面傷の心の傷③
私は……トイレも行かせて貰えず……そのまま椅子に溢して待つ。男たちはその姿を眺めてニヤニヤと笑い続けた。
「だいぶ時間が立って薬の副作用が効いたな。いい放尿だったぜ」
「あーあ、臭いったらありゃしねぇ……」
「おいおい、泣きべそもとうとう泣かなくなったぜ……」
トントン
「ん?」
「開けてください。確認に来ました」
扉の叩く音と一緒に私は顔をあげる。そこにはエルヴィス嬢が立っており、そして冷徹な表情のまま私を見下すように見つめていた。ああ、来たんだと私は思うだけで……再度顔を下げる。
「ふむ。確かにジゴク・メグルの令嬢ですね。引き取りに来ました。早く縄をほどいて頂戴」
「おっと、その前に……『復讐』の件。やめてもらってもいいですかね?」
「いいわよ。私は『復讐』しない。さぁ早く、ほどけ!!」
「おいおい、そんな口約束。信じれねぇなぁ」
「これでも持っていきなさい。ここに契約書もある」
じゃら!!
地面に金袋が落とされる音がし、それを拾いあげる音と共に私の周りに男たちが集まり縄をほどく。そのまま……私は前のめりに倒れる。力が入らず、そのまま立てない。
「薬を盛ったわね」
「ああ、力強いから逃げられたら困るのでね」
「……メグルちゃん。肩を貸そう」
エルヴィス嬢に捕まれぐいっと引っ張られる。そのまま肩と腰に手を回してくっつき、汚れているのに全く気にせずに私を支えてくれた。そして、二人で部屋を出ると活気ある声が聞こえ、酒場のような場所で女の子たちが酒を楽しんでいた。
それを見ながら……脇を抜けて店を出る。そのままそこで私は壁にエルヴィス嬢に座らせてもらった。立つのもやっとであり、それを察したのかもしれない。
「……メグルちゃん。解毒剤は後で持ってくるわ」
「……」
「本当にお疲れ様」
「なんで……なんで……」
「ん?」
「なんで助けに来たんですか?」
「……」
エルヴィス嬢は少し頭を押さえた後に顔を振り、私に対して一つだけ言う。
「仲間とあなたが言った。私は私のかわいい妹分なら絶対に助けに行くわ……それが、昔からの私で……曲げようもないの」
「……そんな。嘘かもしれないのに」
「だから確認しに来たんじゃない。まぁ正解だったわね。そして……私はそこまでお利口でもないみたい」
エルヴィス嬢は笑みを浮かべて私の頭を撫でた後に表情を固めて再度、酒場に入る。そして……大きい声で叫んだ。
「身柄確保!! 武装解除!! これより、この酒場の野郎は全員始末!! 我が魔法名エルヴィスが宣言する。この拉致監禁の事件を見過ごす事は出来ない!!」
次の瞬間、大きな男の悲鳴と女性の叫び声が混じる音がし。騒ぎに気付いた騎士……いや。元々準備していたのか騎士が酒場の前で立っており、私に近付き介抱してくれる。
「メグルお嬢様ですね」
「は、はい……」
「では、離れましょう。傷は?」
「ないです……体に力が入らないだけ……」
「担架を!!」
私は騎士に担架で運ばれる。何が起きているかわからないまま。その場を後にしたのだった。
*
私が合図をした瞬間、惨状へと変わった。酒場で待機させていた令嬢たちが一斉に立ち上がり、ホルダーから魔方陣の書かれたカードを取り出した。驚く人達に向かってそれられを投げつけ、炎が生まれ焼いていく。
他に燃え移らないように私は眺め、バーディスとルビアちゃんが指示をして酒場内を制圧していくのを眺めていた。阿鼻叫喚の光景を見ながらも、令嬢たちは全く躊躇せず殺していく。
「案外、簡単に制圧できるわね。バーディス!! ルビアちゃん!! 隠し通路も任せるわ」
「はい、お姉さん!!」
「全く、実戦経験欲しいなんて言うから……わかったわ」
頷き返したのを確認後、そのまま私は階段を上がっていき、最上階の部屋にノックせず、ドアノブを壊して無理やり部屋に入り込んだ。堂々と胸を張り、中にいる剣を持った男を睨む。
「な、なにもの!? 下で何をした!!」
「自己紹介するなら先ず自分から名乗りなさい。上の者ならね。私の名前はエルヴィス・ヴェニス。下ではあなたの部下に罰を与えてる」
「エルヴィス・ヴェニス!? おまえが噂の令嬢か!!」
「噂は噂……尾ひれが伸びて伸びて。大変な事になってしまったわ。噂を野放しにするのも不味いことを知れた。いい勉強になったわね」
「くっ!! この野郎!! 何を言っているかわからないがここが何処だかわかってんのか!!」
「傭兵や冒険者ギルドでしょう? ただ、いい仕事をしているわけではないようね。拉致監禁なんてね」
「おまえ、誰に喧嘩を売っているか理解してるんか? 俺のバックには多くの貴族、令嬢どもがいるんだぞ。それらを敵に回すってんなら……どうなるかわかってやってるんだろうなぁああ!! ああ!!」
私の右手の紋章から炎が舞い、腕にまとわりつく。蛇のように丁寧に炎が寄り添う。
「自分の肩書きで威張り散らしなさいよ。さぁ聞こうか!! 我は魔法名はエルヴィス!! 『老人会』の若造よ!! 地獄で後悔しろ。あなたこそ、誰に啖呵を切ったかをね!!」
男は冷や汗をかきながら、腰を抜かす。『老人会』と名乗った瞬間にその物が何かを理解しての行動だった。どっちが上か当然、わかるだろう。
「へ、へへ。嬢ちゃん。冗談キツイぜぇ。『老人会』なんて組織。あるわけないし、嘘も大概にしろよ」
いや、あることを知っている。そんな雰囲気だ。
「虚勢はいい。罪の意識はないようね。罪状、冒険者ギルドを名乗り暗殺や監禁、一般人への拷問等により。極刑を我が炎で下す。天国へいけると思うな。地獄行きだ」
「ひっ!!」
私はゆっくりと振り返り、右手の炎から火の粉を振り落とす。それは部屋に落ち、ゆっくりと火の手をあげた。
「ちょっと待ってくれ!! あの令嬢の事なら誰が依頼したかも全部を話をする!! だから、見逃してくれ!!」
「……死人にくちなし」
私は一切振り返らず。背後でゆっくりと部屋の火の手が舞うのを待ち続けた。背中に向けて命乞いをする男に無視を続け、悲鳴に変わり。音がやむまでずっとそうしていた。
物が焼ける音だけになったとき、私は右手から小鳥を生み。全ての炎をその小鳥に吸収させ、そのまま自身の魔力へと戻してやっと。ここの場所は落ち着いた。
「やっちゃった……あーあ。やちゃった。ヒナトを取り戻したいのに。めっちゃくちゃ……」
私はそのまま、天井を見た後。昔では考えられない行動に大きく大きく……ため息を吐いたのだった。最近、そういうため息を吐く回数が多くなっており。悩みの種だなぁと思うのだった。
*
私は騎士に連れられて体を綺麗に洗われたあとに病院の個室で安静にしていた。毒も抜け、体が動くようになった次の日に私の個室に顔を出す人がいる。そう……エルヴィス嬢。彼女だ。堂々とした足取りに私は顔を伏せる。
「眠れる姫様はお目覚めかしら?」
「……」
「私の家が良くしてる病院の居心地はどう? 悪くはないでしょう?」
「……申し訳ありません」
「あらあら、萎縮しちゃって。だいぶ怖い事があったのね……わかるわ。だけど安心して。全員」
私はエルヴィス嬢の顔を見ると子供のイタズラのような笑顔で答えた。
「燃やしたから。ね? あなたを虐めた人はもういない」
「……殺したのですか?」
「殺した。そして建物は譲り受け、内装を整えてる。新な牙城ね。せっかくだから使わせてもらうのよ」
エルヴィス嬢が丸い椅子を持ってドカッと座る。大きいお尻にふとましい足にそれを護る武具を装備していた。驚くのはスカートの中にそんな物を装備していたのかと驚くと共にこの人は令嬢なんて甘い物じゃない事を再認識させてくれる。
「……エルヴィス嬢はなんでこんな惨めな私を助けたんですか?」
「昨日も言ったじゃない。仲間ってあなたが言ったの……それだけよ。まぁただそれは建前で……たまたま。あなたが拐われたのよ。私のせいでね。それの尻拭いよ」
「エルヴィス嬢のせいで?」
「……聞いてないかしら? あなたを昔、虐めて顔を傷をつけた令嬢が怖がってる。安眠するために雇ったのよ彼らを。だけど、そういうのは昔からあって。親御さんが失敗した穀潰しの令嬢などはそういう所へ行って捨てられたりしてるのよ。今回はそれを咎める口実がちょうどよくあっただけ。たまたまよ」
「……あなたの『復讐』を怖がっている?」
「そうね。私は断ったのに……依頼を受けたと勘違いするなんてね。せっかちさん」
「エルヴィス嬢……なんで……そんな嘘に乗っかっても……」
「そうね、関係ないと無視をすればよかったわ。噂の悪役令嬢のように。血も涙もないとか」
エルヴィス嬢は立ち上がる。そしてゆっくりと部屋を出る時にボソッと話した。
「だけど、私は……いいえ俺は知り合いが拐われていたり虐められているのを目の前で見たら。絶対助けるお節介は昔から変わらない、それだけよ。ごめんね、私のせいで巻き込んで」
チラッと見せる男らしい言葉と背中に私は……いてもたっても居られなくなる。ベッドから這い上がり、廊下を歩く彼女に大きく声をあげる。
「エルヴィスさん!! 待ってください!!」
私はそのまま廊下に座り、頭を下げる。私は……私は……彼女に心が動かされる。どうしようもない私を助けてくれた恩を返したいと心から思うのだ。
「今まで、何もわからず。その、すいませんでした!! そして……そんなガキを助けてくださり、ありがとうございます」
「……ええ。でっなんで頭を下げてるの?」
「姉さんと呼ばしてください。私を姉さんのような立派な戦士にして欲しいです!! なんでもします!! だから……お願いします!! もう惨めな気持ちは嫌なんです!!」
「メグルちゃん……頭を上げなさい」
「は、はい!!」
私は頭を上げる。すると微笑んでいるエルヴィス姉さんと目が合う。
「元から仲間でかわいい妹分なのにそんなに畏まらなくていいわ。ね、メグルちゃん」
「は、はい!!」
私はエルヴィス姉さんの大きい大きい器に触れたのだった。




