桜髪の魔女
「……ん?」
早朝、太陽の眩しい明かりに目が覚める。横向きに寝ていたのか目の前に机と水瓶があり。タオルなども用意されており何処かなんとなく察する事が出来る。布団はかかっていない。
「なぜ……こんな所に……」
私は体を起こそうとする。すると……手が不自由であり、グッと何かに縛られていた。重さを感じ持ち上げると鎖と腕輪がついており。鎖同士腕輪を結んでいた。これが手錠なのがわかり……怪訝な表情でそれを見つめた。
「なに? これ?」
縛られてる理由はなんだろうかと考えるがハッキリとした事はわからなかった。ただ、私はあの時に誰かに殴られたのか意識を失わされたのはわかる。
「魔力は……無理」
ピシッ
「ん」
「エルヴィスさん!? だめです」
「セシル君!?」
魔力を意識すると銀の腕輪にヒビが入り、なにかを感じ取ったのかセシル君が何処からともなく現れる。慌てて魔力を引っ込めて身を起こし、彼に向き合った。
「あの……これはどういった状況でしょうか? ここは医療関係の施設ですよね」
「……はい、魔法使い用の病院の個室ですエルヴィス嬢。それと少しだけ厄介事があったようです。僕には何も説明もなく。ただただエルヴィス嬢の監視と連行を依頼されました」
「……試験どうなったのです?」
「試験とかは関係ないそうです。とにかくそれは後で決めるそうです」
「……」
何が起きたか。今からどうなるかわからなくなる。私が唱えた魔法は何がいけなかったのだろうか? それとセシル君も困惑してるし……
「その腕輪したままついて来て下さい。起きたらすぐにと言われております。殺しはしないと言質をとってます」
「う、うん」
素直に彼に従う。とにかく連行される先で何かがあるらしい。
「エルヴィス嬢……その歩きながら話をしましょう。起きたばかりですが……すいません」
「はい」
昔のよく知るオドオドしいセシル君に少し……落ち着きを取り戻す。まぁ殺されはしないのなら大人しくしよう。そう考え、ベットから足を出すとセシル君に靴を履かせてもらう。そのまま立ち上がり『こちらです』とセシル君の背中についていく。部屋を出ようとする扉から魔力を感じ取り、セシル君の背中越しに奥を見ると椅子だけが置かれている空間が見えた。
「この先です。僕は入ってはいけないと言われており……一人でお願いします」
「わ、わかった」
「……ごめんなさい」
セシル君が謝り、泣きそうな表情をする。そんな顔をしないでと囁き。手を伸ばそうとする。手錠された両手で彼の頬を撫でて微笑む。
「何かあったか後で教えてあげる。セシル君……それから正式に婚約破棄をしましょう」
「……婚約破棄はもう成立してます。僕の敗北です」
「倒した記憶ないのに?」
「ストップがかかったんです」
「……?」
「声聞こえてませんでしたね」
「……無我夢中だった」
「ですね……さぁ、彼等を待たせてはいけないと思います」
「……はい」
私は頬から手を離して、罪人の気持ちで扉の中へと入る。入った瞬間に背後で扉が閉まる音と魔法が消える雰囲気がし、閉じ込められたような気持ちになる。明かりは椅子と私だけを照らしており。本当に何もない空間が広がっていた。
「来ましたね。エルヴィス・ヴェニス……座りなさい」
何処からか女性の声が響く。素直に従い椅子に座った。優しいなぁと思うのは敷き布があり、それは柔らかく長時間座っても痛くならない配慮がされている。悪意は感じられず、長時間質問攻めがあるだろう事を示唆していた。
「では、今からいくつか質問します。嘘を言わずに答えてください。嘘を確認する術がこちらにあることをお伝えします。質問後にあなたの質問も疑問も答えさせていただきます」
「はい」
優しい尋問に私は快く頷いた。
「では、最初にあなたの師事者をお伝えください」
「師事ですか?」
「はい」
「……」
悩む。商売人の彼を思い付いたが助言のみと商品を届けてくれただけである。なので……どうかはわからないが二人の名前は言う。
「セシル君とアントニオさんです」
「……他には」
「いません」
「……」
沈黙、そしてざわつく声が木霊して複数人がこの見えない空間に居ることがわかった。
「嘘を言ってませんね。では……次にその魔法を何処で知りましたか?」
「魔法?」
「……炎の魔法です」
私は思い出す。そういえば炎の魔法を使おうとしていたのだ。それを防がれた。背後から……
「あの魔法は……ある聖書に記されていた物の模倣です。イメージをそのまま魔力を使い再現しました」
「……魔法ではない。奇跡と言いたいのですね」
「発現したので奇跡と思います。無我夢中でとにかく何かをと言う感じでした。負けられないと思ったために」
「では、その聖書の内容を教えてください」
「はい」
私はゆっくりと聖書のあらすじを説明する。一人の私と同じように変異した女性の冒険譚を物語風に砕けた表現をし、楽しく面白かった部分も語る。そして……最後に。
「物語の主人公に私は憧れました」
そう、締めくくった。すると……質問者の女性の代わりに男の声が響く。
「……なるほど。物語に触れた結果、その禁忌に触れた訳か。その物語の主人公は悪魔である」
「知ってます。ですが、神の加護を失った私には悪魔に憧れるのは別に悪い事ではないでしょう」
「ふむ。そうであるな……では、試験結果を言おう」
「はい」
私は背を正し、裁判のような状況を受け入れる意思を見せながら。魔力をいつでも解放出来るように準備をする。
「……そんな気を張らんでよい。エルヴィスさんよ」
「では、いい報告なのですか?」
「それはお主の判断による。不服ならそれ相応……死んでもらう」
背中から冷や汗が吹き出る。唐突に殺す可能性を出され身体中震えが起きた。露骨な殺意に恐縮する。
「えっ?」
「なるべく穏健に済ませたい。では、試験結果は合格。しかし、合格だが……これから君はあの魔法を使うのを控えて欲しい。その力は禁忌に触れている」
「……」
「不服か……」
「すいません、私は力が欲しくて魔法使いになりました。また、あの魔法は未完成です。炎の卵は孵りませんでした」
「……いいや。孵ったよ。君の手から立派に。すでにその枷にヒビが入っているのもお見通しだ。割っていない所を見ると交渉出来ると言うことだな、危なかったな」
セシル君ありがとう。止めてくれて……危うく交渉なく処分される所だった。運がいいのかもしれない。
「交渉ですか? 単刀直入にお願いします」
「わかっている。では、交渉だ。君は老人会へご招待しよう」
「……老人会? 老人会……それはエルダーと言う事ですか?」
「ああ、断ればエルダーの私たちを相手にするようになる。人権無視は酷く可哀想だ。逆に味方なら心強い」
「交渉の余地ないですよね。まだ死にたくはないです」
「では、ようこそ。老人会へ」
「私はまだまだお肌ピチピチの小娘ですよ?」
「なに老人ばかりでは薬と持病と昔の栄光の自慢話だけになる。それに若い者も居る」
「……」
「交渉は成った。その手枷を壊してもよい。君からの質問は君の知る者に託そう」
私は手枷に魔力を流し、熱する。溶け出しドロッと床に手枷が落ち、私は自由になった手にまとわりつく炎を見つめる。それは生まれ落ちた私の炎であり、ただひとつの意思を燃料として持ち力強く燃え上がり。形作る……小鳥の形へと。それを私は肩に乗せて椅子から立ち上がる。
「では、老人会をご案内しよう……お相手はセシル君の大祖父。ブルーライトさんだ」
背後から右肩を叩かれる。振り向くと仮面を着けた声の主であり『ついてきなさい』と空間に穴を開けて扉を生み出し開いた。
「魔法名エルヴィス。では行こうか」
「はい、よろしくお願いします」
私はただただ。静かに賢者だろうお方についていくのだった。




