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8:俺の主に触れるやつは……(チェイン目線)

 ラシュカが危ない。

 悪魔はあろうことか、瓦礫の石を手に取り、アイライトに投げつけた……憂さ晴らしだろう。王子をかばおうと、ラシュカが身を投げ出したのだ。

 俺は飛び上がった。

 黒猫の体は一瞬で、人間の姿に変わる。同時にありったけの魔力を、ラシュカへ向かう石に叩きつけた。

――バン。石は、青い炎に包まれた。重い音を爆ぜ、消し飛んだ。

 寸でのところだった。

 ラシュカはすっと、意識を失った。その場で崩れ落ちていく。


 俺は音も無くラシュカの背後に立つと、その体を抱き留めた。

 ラシュカの甘い香りが鼻孔をくすぐる。体は温かい、どこにも異常はないようだ。


「……怪我はないみたいだな」


 安堵の息をもらした。その瞬間、頭上に気配を感じた。怒り狂った悪魔が拳を振り上げていたのだ。


『よくも邪魔してくれたな。貴様もろとも叩き潰してやる!』


「……お前、誰に向かってものを言ってる?」


『ぐっ……!?』


 俺に睨まれた悪魔は、動きを止めた。金縛りにあわせているのだ。悪魔はぴくりとも動けない。動かせてたまるか。ラシュカに危害を加えようとした罪だ。俺の許可なく、息ができると思うなよ?

 ほとんどの力はラシュカに渡してやったが、まだ半分の魔力は俺の中に残っている。ラシュカの危険を潰すくらい、簡単だ。

 悪魔は今度こそ本当に、おびえた顔をしている。俺の真っ赤な目を見て怖がっているようだ。


『貴様、何者だ……?』


 悪魔はかすれる声で尋ねかけてくる。


「天使様だ。今は、堕天したがな」


 俺は事も無げに答え、右手のひらを突き出した。瞬きをするほんの刹那のうちに、悪魔は青い炎に包まれて、跡形もなく消えた……俺が消した。


「俺のラシュカに危害を加えるものは、なんであれ消す」


 たとえ悪魔でも。アイライト・アリスティアでも。

 ラシュカに危険を加えようとするなら、消してやる。


 俺はラシュカの体を姫のように抱え上げた……軽いな。大切に、壊してしまわないように抱き上げる。腕の中のラシュカを見ると、冷めてた気持ちに温もりがもどる。氷が溶けるように破願して、笑顔なんてものを浮かべてしまう。


「お前は、生まれ変わっても優しいんだな……?」


 眠るラシュカに、そっと問いかける。もちろん返事はないが、今はそれで良い。


 俺は、ラシュカになる前のお前を――前世のお前を知っている。

 何故なら、お前をこの世界に転生させたのは、俺だからだ。


 十五年前――

 俺は天界でも有名な天使だった。人も精霊も何もかもが俺を尊び、敬っていた。そんな人生にも飽きて、俺は人間界へ散歩しにいくことにした。

 それも、天使を崇拝するものが少ない異世界を旅することにした。

 人間界に降りるのなら、別の生き物に擬態しなければならない。

 だから俺は、猫の姿になった。


 人間界は夜を迎えていた。人間は誰一人として、俺に見向きもしなかった。想像以上に冷たい世界だった。

 歩いてたら、あろうことか、トラックがつっこんできた。俺に気づいてないようだった。ちょっと油断したんだ、ひかれると思った……ひかれたところで、俺は死なない。

 だから、どうでも良かった。

 それなのに、俺を助けんと駆け寄って来る女が現れた。誰も見向きもしないちっぽけな黒猫おれを、助けようとする阿呆が現れた。

 女は俺を投げ飛ばして、かわりに死んだ。


「不死鳥は、永遠に死なない」


 なんて言葉を最後に、女は動かなくなった。

 だから俺は、その魂を助けることにした。死んだ肉体を生き返らせるのは無理だから、せめて別の世界に――女が好きな漫画の異世界に転生させてやることにした……ただの気まぐれだった。

 いや、違う。

 俺なんて助けなくても良いのに、必死に守ってくれた恩人。そいつが幸せそうに笑っている姿を見たかったのが、本音だ。


 しかし、俺は失敗した。

 俺の「天使の力」が及ぶ世界は、女の好きな『不死鳥の令嬢』の世界ではなく、『アリスティア』というゲームの世界だけだった。

『不死鳥の令嬢』という物語には、天使が現れないからだ。そのかわりに女は、『アリスティア』の『天使に愛されし令嬢』に生まれ変わった。

 よりにもよって、悪役令嬢に転生させてしまったのだ。


 俺は取り返しのつかないことをした。これでは笑わせてやるつもりが、苦しめることになってしまう。それは勘弁願いたい。俺はどうにかして女を――ラシュカを助けることにした。だから、天使の地位を捨てた。

 今度は殺させない。

 守ってやることにした。

 守るなら、俺のそばにいさせた方が良い。だから俺の主となってもらった。

 本当はもっと早く、ラシュカの前に姿を現したかった。


 けれど、俺は天使の地位を捨てたことで、堕天していた。


 そのせいで十年間、俺は天から罰を与えられていた。魂を焼かれていたのだ。だから身動きがとれなかった。

 その間は、ひたすら願っていた……ラシュカがまだ殺されていませんように、と。


 ちゃんと動けるようになったのは五年前。

 ラシュカは元気に生きていた。

 すぐにでも話しかけたかったが、俺はボロボロに弱りきっていた。せめて四年間、魔力をためる必要があった。魔力をためる間、俺は黒猫の姿になって、影からこっそりラシュカの様子をうかがうことにした。


 転生者の記憶を持つラシュカは、「今度こそ、幸せな人生を歩んでやるわ!」と楽しそうに笑っていた。本当に、楽しそうに笑っていた。

 表では完璧な令嬢を演じているくせに、影では人一倍努力している。泣いたり怒ったり、コロコロ表情を変える、おもしろい女。目が離せない、見ていて飽きない。いや、俺はラシュカに、


 みとれていた、のかもしれない。


 いや、違う。俺は仮にも天使だ。さすがに人間なんぞに見とれるわけがない! ちょっと面白いから、ちょっと可愛いから、約五年、見とれていただけだ!


 昨日、ラシュカの前にはじめて堕天使として姿を現した時……緊張しすぎた俺は、へんなことを口走っていた気がする。

 優しい言葉の一つでもかけてやろうと思ったのに、口から出てきた言葉は逆、キツイ感じになった。

 今もそうだ。

 むしろ、いじわるなことを言って、ラシュカの怒った顔を近くで見たくなる。俺は変態なのかもしれない。


「とにかく」


 俺は正真正銘、ラシュカの味方だ。

 今はラシュカの使い魔だ。

 今度こそ、ラシュカに幸せな人生を送らせてやる。

 だから、ラシュカに傷をつけようとする奴はなんであれ消してやるつもりだ。


 俺はアイライトアリスティアを見下ろす。この男は、いずれラシュカを火刑に処す危険がある。だったら今すぐにでも消してやろう。


 そう思って手をかざすが……ラシュカは、ダメだと言っていた。殺すのは、ダメだと。


 だったら仕方ない。今の俺は、ラシュカのものだ。ラシュカに従わなければならない。


「今は見逃してやる」


 しかし、本当にこいつがラシュカを殺そうとするなら……ラシュカに触れようものなら、俺はこの男を許さない。他の攻略対象とやらも、消してやるつもりだ。

 俺はラシュカを抱え直して、旧校舎をあとにしようとした、その時だった。


「僕の婚約者から手を離せ」


 声がしたかと思いきや、気を失っていたはずのアイライト・アリスティアが俺を見上げていた。いや、まだ意識が朦朧としているようだ。

 それでも、じっと俺を見据えて――否。にらんでいる。

 まるで、ラシュカが俺に抱かれているのが気に食わない、とでも言うように。


「……お前は、この女に敵意を向けていたんじゃないか?」


 だから俺はそう問いかけた。アイライトは苦々し気に「子供の頃はね」と頷く。


「けれど今は違う。ラシュカは、僕の未来の妃だ。他の男に触れられているのは、我慢できない」


 よどみの無い眼差しで、そう言い放った。


 は? ふざけんな、ラシュカは俺の主だぞ。お前のものみたいな言い方すんな! そのお口、糸で縫い付けてやるぞ? と脅したくなる気持ちを抑えた……いちおう、この男はラシュカの婚約者なのだ。


「そこまで言うなら、お前にラシュカが守れるのか見ていてやろう」


 俺はそう言い放つ。

 人間は嘘つきな生き物だ。アイライトがいつ心変わりするかは分からない。だから、ずっと見張っているぞ。


「もしラシュカを火刑にでもしたら……お前の魂は千年間氷漬けにしてやるからな」

「火刑? たしかに僕の魔力は、炎属性だが……婚約者を火あぶりにするわけがないだろう」


 アイライトは至極まっとうな顔で言いやがった。気に食わない。が、ラシュカの死亡ルートを回避する良い兆候だ。まだ油断はできないが、ラシュカの幸せのため、今はひいてやろう。

 俺はラシュカの体をそっと降ろして、姿を消したのだった。

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