第五話『一ヶ月でもいい。彼女に人としての幸せな最期の時を過ごさせたい……』(完)
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