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リコリス魔法薬店  作者: 雨天然
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第四話『私はこの店が所属する、南区第三商業組合の組長です』04

 ドロシーはその店の扉を押して鈴が鳴った瞬間から、来店したことを後悔をした。遥か遠くから聞こえてくる日常の喧騒を背に、ドロシーはリコリス魔法薬店に入ろうとしていた。

 あれから三日経った。毎晩毎晩考えるのはリコリスのことだった。結論もでないまま怯えや期待を繰り返し、いい加減疲れてきたのでドロシーは再び直接出向くことを決意したのだ。

 扉の向こうには、リコリスがいた。彼女の鮮やか過ぎる赤い目と唇が楽しげに揺らめいた。


「いらっしゃい、子犬ちゃん。遅かったじゃない」

「忙しかったので」

「あらそう」


 ドロシーが来ることも、しょうもない見栄を張ることも、すべて見越しているかのような声色にドロシーには聞こえた。


「毎晩私のことを想ってくれたかしら」

「別に」


 ああ、嫌だ。すべて見透かされているのだ。ドロシーは店から出たいと心から思った。しかし、同時に店から離れられない気持ちもあった。

 扉を閉める。外界と店が隔てられた。


「……助けになると言っていたので」

「ええ、もちろんよ。さぁ、お座りになって」


 カウンターの一席に案内され、ドロシーは大人しくそこに座った。リコリスはそれを見届けると、優雅にカウンターの内へ入り、ドロシーと向き直る。そして、何処からともなくポットとカップを出現させた。

 白い磁器のポットは熱い液体が入っているであろう湯気を出し、器を湿らせていた。香りは紅茶のものだった。ポットと揃いであろうカップもすでに温められているようだった。店主の白く細長い指がそれらを撫でるように触れ、慣れた手付きで茶を注いでいく。立ち上る柔らかな湯気と優しげな香り。茶を淹れる心地よいはずの音が、ドロシーには嫌に作り物めいて聞こえた。


「どうぞ」

「どうも」


 言われるがまま口をつければ、熱い紅茶は口から鼻に抜けるように香り立った。宿のものよりも遥かに高価なものなのだろうとドロシーは思った。そこで、「もしかしたら、変な薬が入っているやもしれない」と言う思考に至ったが、最早諦めた。それを不安がれば、この女店主はきっと喜ぶだろう。まだ二度しか顔を付き合わせていないが、底意地悪そうな性格をしているとドロシーは確信している。ドロシーは澄まし顔をして紅茶、二口、三口と飲んだ。


「美味しいです」

「それはよかったわ」


 リコリスは小刻みに肩を震わせて笑い、そう微笑んだ。彼女も自分のカップにも紅茶を注ぎ、口をつけた。全く同じ動作だというのに、ドロシーとは何かが違い、洗練されていた。


「さて、本題に入るわね」


 リコリスはカップを置いた。


「子犬ちゃん、このままでいれば、君が違法魔使なことはいずれ魔法協会に知られてしまうわよ」


 リコリスの言葉は何気ない会話のようではっきりとしていた。ドロシーはカップから手を離し、膝の上においた。


「何故ですか。人に知られないようにやってますけど」


 すっとぼけても無駄なのを理解していたドロシーは挑戦的とも言える目付きでリコリスを睨んだ。


「おやおや。知られているじゃない。初対面の私に」

「あなたも違法魔使だからわかったんでしょ」

「賢い子ね、子犬ちゃん」


 ドロシーの指摘を受けようがリコリスの余裕たっぷりの表情は崩れることはなかった。


「それもあるけれど、単純に魔法の痕跡が残っているからよ。あくまで子犬ちゃんの言う『知られないように』は、一般人に対してのこと。魔法を使っているところを見られないようにする、その程度の子供騙しでしょう」


 逆にリコリスの指摘に、ドロシーの言葉は詰まった。その通りだった。魔法の痕跡と言われたが、ドロシーにはまるでわからなかった。

 リコリスの言葉は続く。


「稀有な才能よ、子犬ちゃん。君の魔法は万人に一人と言っていいほど、強い力。使っていることは実に家庭的だけれども。それ故に規模が小さい魔法でも痕が残っているわ。使用者にも、宿にも。魔法協会の監査が入ればすぐに知られてしまうでしょうね。良かったわね、今まで通報されないで」

「……」


 膝の上で固く握られたドロシーの手がじんわりと汗が湿る。彼女は俯いていた。頭上に降ってくるリコリスのからかうような声色が氷のように冷たく、針のように鋭く彼女には感じられた。生唾を飲む。

 違法魔使と知られれば、追徴課税やその後の不自由だけが懲罰ではない。場合によっては異端裁判にかけられることもある。

 人に勘づかれないようにうまくやって来たつもりだった。これからもそのつもりだった。しかし、それはたまたま運が良かっただけの綱渡りだったことを知らされれば、ドロシーは進むどころか立っていられない気分になった。

 黙ったままのドロシーは一瞥し、リコリスはカウンターから二つの小瓶を出した。ドロシーはハッと現実に引き戻された。

 小瓶にはそれぞれ違う色の液体が入っていた。ドロシーから見て左の小瓶には鮮やかな赤い液体、右は濃紺の液体だった。どちらも中に星のように輝く何かがゆっくりと動いていた。濃紺の方はそれこそ、夜空を閉じ込めたかのようだった。


「そこで、君に二種類の薬を提供するわ、子犬ちゃん。どちらか好きな方を選びなさい。こちらの赤い液体は君が魔法を使っても今後その痕跡を一切出さないようにする薬よ。そして、こっちの紺色の液体は、君から魔法を完全に奪い去る薬」

「なんですって」

「最初は赤い方を渡そうと思ったけれど、子犬ちゃんは魔法が嫌いなようだから、どちらがいいか迷ったのよ。だから好きな方を選ぶといいわ」


 リコリスの一見は優しそうな笑みに、ドロシーは口を曲げて睨み付けた。


「顔の通り意地悪い人ですね」

「じゃれて噛みつかれるのは好きよ」


 ドロシーは嘆息した。

 こんな簡単な二択。

 ドロシーはそう思うと幾分か気分が落ち着いた。リコリスを睨み付けたまま質問を投げる。


「なんで助けてくれるんですか? あなたにまるでメリットがないように思えますけれど」

「あるわよ。うちはすべて魔法協会に認可されている正当な店舗だけれど、私としても面倒だから魔法協会の人間に必要以上にうろつかれたくないの。だからこの『南区第三商会』を選んだの。魔法を使う人が誰もいないここを。そのはずだったのに、毎日のように違法の魔法を堂々と使う間抜けがいた。子犬ちゃんの宿のついでにここもいちいち魔法協会の人間が来るようになるのは私としては嫌なのよ。……納得していただけたかしら?」

「本当に性格悪い人ですね」


 正面切って間抜けと言われたドロシーは顔を赤くして食って掛かった。リコリスは始終愉快そうだ。

 ドロシーは恥ずかしさの勢いのまま、更に食いついた。


「それで、いくらですか!」

「あら、どちらかひとつなら、タダであげるわよ」

「いいえ、結構!」


 快く言うリコリスにドロシーは強く首を振った。


「あなたみたいな人に貸しを作るなんて一生搾取されるようなものだもの! 支払います!」


 毅然とした声色で、ドロシーは吠えた。

 リコリスの笑みは深くなる。


「良い心意気ね。気に入ったわ、ドロシー。ならば支払って貰うわ」


 リコリスは顎を引き、上目遣いにドロシーを見た。

続きます。

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