傷面の令嬢②
メグルは接収した『魔女の夜』の建物内。幹部用で与えられた個室で戦えると思われる参加メンバー名簿を見て唸っていた。エルヴィスが自身の周りを守るために『戦争』を決めた結果、誰が矢面に立つかと話になり。メグルが手を上げたのである。メグルはもしも向こうから何かしら動きがあるまで待機し、その間に『矢じり』と言う逆襲の殴り込みに行く人材の募集をかけた。そしてその結果に頭を悩ます。
「全員じゃんか……」
募った名簿にはエルヴィスも含めて全員が書かれており。メグルの頭を悩ませた。この中から選ばないといけないとエルヴィスに言われており。予備戦力も用意することも言われている。とにかく、全編成を任されたのだ。
「姉貴も『矢じり』やるつもりなのかよぉ。姉貴の遺言書あるし……ああ。遺言書も書かんとな」
トントン
「はい、どうぞ」
一人で悩んでいる時に一人の妹分が顔を出す。少し太ましい女性が男装ぽい短い騎士服に身を包み部屋に入っていく。
「姉さん。お客様が来てます。お通ししてもよろしいでしょうか?」
「ええ、誰?」
「ロナ・アウルムライトと言います」
「ロナ!? わかった。すぐに通しなさい」
「はい」
メグルは資料、名簿を片付け。湯を沸かす準備をする。そうこうしていると金髪の女性が部屋に通される。メグルは慌ててお茶を用意しながら挨拶をする。
「こんにちは。今、お茶を用意しますから席に座って」
「……わかったわ」
挨拶をしっかりしろよとメグルは思うが黙る。暗い表情に何故こちらに顔を出したのかを考える方が大切と思い、悩んだがメグルの頭では何も思い出さなかった。諦めて紅茶を煎れてロアの目の前に置き。正面に堂々と座った。
「……あなたもその衣装ね」
「見えないです。いい衣装です。見栄えもかわいさもあり。男の視線を感じますけど動きがいいんです。魔法耐性も高いです」
「売女みたいな服ね」
「そうですね。無駄に露出してます。ですが、それがいいんです。男に声をかけて貰いやすい仕事服ですよ」
メグルはエルヴィスが描いたこの男装令嬢の衣装は非常にきらびやかな令嬢の明るい色より紺や黒の服で落ち着いており大人な雰囲気を出せると考える。もちろん、足の形も気にしないといけないため鍛えないといけないと悩む。
「だけど。足が太いと悩む。太いのもいいとエルヴィス姉貴は言いますけど。わからない」
「……そう。紅茶美味しいわ」
「それは良かった。姉貴よりもうまく淹れられないんだよなぁ~」
「姉貴、姉貴……エルヴィスさんをそんなに慕うのは何故よ」
ロアの質問にメグルは首を傾げる。要件を言わない彼女に不思議に思ったのだ。
「……そうですね。長話付き合うならば」
「いいでしょう」
「じゃぁ……そう。最初の出会いは」
ゆっくりと彼女はエルヴィスについて話を続ける。出会いから今までの事、そして『姉貴のためなら』と言う意志も見せる。途中、熱を帯びて語る話にロアは静かに黙って聞いていた。
「以上です」
「はぁ……エルヴィスさんはそんなに恐ろしい方ではないのね」
「噂と違う。だけど噂通りもある。それは目で確かめるしかない。わからない方。それで……ロアは何故、私の元へ来た?」
「……」
「……話したくなるまで待とう。おかわりいるか?」
「ええ、いるわ」
紅茶のおかわりをメグルは用意する。その間にロアが深呼吸し、そしてすすり泣く声が聞こえたのだ。驚く事をせずに慌てることなく紅茶を淹れ直し、平常心を心得て紅茶を置く。
「どうぞ……」
紅茶の入ったカップを置き。メグルは静かにソファーから離れて剣の手入れを始めた。ロアが話し出すのを待つために……ただただすすり泣く彼女に何をしたらいいかを黙って考えるために。
「すす……ずず」
「ハンカチいる?」
ロアは首をふる。自前で用意していたどこかお金を匂わせるハンカチで涙を拭う。どう言った心情か全くわからず背筋に冷や汗を流すメグルは『姉貴助けて』と心で叫んだ。もちろん……エルヴィスは来ない。
「……」
数分、最後に剣に化粧を施し。白い木の鞘に納める。そして封をするように紐で閉める。抜く時は本当に必要な時しか抜かないと決めているためだ。
「手入れ終わりましたか……」
「あっすいません。つい集中してしまいました」
「いえ……」
泣き止んだロアが綺麗な瞳でメグルを見つめる。それに真正面からメグルは受け取り、弱々しい令嬢に問う。
「何があったか知りませんが、弱い己を恥じるなら。剣でも魔法でも鍛える事をオススメします。騎士に守って貰えるのは理由がある令嬢のみです。鍛え自信がつけば自ずと新しい人生があるでしょう」
「……あなたのように?」
「もちろん。私のように……守ってくれるのは自分自身です。それを姉貴は気付かせてくれたのです……」
「……もし、あなたの姉貴が負けたらどうするの離れるの? ある女性とやりあうのでしょう?」
「『聖女』に負けたら。その時はお供し再起を計ります。辛い場面は今です。逃げるなら逃げればいいとエルヴィス姉貴は仰っています。残念ながら『勝ち馬』に乗るではなく『勝ち馬』にさせる方が大切でしょう」
「……本当に……本当にあなた達は信頼を重ねてる」
「そうです。私達は姉貴に信頼を寄せて集まり……今の自由を勝ち取ってます」
「……実はね……私……学園で除け者へと墜ちたの」
「ん……」
ロアがボソボソと喋り出す。ゆっくりと吐露する弱音にメグルは黙って聞く。エルヴィス姉貴ならそうするだろうと考えてだ。
「最初、多くの令嬢を従えてたわ。だけど……あなた方の登場で黒い噂がたち。怖がって皆が距離を置くようになった。誰もかも私から距離を取り、まるで最初から居ないような扱いを受けてるわ……」
「……」
メグルは『因果応報か』と言う言葉を飲み込む。傷つける言葉を吐く時でもない。ただ……静かに黙って聞く。予想出来るほどにロアと言う令嬢を知っているのだ。
「父上も母上も、私をぶつの……なんで上手く出来なかったんだ。家の名誉に傷をつけたって家でも無視されるようになった……あなたは『復讐』なんて興味ないなんて言ってたけど。すでに多くを私から奪ってるのよ……」
ロアは自分の体を抱く。いとおしいように、さみしいように。メグルはその言葉に鼻をかき、エルヴィス姉貴の影響力を知る。
「あなたが、頑張れば頑張るだけ……私に向けられる目は冷たくなっていく……あなたが胸を張って生きれば……私はどんどん影へ落ちるの」
「……」
メグルは恨み節を全て受け入れる。そういう結果になってしまったのだから。
「……ねぇ。何かいいなさいよ……」
「ごめん」
「くっ!! はぁはぁ……」
ロアが顔をしかめっ面にする。内情はメグルの余裕に苛立ちを覚え……悲しみを覚える。借りたハンカチをそのまま取り出し。唇を噛む。
「ありがとう。ハンカチ」
素直じゃないロアにメグルは大きくため息を吐く。
「ああ、それをお返しに来たのか。なるほどね。まぁ……しかし、まだ涙は出るだろう。私も戦いがあり、忙しい。全てが落ち着いたら返して貰うよ。今はまだ持っといて欲しい。また、何かあれば返しに来ればいいし……旧い仲だ。鍵は開けとくさ……」
「あなた……あなたって人はどうしてそんなに……高潔になれるの……」
「これが『傷面の令嬢』だからさ。妹分や騎士様には『傷面』など言われて恐れてくれている。何もしてないのに……睨むだけで黙ってしまう。恐ろしくないのにな。姉貴たちに比べて……」
メグルはエルヴィス姉貴、バーディス姉貴、ルビア姉貴を思い出しながら。あの3人の空間は本当に重いと苦笑する。なお、その3人の中にメグルは居るので妹分はたまったものではなかった。4人は何もせずとも威圧感が出始めていたのだ。
「だが、逆に『傷面』として変なことはできない。結局、捨てられてこの近くに流れたのだろう。旧友のよしみで一つエルヴィス姉貴にお願いしよう」
「……何を願うって」
「話しは聞いた。もう、あの学園に場所はないのなら……私の学園へ来るといい。家も関係ない所までロアはやらかしたのだろう」
「……」
ロアは複雑そうな顔で……目を閉じた。そして……ボソボソと喋る。今まで高圧な態度で自分を隠して来た彼女がボロっと溢す。
「どこで……私は間違えたのかしらね」
「その答えは編入してから考えたらいい。きっとロアなら見つけられる。私は見つけた……少し待っててほしい。エルヴィス姉貴に話をする」
メグルは部屋から出る。その前に一つ口に出す。
「家出するなら。この部屋の壁に折り畳みのベットがある。せっかく誰も居ないとするなら『悪い子』になるのも関係ない話さ」
「……どこまで人がいいのかしらね」
「姉貴に毒された。知っているかわからないが……初めて会った時、殴りかかったんだ。もちろんわからされたけどな」
「怖さ知らずね……」
「無知が恐ろしいのはその時身をもって学んだよ」
ロアの言葉にメグルは笑顔で扉を閉める。そして……堂々と歩きエルヴィスの執務室へ向かったのだった。




