回想・兄弟の日々②
ある日、僕にニイちゃんと言うお姉さんが出来た。最初は真っ赤な髪のお姉さんで今は桜色の綺麗な髪を持っている人だ。
その人が毎日毎日、風呂とトイレ以外は離れず。いつ時もお姉さんは僕と離れまいとする。だからか……僕も次第にいや……すぐ心を許した。
そこからは僕がニイちゃんに色んな事を聞いていく。色んな話を知っているニイちゃんに色んな事を教えてもらう。母親の事を思い出すと苛められている事を思い出すように。
いつしか……僕が母親の昔は優しかったというのが嘘だったことを思い知らされた。ニイちゃんに触れるたびに本当に愛されている事を理解した。
だからこそ……絶望する。
「おえっ……はぁはぁ」
「クライン!? また……」
幸せを感じるほど辛くなる。僕はご飯を受け付けなくなった。元気になるにつれ意識がハッキリし、ハッキリすると思い出し。あの娼婦部屋での日々を思い出す。
ニイちゃんが読んでくれる童子の物語はいかに僕の心を痛みつける。ニイちゃんの説明が僕のいた環境を知らしめる。
そう……物語の母親はニイちゃんのようであり。そして……母親は全く違った。その差で僕は確かに理解する。
いらない子なのだと。
すると不安が込み上げる。こんないらない子なのにニイちゃんに捨てられるんじゃないかと。
「はぁはぁ……げほ……うぅ……」
「クライン……最近調子がいいと思ったのに……最近ご飯を食べられてないね」
「はぁはぁ……」
胃液の混じった物を皿にもどし。僕の背中をニイちゃんは擦る。暖かい手のひらに……余計に不安を募らせる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「いいの。でも……食べないと死んじゃう。死んじゃう……」
「……」
食欲はない。何処か……楽になりたいと僕の心が囁く。不安なんかない。今から逃げ出したい。そう、思いつつ……時間だけが過ぎていった。
*
「クライン!! 作って来た!! 私お手製のカレー!! 香辛料で作られた健康にもいい、美味しい物です」
「……ニイちゃんが作ったの?」
「手伝ったの!! ニイちゃん頑張った物だから!! スパイシーで美味しい料理です」
「……」
拒食症が発症して数日。目に隈を作ったニイちゃんが茶色い液体のスープを持って来た。鼻腔をくすぐる特徴的な匂いは甘いミルクスープと違う。
「エクゾチックな味で……パンか豚米と一緒に食べます」
メイドと共にニイちゃんは手際よく隣の厨房から食堂に料理を運び込む。準備をずっと眺めていると隣にニイちゃんは座り、ドロッとしたスープにパンをつけて差し出す。メイドの女性はそれを温かく見守っていた。
「はい、あ~ん」
「……ん」
僕はニイちゃんが差し出したパンを咥える。汚れた手をニイちゃんは拭き取りながら様子を見てくるが……
「んぐぅ……」
飲み込む事が出来ず、空き皿に出してしまう。悲しい表情を見せるニイちゃんに僕はいたたまれない気持ちで泣き出しそうになる。体が……受け付けないのが苦しい。
「ニイちゃん……ごめんなさい」
「……クライン。私は今から大罪を重ねます。大きくなったら……忘れなさい」
「ニイちゃん?」
「こっち見て……このまま食べないと死んでしまう。私は死んで欲しくない。だから……」
ニイちゃんがパンを咥え、咀嚼し。ガシッと僕の頭を固定する。そのまま、僕の口に覆い被さるほど強く強くニイちゃんの唇が触れる。パンの風味がし、僕は何が起きたかわからず。そのまま、それを含む。
「ニイ様!?」
メイドの驚く声が食堂に響く。しかし、ニイちゃんは全く動じず。僕の口を塞ぎ続けた。僕がこれを飲み込むまで……ずっとそうしているだろう事がわかり。強く強く唾液と共に飲み込む。すると、やっとニイちゃんは離れ……糸をひく唾液を拭い。笑顔を見せる。
「私のためにどうにかしてでも生きて……クライン」
鳥が我が子にするように……ニイちゃんは僕にそれを行った。お腹が温かく感じ、そして大きな大きな飢餓を覚える。とにかく、お腹が空き。僕は……パンに手を伸ばした。お願いを聞かなくちゃいけないと……
「……」
それからはもう、一心不乱に食べ続け。吐くこともなく……詰め込んだ。
*
弟の寝室。大きな大きなお腹をした弟はその小柄な体には思いもよらないほどご飯を食べた。鍋にあった私の分さえ食べ終え。満腹になったまま、ベッドに転がす。
私は美味しそうに食べる弟を見ているだけでお腹が膨れた錯覚をし……そのまま部屋で昼寝をするまで付き添った。
「……おやすみ」
静かに部屋から出たあと。メイドに呼び止められる。
「ニイ様……いえ、エルヴィス様。今さっきの行為……あまり人様の前ではお気をつけください」
「ごめんなさい。もう二度とやりません……いえ、必要ないですね。それよりも見ました? あんなにお腹を膨らませて……作った冥利につきます」
メイドは私の言葉に不安げに答える。
「……エルヴィス様はいつまで女装を?」
「そうですね。いつ脱げるでしょうか? 弟が大丈夫になるまでです」
「そろそろ、医者の先生も大丈夫、とでした。お考えください」
「……あの、何か女装で不具合が?」
「母上がお帰りになります」
私はその言葉に喜ぶと同時に不安になる。何故なら恋敵だった者の子供が弟であり。血の繋がりもない。母上の残酷さも最近になって知ったのだ。
私には優しい母上も。弟には優しくはしないだろう。浮気の子ともとれる。
「母上から、守ることになるなんてね。男服の用意をお願いします。髪はそのままで行きます。帰ってくる日は?」
「はい……明日と」
「ありがとう。準備します」
私は髪を靡かせ、自室へ向かう。色んなアイデアを考えよう。今はまだ……母上の状況を見定める時期である。弟を護る決意を胸に当て、腰に刺している護身用のナイフを騎士剣に見立て触る。そして……
「この剣に誓って」
剣の女神の祝詞を口に出したのだった。




