転生聖女と現地悪女
私は学園内を一人で歩く。誰も付き人を用意せずにただただ一人の女の子を捕まえに。
廊下を歩くと多くの令嬢が道を開ける。中には挨拶をする令嬢もおり、挨拶を返した。小指に指輪がはまっている令嬢が大多数、挨拶してくれたが。少数だけは中立なのか挨拶してくれる。そんな中で私は見つける。
「こんにちは……見つけましたよ。『聖女』様」
「……エルヴィス・ヴェニスさん」
廊下で多くの令嬢を従えていた彼女を見つけ声をかける。もちろん付き人だろう令嬢が私の前に立ち壁を作る。いい動きであり、令嬢を被ったシルバーライト家の戦闘が出来る使用人だと理解した。
「いい動き。普通の令嬢ではないわね」
「お引き取りください。ヴェニスの令嬢様」
「……彼女に個人的に話がある。退きなさい」
「いいえ、お会いさせることは出来ません」
「どうしてかしら?」
「危機管理です」
「……ふむ。どうしましょうね。こうしましょう。ガセボで待ち私は誰も呼ばない。あなた方は全員が囲んで来て下さるのでどうでしょうか? 普通にお話がしたい」
「却下です。そんな危ないことはさせません」
「そう……では『転生者』かどうかを私は他の方に聞きますわ」
「てんせいしゃ? 何ですかそれ」
「!?」
私の目の前で隙間から見える『聖女』は反応した。震え、表情に驚きと焦りからか目が泳ぐ。これは当たりだと思い彼女ら一団に背を向ける。悪い笑みを残して。
*
私はガセボで待つこと数分。ざわつく雰囲気が肌をピリッと焼き、魔法の匂いを感じた時に彼女は現れた。その表情は暗く。私は手を椅子に向けた。
「どうぞ、お茶などの用意は薬を疑われてしまうので避けましたわ」
「……はい」
昔はもっと明るい子だった覚えがあるのに今は非常に塞ぎ込み暗い。何かあったかは風の噂で聞いている。その重圧によって。そして、彼女の元からセシル君もハルト君も去り、ヒナトさえ去ったことが要因だったのだろう。私は……知っている。知ってしまっている。
「では……質問があるのでしょう。なぜ『転生者』なる言葉を知り、あなたがそれに類する者であるかを」
「……はい。どうして……私が『転生者』なのを知る事が出来たんですか?」
「教会の人から聞いたの」
「うぅ!?」
びくつく彼女に私はどうしようかを考える。こんな弱々しい人を倒すなんて事は出来ないと思い。どう説得をしようかを考え……そして心を壊す事を決める。
「あなたに話がある理由はアウルム家とシルバー家の権力の代理抗争が今、行われているわ。私とあなたでね。理解できる?」
「できるわよ。そのぐらい。そのぐらい……」
口調が変わる。おしとやかな声ではない低い声に私は腕を組む。
「正直言います。このままだと……私はあなたに勝ってしまう。結果、アウルム家は権力を持ち。エーデンベルグ公の娘でもあるあなたはその領地から出れなくなるでしょう」
「……どうしてそんなことが言えるのですか? アウルム家とシルバー家は対等。それに私の力は凄いですよ?」
「その力で私の妹分。アウルム家のロナとメグルを引き込めてないのに? 笑わせないで……確かにいい力ですよ。ですが……いえ。それはどうでもいいですね。私も願えば女神に貰えるかしら?」
「女神様はあなたのような方に微笑みません」
「それはどうでしょうね。女神様は案外近くで聞いてるかもしれません。あんまり現れても困りますが……」
「……」
彼女の顔が歪む。何を知っているのかと言う表情に私は戦意を削ぐことを決める。
「あなたの事は調べさせてもらいました。どういった方なのかも。魔法使いとして」
「魔女め!! 人のプライバシーを!!」
「あなたも放っている筈ですよね。残念ながら魔法使いではないようですが」
私は遠回りと思った。ゆっくりとただただ『聖女』を越えて弟を取り戻そうとした。非常に長い時を覚悟した。だが……歩んで初めて気付く。一番近い道だったのだ。
「証拠は!!」
「……そうですね。そんな押し問答。どうでもいいですね。南原美紀さん」
「なっ!? まっ!?」
私は親指を鳴らし、声がガセボから漏れないようにする。非常に不味い会話だからだ。世界の皆に知られるには不味い。狼狽し、首を振り絶望した表情の彼女に私は続ける。
「生前、そう……ここではない。ここよりも変わった世界ですね。そう、変な世界です」
「な、なにを……何を……」
「そこであなたは……まぁ、平凡な生活をしてたのでしょう」
聖女である彼女は狼狽え耳を塞ぐ。私はテーブルに登り、彼女の手を捕まえ耳を開ける。魔物を見る目を私は正面から受け止める。
「毎日、毎日、変わらない日々。毎日、毎日……物語を読み。満たす日々。その物語に『聖女に転生』と言う物語があったそうですね。内容は」
「やめ……」
彼女の叫ぶ言葉を魔法で奪う。声を奪う。全く祝福されていない彼女には妨害の魔法はよく通る。
「主人公は生まれ変わり『聖女』となる。私のような……いいえ。バーティスのような令嬢がいじめたりして、学園では除け者。だけど、3人の王子が助けてくれる物語でした。途中は『聖女』となって悪役令嬢を始末する物語でしたね」
彼女は口をパクパクする。
「生前のあなたはゆっくりと老い結婚もせず、ただただ王子に憧れた一般人だった。そのあなたは物語の主人公を望んだ。そして、運良くこちらへ来たのでしょう。女神の爪跡によって」
彼女の手を離し、私はテーブルから降りる。そして……声を返す。返したが、椅子にどっぷりと座り絶望した表情を見せた。
「声、出ますよ。別に前世をそのまま説明しただけですよ?」
「どうして……どうして……」
「ん?」
「どうしてあなたは!! この異世界は私の思い通りにならないの!!」
『聖女』だった者は椅子から立ち上がり私に向かいぶつかり私は抵抗なくそのまま転がる。芝の上で美しい青空を見ながらその青空が彼女によって塞がれる。胸ぐらを掴まれた。
「どうして!! あなたが悪役令嬢なのよ!! どこまで私を苛めればいいの!! なんで!! なんで!! あなたの方が強くて恵まれてるのよ!!」
今まで我慢していたのだろうか。私に対して怒りをぶつける。
「皆は私を褒め続けない!! 何もしなくても褒めるのが異世界じゃないの!! 幸せ者になれる世界じゃないの!!」
「……」
何とも……悲しい嘆きだろうか。何と自分勝手な嘆きだろうか。
「黙ってないで答えなさいよ!! 私は『聖女』でこの世界の主人公な筈なんだから!! 悪役令嬢として裁かれないさいよ!!」
「あなたが読んだ物語はね……本当にただの物語なんです。私は愛して生きてます。生きようと皆は努力してる」
「!?」
「だから。女神は嫌いなのでしょう。『ズルをして恵まれる』行為を持ったまま何もしないのを……この世界は多くの努力でやっとここまで来たんですよ」
「くっ……私は苦労して来たの」
「あなただけ。苦労してるわけじゃないんです」
「そんなの!! 前世でもいっぱい聞いたわ!! 努力してない奴ばかり恵まれて!! それを望んでなにが悪いの!! 生まれ変わる前を知って脅して!!」
彼女は私の首を掴む。そして……弱い力でゆっくりと絞めていく。息がしにくくなるが、私はそのまま言葉を待つ。
「あなたは恵まれてるからわからないのよ!! なんで転生者でバカにされないといけないの!! なんでそんな目で見てるの!! ムカつく!! ムカつく!! もっと私を上げなさいよ!!」
ガシッ……
「あぐっ!?」
喉を掴む手を私は握り潰し、外す。彼女は手を庇いながら立ち上がり私から離れた。能力でその手はすぐに治る。さすがに凄いなと感想を持ったまま立ち上がり、埃を払い落とす。本当にこの人は弱い。
「別に自己顕示欲を満たしたいなら。満たせばいいですよ。ただ……迷惑かけず。『聖女』なら『聖女』らしく生きててください。幻滅させないでください。私が怒っているのは『何もしない』ことなんですから」
「何もしない!? してるわよ!!」
「いいや、してません。だって、結論を先延ばしをしましたでしょ。ヒナトより、もっといい条件の男が多い筈なのに選ばず。私の会との抗争もただただ任せているだけ」
「……ヒナトは王子様なのよ」
「残念ながら物語の王子様は表面だけで。あれは私の弟です。『異世界に夢みる一般人』ではこの先。あなたは『女神』にも見捨てられてるままで死ぬ。目を醒ましなさい。ここは物語の世界じゃないの……生きた現実よ」
「くっ……うぅ……嫌だ……私は……」
「エミーリア……」
彼女は泣き崩れる。そんな彼女に私は声をかける事は辞め、ただただ弱い子に近付き女座りして泣く彼女の膝の上にプラチナの指輪を置き。そのまま、私は彼女から背を向ける。ガセボに彼女を置いて離れた瞬間に多くの令嬢が彼女の元へ行く。その中に銀髪の令嬢が私に文句を言う。シルバーライトの令嬢だ。
「何を吹き込んだ魔女」
「現実」
それだけを伝え、私は相手にならない令嬢から離れる。そして……二人の令嬢が顔を見せた。隻眼の令嬢と傷面の令嬢。
私のかわいい妹分だ。
「姉貴……ヒヤッとしました。首を絞められた時」
「……私は来るなと言いましたね」
「エルヴィス姉さん。ここは多めに見てあげてください。メグルは我慢したのです……」
「我慢……あっ。手を貸しなさい」
私はメグルの手のひらから血が滴るのが見えた……強く握った拳の爪が皮膚を傷つけたのだろう。それを触れて……静かに火の奇跡で傷を癒す。
「わかりました。我慢に免じて不問とします」
「……姉貴。ありがとうございます」
「エルヴィス姉さん。ありがとうございます」
「疲れました。今日は帰りますよ。明日から……シルバーライト家への対策を練ります」
「「はい」」
私はそのまま、二人を連れて進む。弟の報告を待つまで動かず。そしてシルバーライト家との抗争に勝つために。




