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リコリス魔法薬店  作者: 雨天然
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『ようこそ、リコリス魔法薬店へ』

 その店は、気付けばそこに出来ていた。

 まともな人は近寄らなさそうな薄暗い寂れた路地の奥。うらぶれて悪臭さえ漂いそうな場所だが、店の位置を教える為に掲げられた看板へ、近付けば近づくほど、甘く蠱惑的で、どことなく不健全さを感じ取らせる匂いが漂っていた。大きな一輪の百合の花が描かれ、薔薇の刺と蔦で縁取らせた木製の看板には、なだらかで品と艷のある文字で、こう書かれていた。

 リコリス魔法薬店、と。

 石畳に置かれた立て看板には、頭上の看板と同じ文字で、


「あなたの望む魔法薬を」


 と、それとはまた別の文字で、細かに今月のオススメなるものが書かれていた。

 ちぐはぐな様相とオススメの内容は非常に怪しげで信用に足るものではないだろう。せめて店の内部を覗こうにも、入り口側にある窓は扉の小窓のみで、その半分以上が紫色のビロードの布に覆われている。しかし、その異様さを差し引いても、鼻をくすぐる甘過ぎる香りと好奇心は、ここまで足を運んでしまった蜜蜂には抗いがたいものだろう。

 甘い蜜の香りに誘われ、やってくる哀れな蜜蜂には。

 意を決して扉を押し、つけられた鈴が冷たく鳴り響けば、間違いなくもう逃げられない。見えない複数の腕に引き摺られ、蜜蜂は中に招き入れられた。

 幾重にも広がる花弁のような香のヴェールを、誘われるまま身体でかけわけて前へ進む。薄暗闇の店内の左右を見渡せば、店内の壁に備え付けられた棚があり、色とりどりの、とりどりすぎるほどの色彩に恵まれた液体の詰まった容器が並び、幻惑のような光景を見せ付けた。そして、目の前には……。


「ようこそ、リコリス魔法薬店へ」


 薄暗い『花』(へや)の中には、鼻筋がはっきりとした美女が、華やかで深い笑みを浮かべ、カウンターの奥で頬杖をついて待ち構えていた。


「私は店主のリコリス・カサブランカですわ」


 薄茶色の直毛な髪は肩につかない辺り綺麗に切り揃えられ、女が頭を揺らす度に肩上で流れた。まるで涼しげな音が出そうなほど、真っ直ぐでそして無機質だった。

 女が店のカウンター奥から出てくる。ただ歩くだけというのに、薄絹の衣装に包まれた豊満な四肢が霞の中で艶かしい。背筋も髪に劣らず真っ直ぐで細く長身であった。指の動かし方、足の運び方、すべての所作から美しさを醸し出す。その柔らかくもピンとした身体に似合う美しさだった。まるで、大きく花開く百合のように。匂い立つ。

 照明が落とし気味の店内で、この女の赤い瞳は唯一の灯りのように妖しく光揺らめいた。その目が細められる。同じような赤色の口紅に縁取られた唇が、間近で柔らかく動いた。その小さな動きは男も女も、蜜蜂になってしまえば、目が離せなくなるのだった。


「さて、どんな薬をご所望かしら?」


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