紅の令嬢
バーディスは一人である男に呼ばれる。その家は中流貴族のお屋敷であり。バーディスにとって少し馴染みがあった。呼ばれたからには快く顔を出し、面会用の個室に座って彼を待つ。
「ようこそ、バーディス」
「こんにちは、ハルト。お呼ばれしましたわ」
そう、バーディスはハルトにお呼ばれし顔を出したのだ。
「ハルト、エルヴィスに振られたと聞いたわ」
「そうだ。振られた。婚約破棄……正式な……」
「じゃぁ……私に復縁迫るのかしら?」
「復縁なんか無理だ。それは俺が一番知ってる。呼んだ理由は……君たちが何をしようとしているのかを詳しく聞こうと思ってな。何も動きがないようだし」
「……首を突っ込みたいの?」
「『聖女』が嫌なんだ。個人的に……わがままな子供は少し目障りだ。向こうも俺に興味はない。せっかくならエルヴィス嬢につく」
「惚れた弱み?」
「もちろん、惚れた弱みはある。だから騎士として関わりたい。エルヴィス嬢には要らないといわれたが」
「……」
バーディスはハルトの熱い視線に真面目な心情を読み取る。昔から女好きだったハルトの変化にバーディスはエルヴィスの影響力を再確認する。『毒物』のような令嬢になったが『毒物』も『良薬』になるとバーディスは考える。自身のように、愚かしい令嬢が真っ当になるのだからと。
「なるほどね。少しでも助けになればね。ハルト……相手が悪かったわね。エルヴィスに言ってもダメよ」
「わかってる。強いからな」
「そう、それもある。だけど……わからないかしら?」
「何が?」
「エルヴィス嬢は果たして令嬢なのかしら?」
「……令嬢にしては違うな」
「そう、違う。エルヴィスも言ってたけど……女は女、だけど元から男だった事を胸を張ってるわ。見た目に騙されるけど……もしも、あれが男なら。納得できるわね」
「……」
ハルトは顔を伏せる。エルヴィス嬢を女性としてしか見てこなかった自身の目がいけなかったのかと考えた。
「ハルト……エルヴィスの背中を見てると女じゃないのよ。そう、堂々と背中を見せる姿や、行為はまるで騎士、王子様の方がしっくりする。持ち上げる事をしたくないけど……私から見ても格好いいのよ。エルヴィス。男なら、権力、富、容姿、性格。申し分ない。逆にそんなのと親友なのは誇りでもあるわ」
バーディスは小指も指輪を見せる。仲間を示すそのピンクゴールドの幹部指輪を。
「だから、あなたが女性として助けたいと言うのは微妙だと思うわ。今のエルヴィスに必要なのは同士。仲間よ……あなたが前に庇う事は必要ないと思うわ」
「バーディス。なら……俺は要らないと言いたいのか?」
「エルヴィスには必要ない。だけど、エルヴィス以下の令嬢にはハルトは強い仲間となれるわ。皆、婚約者はいませんわよ。選び放題、まぁ……彼女らも選ぶ権利はあるわ。それも別に貴族、騎士じゃなくでもいいのよね。案外、心は乙女のまま。エルヴィスも中には乙女があるわ」
ハルトはその事に納得する。エルヴィスが育てた令嬢は一人立ち出来ている気がするのだ。悪い意味でも良い意味でもと考え。肯定するように頷く。
「確かに俺は本当に何も知らない……知らなすぎた。魔法使いもバカにしてたし。愚かだった」
「認めるの?」
「認められない男は成長できない。才能だけでここまで来たからこそ……それ以外の事が情けないほどに女々しい」
「……ハルト。なるほどね。魔法使った?」
「非常に便利だ。ただ……『魔』と言う意味もわかる。騎士よりも強い自制心が必要だと……」
「わかった。わかった。同じ髪色の馴染みであなたにお願いしようかしらね」
「ん? 何を願ってくれるんだ?」
「……今から、私の家に来れる?」
ハルトは『もちろん』と答えて立ち上がる。そして、手を差し出す。
「家までお連れしましょう。バーディス・レッドライトのお嬢様」
「……あなたの口からそんな言葉を聞けるなんてね。では、甘えましょうか」
バーディスはハルトの手を強く握る。ハルトはその力強さに令嬢の弱々しいイメージが消し飛ぶ。
「驚かないでね。エルヴィスはもっと『重いわ』」
「……バーディス。怖がらせるなよ」
そう言いながら二人は笑みを溢し、強く握手をしたのだった。
*
場所は移り、バーディスは自身の自室のハルトを呼び。一つの鍵のついた40センチ角の箱を机に置く。クマの魔物をかわいくした人形などが飾られており、意外な可愛らしい部屋にハルトは驚き、一通り見終わったあとに箱を見つめた。
「あまり、人の部屋をじろじろ見るもんじゃないわよ。恥ずかしいじゃない」
「いや、かわいい部分もあるんだなと驚いてたんだ。でっ、この箱は?」
「これは……遺書です。エルヴィス以下全員の」
「遺書!?」
「……今の状況はどこまでご存知? そういうことです」
「ま、まて。バーディス。遺書というのは本当に」
「ええ、皆。思い想いを書き込み。待ってます。もしも、運悪く狙われてもいいように。これを……預けます。鍵と共に。私ももしかしたらっと思ってたんです。だから、ちょうどよかったわ」
「バーディス!! なんでそんな危ない事を!!」
「さぁなんででしょうね。なんででしょうね……全くそういう世界とは無縁だったのにね……でも、もう知ってしまった。あの無垢で愚かなかわいいかわいい娘にはもう戻れないんです。でっ、どうしますか? お願い」
「……受け取ろう」
ハルトは箱をつかむ。ズシッとした重さに自身のお願いされた物の大切さが身に染み、そのまま彼は言葉を溢す。
「重たい」
「……そう。重たい。ごめんなさい……私はその重たいのは無理だった」
「いや、俺だって。だけど……しっかりと受け取った」
「ありがとう。お願いね」
バーディスはハルトに綺麗な笑みを向け、彼に手料理を振る舞うのだった。ハルトにとって、不思議と昔のようなレッドライトの嫌な空気も感じず。ふれ合う事が出来るのだった。




