バーティスとの契り
夕刻、私は私でエーデンベルグの家族とともに夕食を嗜んでいた。非常に美味しい料理が並び優雅な食事だが、何処か寂しく感じる。兄上が最近、学園に顔を出さない事が関係しているのだろう。兄上の料理と違い豪華であり、仕込みも一級品だが。それは外食のような感じであり、庶民的ではなかった。
豊かな食事だが、何故か兄上のそこまで立派な料理とは言えない物が恋しくなる。そう、作り手の顔が思い付かない料理に私は変わった食生活だったのだろうと考える。
「あら? お兄さんどうしたのですか?」
「クライン。調子でも悪いの?」
「いいえ、少し馴染みのない料理になかなか……」
「ふふ、いいもの食べて来れなかったでしょう。いっぱい食べていいのよ。クライン」
苦笑いしながら私はスプーンを持った手を動かして食事を行う。いい物ではなかったが拒食症を治すぐらいには兄上の料理が大好きだった。休日のホットケーキなんか、味よりも焼いている背や焼いてくれてる行為が嬉しかった。大きくなってもわざとわがまま言っていた。
「そうそう、エミーリア。学園はどうですか?」
「はい、お母様。非常に皆さん優しく。多くの友達が出来ました。教会にも顔を出して多くの方の病を治しております。兄上も護衛としてしっかりと任務出来ており安心して外を出歩けます」
「ふふ、そう。偉いわね」
実母に誉められるが愛想笑いにとどめておく。この力は兄上によって培った。誉められるのは兄上である。
「そうそう、最近……ヴェニス家のあの令嬢が学園を休んでいるそうね。エミーリアの身に何かあったら大変だからこのまま休んで欲しいと思うのだけど……」
「母上、そんな事言ってはなりません。それに……学園ではそんな変な事が出来ないと思います。ねっ? お兄さま」
「そうですよ、母上。『聖女』に敵対なんてしませんよ」
「ふふ、そうね。エミーリアは人気者だからね」
「へへへへ」
話を合わせて私は褒めておく。エミーリアはむず痒そうに身を捻る。実母はそんな我が子を誇りに思っているのか表情が柔らかい。逆になんでその表情を私に向けてくれなかったのかと言い正したいが今はその時でない。
「そうそう、クライン……ヴェニス家に関わるのやめなさい」
「関わるのをやめなさい? 母上は何か勘違いされてませんか? 関わってはいませんが?」
「クライン。エミーリアから聞いてます。バーティス・レッドライトと言う令嬢がエルヴィス・ヴェニス令嬢と仲がよろしいらしいと。彼女からヴェニス家の近況を聞いていると教えてくれました」
エミーリアは申し訳なさそうな表情を向ける。だが、心ではニヤニヤしているにちがいない。女とはそんな生き物だ。期待はしない。
「確かに近況は聞きました。エルヴィス・ヴェニス様が不登校気味だったのでね。昔からの付き合いです。気になっった」
「でも、エルヴィス・ヴェニスは元気だったそうじゃない? 最近また不登校ですけど……」
「ええ、元気でした。非常に」
兄上は色んな動きをしている。それを把握するのは無理になっていた。そう……ヴェニス家の縁が消えたために話を聞けなくなったのだ。
「なら、もうあなたはヴェニス家じゃない。エーデンベルグ家。関わるの止しなさい。あまりいい噂のある家じゃないわ。悪どい金貸屋よ」
「母上は関わるなと命令ですか?」
「そうよ」
この糞実母と心の中で悪態を心の中で封じて私は頷いた。
「わかりました。気を付けます」
すんなりと認めたことで母上とエミーリアは嬉しそうに微笑んだ。押し込んだ罪悪感。その笑みに悔しさが込み上げる理由はきっとまだ心にヴェニス家の誇りがあるからだろう。
「そう、それがいいわ。あの家は本当に恐ろしいから」
「……」
実母は怖がっている。そんな印象を持ちながらただただ冷めたスープを口に含んだのだった。
*
「兄上!!」
「何ですか? エミーリア嬢」
食後に妹に止められ振り向く。綺麗な金髪を揺らしながら近付き、少し悲しそうな姿、ドレスの裾を掴んで話を始める。
「兄上、母上がああ言ったのは……母上がヴェニス家から受けた仕打ち。怨みがそうさせるのです。ですから……あまり母上を攻めないであげてください」
「わかってます。母さん……いいえ。ヴェニスの奥様は非常に血の気が多いです。その仕打ちも激しかったでしょう」
「わかればいいです。どこかまだ……壁があるような気もします」
「なかなか難しい。長い期間、離れておりました」
それを埋めるには時間が足りないだろう。その前に私はエーデンベルグ家へ返される筈だ。旅立つ前にもう一度兄上に会いたい。
「そうですね。ゆっくり埋めていきましょう。お兄さま」
「ええ、そうですね」
「あと、お兄さまを一度目を見たいとお父さんが手紙を寄越しましたよ」
「エーデンベルグ公から?」
「はい」
この故郷を離れるのはそう遠くない未来となったようだ。
*
「エルヴィスお姉さま。おはようございます」
「エルヴィス、おはよう」
「おはよう、二人とも」
私はのんびり起きて食堂に顔を出すとバーティスちゃんにルビアちゃんが昼食を取っており、挨拶を交わす。ルビアちゃんを拾ったあの日から数日がたった昼どきの光景である。
「だいぶ遅いおはようね。エルヴィス」
「エルヴィス姉さんは夜の街に出づっぱりなので仕方ないです。姉さん今日は試験ですよね」
「ええ……」
ルビアちゃんとバーティスちゃんが私の周りに紅茶と昼食をメイドと一緒に支度してくれる。ルビアちゃんは私、部屋住みであり。私と同じ屋根の下で寝起きし、身の回りの世話をしながら令嬢教育をしている。バーティスはと言うと……同じように何故か押し込み部屋住みとなった。
別宅はそこまで大きくないが……今は庭を取り払い部屋の増設が行われる。そう、研究所兼ルビアちゃんの生産施設を用意するためである。父上には全く文句を言わせないし、母上は私の事を背中を押してくれている。
わがままに今を私は生きている。昔から変わったのだ。
「エルヴィスお姉さま。今日のご予定は?」
「試験に向けて何もしないわ」
「あら、エルヴィス。学校またサボるの?」
「ええ、今それどころじゃない……」
真面目な表情でバーティスに向き直る。彼女は呆れたと言いたげな顔であり、少し目を反らす。
「まぁ、確かにエルヴィス。あなたの思う弟を手に入れる方法はエーデンベルグ公に会える権利を手にすることね」
「ええ、よく考えたんですけど……決まって小娘に会う理由なんてないでしょう」
ルビアちゃんが私の髪を櫛でといてくれる中で腕を組む。紅茶が少し温く……飲み込み。大きくため息を吐いた。
「エルヴィスの言うとおりね。まぁ、でもあなたはそこそこ魔法使いで少し成り上がって欲しいわ」
「もちろん、そのつもりです。魔法使いは特別ですからね」
「違うのよ、エルヴィス。あなたがね学園に顔を出さない間に大きく変わったの」
「変わったのですか?」
「ええ、セシル君もハルト君も……今長いものに巻かれて『聖女』側になったわ。今は学園で1年目の令嬢のグループが出来上がり……その中で『聖女』グループが勢力を持ってるの」
女の戦いと言う物だろうか。仲のいい女の子とそれに従うグループ。勢力が生まれつつあった中で私は興味がなく一応バーティスのグループに入っていた。まぁいつも二人っきりだったが。
「エルヴィス。学校に帰って来たらあなたはヴェニス家であり……『聖女』の兄を苛めた人と噂が立ってるわ。まぁ私はそんな事絶対にしてないと思う。だけど……クラインは全く否定もしないのよね」
「今、登校すれば村八分ですか?」
「あなたが居ない間、クラスの令嬢だけは私のグループでなんとか継ぎ止めてるようですけど……」
あんまり芳しくないようだ。
「バーティス、一人で何とか出来ます。もしも……辛いなら見捨ててください」
「エルヴィス!? なんでそんなことを……ん?」
バーティスが怒りだした瞬間に手を上げて制する。無言で睨み。バーティスは口を閉じる。
「ですが。私も学園での権力は少しは欲しいです。ヒナトに会える機会もあるでしょうし。それに……悲しいですけど味方って居ないんです。だから……」
私はバーティスに目を合わせて言う。
「味方になってほしいです。この先、茨道。一人では無理です」
「はぁ……素直に言いなさい。私たち親友でしょ。もう、私もあなたしか居ないのよ」
「ふふ、ありがとうバーティス」
「お姉さん!! お姉さん!! 私は私は?」
「ルビアちゃんは妹分です」
「うーん」
ちょっと不満げなルビアちゃんに私は言いたい。あなた債務者よと。
「妹分いいじゃない。甘えられるのよ? ねぇ~エルヴィス姉ちゃん」
「バーティスぅ。何よ~甘えたいの?」
「甘えたいのぉ」
私はバーティスのその言葉にギャップがあってついつい笑ってしまう。そして……そのまま、バーティスにお願いをした。
学園に私が戻るまで。私の席を残しといてと。そして私は魔法使いとしての試験を準備するのだった。




